「GERRY MULLIGAN QUARTET」(PACIFIC JAZZ/EMI TOCJ−50036)
GERRY MULLIGAN
マリガンとかチェット・ベイカーとかいわゆるウエストコーストジャズのことはよく知らないのだが、うちにはなぜか父親が買っていたマリガンとかのレコードがあって、こどものころから名前は知っていた。父親は、バリトンサックスという楽器を一種のノベルティなものと認識していたようだが、オーレックスジャズフェステイバルの第一回に私を無理矢理連れて行ったとき、シェリー・マンについていろいろ言ってたので、けっこうウエストコーストジャズへの認識もあったのかもしれない。マックス・ローチは知っていたが、レスター・ヤングのことは「サム・テイラーみたいなムードサックスだと思っていた」と言ってたぐらいだから、あんまりよく知らなかったことは間違いないね。そんなことはどうでもいいのだが、本作はピアノレスであり、それがゆえにアレンジがバシッとしていることに意味がある演奏で、そういうものをウエストコーストジャズと呼んだのだと思う。ウエストコーストジャズというものはなかった、みたいな論調の文章も見かけたが、それはまあ、ホロコーストはなかった、みたいなものと一緒ではないでしょうか。ウエストコーストジャズという言い方がダメなら、クールジャズでもいいです。なんでもいいです。この時期に試みられた、編曲と即興の融合を目指したジャズ、というものはたしかにあった、それがウエストコーストに多かった、というだけではないかと思う。それはおそらく、ビバップに飽きたミュージシャンによる、編成やらなにやらすべてが「仕掛け」であったのだと思うが、本作などはその典型だと思う。やや軽いマリガンのバリトンの音が、この音楽のカギを握っているようにも思う。バリトンとしては(じつに意図的に)軽いのだが、テナーやアルトに比べるとやはり重い。ここらあたりの加減が絶妙で、当時の若者にウケたのかも(ジャケット写真を見ると、マウスピースはラーセンのメタルっぽいので、これでああいうサブトーン的な軽い音を低音で鳴らすというのはかなりの技術でしょう)。軽い、というより、もごもごした音なのだが、これがいかにもマリガンらしくて聴いているうちに快感になってくる。ペッパー・アダムスやロニー・キューバー、ラーシュ・グリン、サージ・チャロフ……といった歯切れのよい音のプレイヤーとはちがい、かなり個性的な音なのである。音が軽くても、ぐいぐい来るドライヴ感はクールというより明らかにバップ初期の炎を感じる。本作は、「バーニーズ・テューン」「ウォーキング・シューズ」「ララバイ・オブ・リーヴズ」……といった大ヒットした曲が入っていて、マリガンはこれらの曲を何度も録音しなおしている。しかし、この第一作での、若さあふれる、気合いと情熱のこもった演奏を越えるものはなかなかない。ソロを延々と吹き続けることによる「熱」ではなく、短いソロとピシッとした編曲によって「熱」を伝えていて、この作品はマリガンにとってもチェット・ベイカーにとっても若き日の金字塔だろう。軽さのなかにある「情熱」なのだ。傑作。
「CARNEGIE HALL CONCERT VOLUME TWO」(CTI RECORDS LAX3229)
GERRY MULLIGAN/CHET BAKER
1974年にカーネギー・ホールで行われたジェリー・マリガンとチェット・ベイカーの約20年ぶりの再会セッションの模様を収めたアルバム。第一集も持っていたはずだが、どこにいったのか見つからない。メンバーがすごくて、ドラムがハービー・メイソン、ベースがロン・カーター、ピアノがボブ・ジェームズ、ギターがジョン・スコフィールド、パーカッションとヴィブラホンがデイヴ・サミュエルズという超強力なリズムセクションを聴いているだけですばらしいのに、マリガンもベイカーも絶好調で、クオリティの高い、たがいに張り合うような圧倒的な演奏を繰り広げる。考えてみれば、ふたりともまだ40代半ばという若さなので、当然といえば当然なのかもしれないが、どちらも麻薬でかなりのあいだ活動休止を余儀なくされて、キャリアが寸断されており、このコンサートの時点で「大舞台へのカムバック」という感じがあったように(私は)思っていたのでこういう感想になったのだが(とくにチェット・ベイカー)、まあ、実際にはそんなこともなかったのかも。とにかくここでの演奏は主役であるフロントのふたりを含めて全員バリバリで清々しいほどだ。1曲目はマリガンの曲でアフロリズムのマイナーのめちゃかっこいい曲。邦文ライナーには1曲目も2曲目も「まさに50年代のジャムセッションをほうふつとさせる演奏に終始している」とあるが、そんなものでないことは明らかで、しっかりリハもし、アレンジもされた譜面が用意されていたと思われる。しかも、2曲目の「バーニーズ・チューン」のことを「1曲目とほとんど同じテンポで似たような曲調」と書いているが、リズムが全然ちがうのである。とにかくマリガンもベイカーも音がすばらしいし、アーティキュレイションも聞き惚れる感じの見事さである。とくに1曲目の最後のほうでマリガンと同時にソロをするパートでのベイカーの演奏は、アイデアがあふれまくり、指も呼吸も途切れたりつかえたりすることなくきちんとそれを表現できており、すばらしいとしか言いようがない。3曲目はマリガンのワンホーンでめちゃくちゃかっこいい曲だが、若きジョン・スコ(1集目の英文ライナーでは「ロマンチックで控えめであってもスウィングする新進のギタリスト。ジム・ホールのあとを追う云々」と書いてあるらしいが、その後の活躍を考えるとほほえましいですね)のソロがすばらしい。ロン・カーターやハービー・メイソンのロングソロもフィーチュアされる。ワンホーンながらしっかりアレンジされていてジャムセッションっぽさはないです。4曲目はチェット・ベイカーのワンホーンで、「アナザー・ユー」。冒頭、いきなりカウントからベイカーがボーカルをとる。このときベイカーは麻薬禍のせいでカカシのようにやせ衰え、こけた頬と落ち窪んだ目をしていたらしいが、声は往年のように瑞々しい。そのあとのトランペットソロも力強い。この曲だけエド・バーンというトロンボーンが参加していて、見事の演奏を行う。いやー、いいアルバムですね。