「ESCUALO DEDICADO A ASTOR PIAZZOLLA」(NBAGI RECORDS N−012)
TReS
ミンガではなく、トレス(と発音するのか? 3人の頭文字をとったものだと思う)というトリオ編成のグループによる、ピアソラに捧げるアルバム。ベースの永田利樹、アルトとソプラノの早坂紗知、バリトンサックスのRIOの三人で、ドラムもピアノもいない。曲はピアソラの曲が4曲と、永田利樹の曲が1曲(めちゃええ曲のうえ、サックスソロ最高)、ジェリー・マリガンの「バーニーズ・チューン」、そしてトム・ウェイツの曲が1曲という構成。この編成でアルバム一枚持つのか? という危惧はだれしも抱くだろうが、これが「持つ」のです。最初から最後まで楽しめます。まだ若手のRIOも毎曲ソロがあり、ピアノもドラムもいないこういう編成だとソリストの力が露骨に出てしまうから、ある意味「両親に試されている」わけだが、めっちゃがんばっている。二回ほどフリーキーになる箇所もあるし(1曲目のソロとか)、ゆっくりした曲などは手探りのところも感じられ、そういう部分も含めて非常にソリスト心理もリアルに伝わってくるのが音楽としてもドキュメントとしてもすばらしい。しかし、本作の聴き所はなんといっても各曲の2管アレンジで、かっこいいけどかーなーりーむずかしいアレンジがほどこされている。それをばっちり決めて、ソロも破綻なく吹いて、かつ盛り上げて、リフやラストテーマも決めるというのは相当な技術力と音楽性を必要とするわけだが、ここにはその成果が収められている。よほど練習したんだろうなー。そして、ウッドベースがすごく重要な役割を果たしている。ピアノもドラムもギターもバンドネオンもいないからねー、というわけではなく、ベースが曲のアレンジとして非常に美味しい、かっこいい部分を担うようにできている(?)のだ。そして、なによりもだれよりも早坂さんの全編大車輪の活躍は胸を打つ。アルトの太い音色はもちろん、ソプラノの音の美しさと隅々にまで気が配られた吹奏には惚れ惚れする。熱くて暑くて厚い、いいアルバムです。録音までの経緯が書かれたライナーノートも必読。だれのリーダー作ということもない(しいていえば家族?)と思うが、いちばん最初に名前の出ている永田利樹さんの項に入れておく。
「LA LUNA ROJA」(NBAGI RECORD N−013)
TRES
アルト〜バリトン〜ベースという編成のこのグループの早くも第二弾が出た。前作同様、しっかりしたアレンジと奔放なソロの融合が全編にわたって楽しめる。曲の良さ、アレンジの良さ、ソロの良さの3拍子揃っているので、ドラムやピアノ、ギターなどがいなくてもダレたりすることなく、飽きることはない。この「ダレない」ということは案外大事で、こういう変則的な編成だと、やはり盛り上がりに欠けたり、どの曲もおんなじように聴こえてきて、結局「一枚全部をこの編成で通すのはしんどいんじゃないか」という印象になってしまったりするのだが、トレスにはそれがない。いつも思うことだが、こういう編成でフリーミュージックをやるとか、室内楽的なアンサンブルをやるとかならいいのだが、トレスはアクティヴでアグレッシヴなラテンミュージックをやるバンドなので、なおのことすごいなあと思うのだ。幻想的なウッドベースの指弾きではじまる1曲目からもうわくわくする。バリトンの低音がリズミカルなバンプを吹きはじめ、アルトがメロディを乗せると、もう一瞬でトレスの世界である。早坂さんのオリジナルが2曲、ピアソラの曲が2曲、アブドゥーラ・イブラヒム(ダラー・ブランド)の曲が1曲、ウーゴ・ファトルーソの曲(TOMBO7/4! まえにたしかミンガのライヴで聴いた)が1曲、そしてバリトンサックスのRIOの曲が1曲(中ジャケットに早坂さんの作曲とあるのは間違い)という好選曲。演奏も、曲によって手を変え品を変えで、5曲目ではテーマのアンサンブル部分に早坂さんの2本吹きが聴けるし、バリトンがベースを担当してアルコベースがメロディを弾いたり、フリーっぽくなる場面もあり、メロディーの歌い上げ(3曲目のテーマ部とか)もちろんサックスアンサンブル的な部分(2曲目のラストとか)これが決まりまくってかっこいいのだよ)や……いろいろと聞かせ場が用意されている。ドラムがいなくても、聴き手が勝手に頭のなかでドラムを作るので、まったく問題ない。そのためにはバンドのリズム感が強力でなければならないが、この3人はばっちりで、聴いていると私の頭のなかの架空のドラマーがバシバシ叩きまくってくれるのだ。前作に比べてバリトンのRIOさんが大活躍しており、かなり驚いた(失礼な言い方かもしれないが、これだけ吹けないっすよ)。アンサンブルを支えるのももちろん、1曲目のソロからメカニカルなフレージングとダーティートーン、フリーキーなブロウ……などがしっかりはまっていて、おおっと思ったが、とくに6曲目のソロなんか、いやー……めちゃめちゃええやん。4曲目(ピアソラの曲。もう、すっごくいい曲ですが、組曲というか超むずかしいアレンジ)のソロも一瞬スクリームするあたりも含めてかっこいいし、5曲目の「TOMBO7/4」でのソロなんかも、手堅くまとめたりせずにどんどん向かっていくところが熱い。そして、自身初のコンポジションである7曲目は、楽しい陽気な曲でした(バリトンソロでバップフレーズが顔を出す)。3人とも、アンサンブルをまちがえぬよう譜面を吹いたあと、すぐにソロをして、バッキングをして……と気を抜くところが一瞬もないので、ライヴバンドとしては相当大変だとは思うが、そういうところを見せることなく、楽しく、かっこいい演奏をクールにキメているのには感動する。もちろん、単音楽器ふたつとベースなので、適度なスカスカ感もあって、そのあたりも好きなのだ。世の中、一杯音が詰まりまくっている音楽ばかりなので、こういうのがいいんですよ。3人ぐらいが一番、全員の本気が聴けるような気がするし、聴いていても気持ちがいい。本作も、早坂さんの太く、美しい音色が存分に聴けて、ほんとに最高である(ダラー・ブランドの曲でのソプラノソロは本作の白眉かも)。そのふたりを支えるベース(支えるだけでなく、ときには主役になる)もすばらしい。
「BAILA TRES」(NBAGI RECORDS N−017)
TRES
TRESは早坂紗知、永田利樹、RIOによるサックスふたりとベースによるトリオなのだが、本作はそれにピアノとパーカッションが加わったクインテットによる演奏。アルトとバリトンというE♭楽器によるフロントというのはけっこう珍しいかも(でも、全体にソプラノの使用頻度高し)。ミンガはラテン曲もやるジャズバンドという感じだが、トレスは基本的にはラテンバンドである。しかし、明確な違いはなく、演奏者側も同じようなスタンスで演奏していると思われる。早坂紗知といえばかつてはのなか悟空と富士山で演奏したとかハンス・ライヒェルとツアーをしたとか過激なフリージャズ的演奏で知られていたが、今やすっかり家族バンドラテンバンドのひとになった……と考えるのは早計も早計で、この激熱のブロウと凝りに凝ったオリジナルを聴けばこのバンドが日本ジャズの伝統的な、ストレートアヘッドでひたむきな演奏を身上とするグループのひとつだとわかるはずだ。ほかのメンバーは当然だが、
1曲目の先発ソロを聴いてもわかるがRIOのバリトンソロはすごい。テクニック的にどうこういうではなく、中身がめちゃくちゃ充実している。表現力が格段に増していて、おそらく今後、世界のバリトンサックスシーンの一翼を担う吹き手になるだろう。正直このバンドを聴いていて、家族バンドであることを意識することはない。家族ならではの緊密なコラボレイションとかそんなことはどうでもいいだろうと思う。家族であれ、赤の他人であれ、いいコラボレーションと技術と音楽性があればすばらしい演奏は成り立つ。しか、重要なことはここには家族ならではの馴れ合いや楽屋落ちがない。それは案外大事なことなのかもしれないし、やはり我々リスナーにはわからない家族ならではの長所や短所があるのかもしれないが、そういうことは一切感じない。1曲目は、重厚なアルコではじまる4+4+7の曲(と思う)。こういうラテンなのにプログレ、そこに熱い即興……というのはどうあっても我々の心を熱くする。いわゆるかつての中央線ジャズ的なものの一端を引き継いでいる感じもする。サックスのリフに乗ったパーカッションとピアノの演奏がかっこいい。2曲目は3拍子の曲。途中で倍テンになったりする複雑な構成の曲だが、聴いているぶんにはただただかっこいい。ええ感じの重いピアノソロのあとに飛び出してくるワン・アンド・オンリーのソプラノソロが絶妙。長尺のベースソロもすごくいい感じ。三曲目も3拍子の曲で、RIOのバリトンがフィーチュアされる。軽い感じの音でつづられるソロだが、余裕を感じさせつついろいろな引き出しをちら見させてくれるかそのあとのアルトソロのときにフリーフォームになるがこういうのが結局私には一番面白い。ピアノのソロは圧巻で、バリトンのリフに乗ったパーカッションソロも聴きものである。4曲目はたぶんRIOの四管獣のライヴでも聴いた曲だと思うが、愛くるしいバラード。歌心あふれるベースソロがフィーチュアされる。この力強いベースは何度聴いても最高だし、それに続くバリトンソロも堂々としていて美しい。5曲目は意味深なタイトルだが、変拍子の超かっこいい曲。作曲者である早坂紗知のソプラノが圧倒的である。伊藤志宏のピアノソロもすごい熱量です。この曲、演奏しおわったらミュージシャンはへとへとなんじゃないかと想像する。6曲目は一種の組曲で、2管によるクラシカルなアンサンブルからはじまるバラードかと思いきや、いきなり激しいリズムがぶち込まれ、ソプラノ主体のフリーな演奏になる。本作では唯一かもしれないがっつりフリーフォームのパートだが、やはりかっこいい。そのあと変拍子の嵐になり、最初のクラシカルな雰囲気のテーマがマイナーな三拍子のエキゾチックな曲調になるパートになり、激しいバリサクソロもフィーチュアされる。組曲と書いたが、とにかく起伏のある演奏。全体にヨーロッパの古いエキゾチズムを感じる。ラストの7曲目「エリノア・リグビー」でバリトンがずっとバッキングを続ける中、ソプラノソロに続いてピアノがアルバムラストを盛り上げる華麗なソロを展開。これはめちゃくちゃいいですね。傑作。