「分裂唄草紙」(ELEC RECORDS VAP VPCC−84576)
野坂昭如
野坂昭如の小説を読むより早く、私はその「音楽」のファンだった。最初、「ソクラテスの歌」のコマーシャルを聞いてハートをつかまれ、ただちに野坂さんのレコードを買いにいったのだが、それ以来ずっと野坂さんの歌を聴き続けている。最近はこうしてCDで再発されていて入手が楽になったので、若いひともたくさん野坂さんの音楽世界に親しめるはずだ。野坂さんの音楽というのは、基本的には作詞・能吉利人、作曲・桜井順というコンビによって作られており、しかも、能吉利人と桜井順は同一人物なので、ようするに桜井順という詩人・作曲家の音世界なのだが、それをほかの歌手ではなく、野坂昭如という歌手としては素人であり、どちらかというと下手くそなシンガーを通したときに、なぜかもっとも桜井順の作品が輝く、というのは不思議としかいいようがない。本作に収録された曲では、「終末のタンゴ」「十人の女学生」「おんじょろ節」「大懺悔」「できそこないのロック」といった作品が輝いている。「十人の女学生」(なんと編曲が高中正義)以外はどれも桜井順の曲ばかりだ。ほかに、泉谷しげるや武田鉄矢の作品なども入っているのだが、やはりいちばんぴったりくるのは能吉利人〜桜井順のものだ。「大懺悔」や「終末のタンゴ」など、歌詞を読むだけでも心臓をわしづかみにされるような感動を覚えるが、なんといっても最高傑作は、あの山口百恵も歌った「おんじょろ節」だろう。能吉利人〜桜井順の描く、かつての日本の美しくも恐ろしい情景がここに凝縮している。3番まである歌詞が、1番、2番、3番、どれもこの順番でこそ、この数でこそ存在する意味がある。削っても、つけくわえてもいけない。完璧な歌詞とはこのことだ。そして、曲もすばらしい。そして、それを歌いあげる野坂昭如の歌も、まさにワンアンドオンリーなのだ。野坂昭如の歌なんか……と思っているひとがいたら、この曲を聴いてみてほしい。あと、私が好きなのは「十人の女学生」です。あとになるにつれてどんどん盛りあがっていくアレンジもいいが、そういうアレンジで歌われる内容が、十人の女学生がそれぞれろくでもない目にあうというえげつない歌詞で、ほんと感動しますよ。
「鬱と躁」(P−VINE PCD−1375)
野坂昭如
これもLPで、死ぬほど聴きまくったなあ。ジャケットが変わってしまったのが惜しいが、内容は保証付き。女子大の大学祭の実況だが、全10曲、すべてすばらしいし、途中の語りもいい。終末SFを連想させる大傑作「マリリン・モンロー・ノー・リターン」にはじまり、女子大ではウケまくるであろう「バージン・ブルース」、軽快・軽妙だがなかなか深い「大脱走」、能吉利人〜桜井順の最高傑作のひとつ「花ざかりの森」(中学のころ、これを聴いて、あまりにかっこいいので気絶しかけた)、サビがしみじみと心にしみる「心中にっぽん」(長谷川きよしも歌っている)、なんだかわかったようなわからんような比喩の「サメに喰われた娘」、情けないような悲しいような歌詞の「ポーボーイ」(たぶん元はカントリーというかブルーグラスだと思われる)、「北帰行」とよく似てる「漂泊賦」、だれでも知ってる名曲「黒の舟歌」、そしてこれも傑作でホラーっぽい「黒の子守歌」でしめくくる。たぶん百回聴いても飽きることはないだろう。はじめて聴いたのは中学のときだが、以来、このアルバムの全曲が、私の身体と心にしみ込んでしまっているのだ。大事な大事なアルバムです。