「EL SUR」(OFF NOTE NON−6)
SIGHTS
これほど思い入れのあるグループもないわけで、それについてきちんとしたまとまった文章を書く気合いがまだない。だが、これだけは言えます。サイツの全貌は今までに発表されたアルバムではとうていわからないと思うが、本作はそのなかでも非常にええ感じの作品なのである。その後出された「ファースト・サイト」「ピンク」「タッタ」というアルバムにはない、気合いと初々しさが詰まっている。もともとカセットテープとして発売されたもので、そのとき、大原さんが私にライナーノートを書けと言ってきてくれたのがすべてのきっかけとなった。私にとって、このアルバムはまさにエポックメイキングな作品なのだ。大原さんはほかにもいろいろ仕事を世話してくれて、ガンジー石原さんの音楽系の情報誌に梅津さんのライヴの記事を書く、とか、旺文社(!)の教育雑誌にエッセイを書く、とか、よくわからない妙な仕事をたくさん紹介してくれた。今から思うと、後輩の文筆業者にすこしでもチャンスをやろうという気持ちだったのだろう。ありがたいことである。「サイツ」というバンドは、今ではすっかり忘れられていると思うが、日本ジャズ史を語るうえでぜったいに外せない凄いグループだったと思う。このファーストアルバムでも、大原さんは自分のつくった曲なのに、テーマをちゃんと吹けていなかったりとご愛嬌なところも多々あるのだが、そういう末節なことを覆い隠すような熱いブロウが全編にわたって展開されている。日本橋にあった、今はなきスタジオキャスバの狭い一室で録音された本作だが、狭いゆえに、芳垣さんのドラムはライヴに比べて相当抑えぎみである。この演奏が、当時のサイツの音だと思ってもらっては困る。ほんとに、心臓がとまるかと思うほどの壮絶な演奏が数人の客をまえに展開していたのだ。芳垣さんのドラムはここで聴かれる数十倍の音量と音圧をもっていたと思う。しかし……これが問題なのだが、抑え気味に叩いているにしても、芳垣さん、大原さん、船戸さんのコンビネーションはばっちりで、スタジオ録音にもかかわらず、臨場感もあり、迫力もあり、小説家は処女作にすべてがある、といわれるが、大原さんもこの、もともとはカセットテープで出された自費出版のデビュー作に、すべてとはいわないが、かなりのものが詰まっていたように思う。そういうアルバムにライナーを書けてほんとうに幸せだし、オフノートさんがCDとして再発してくださったときにもライナーを依頼されて、ほんとにありがたかった。そのあたりのことは、CDのライナー(カセットテープ版のライナーも収録されている)を読んでもらえればわかると思う。大原さんは、CDになったときのライナーのゲラを読んで、これはちょっと情けないからこういうのは……と苦言を呈したのだが、オフノートの神谷さんが、今の大原の状況を知ってもらうには、これぐらい書かないとダメだと思うから、大原がどう言っても、これでいきます、と言ってくれたので採用になったのである。できれば、サイツがもっともよかった時期の音源をCD化したいのだが、なかなか作業が進まない。なんとかならんかなあ。このアルバムもいいんだけど、こんなもんではなかった、ということをどうしても知ってほしいのです。でも、やっぱり名盤だ。CD化にあたって、マスターテープがなかった(大原さんがもっているはずなのだが、どこにいったかわからなくなった)のでテープから起こしたらしいが、そんなことはみじんも感じないほどの音質にしあがっている。オフノート、えらい!
「風ヲキッテ進メ!」(OFF NOTE ON−34)
LIVE! LAUGH!
リヴラフについては、いろいろ思うところもあるのだが、たまに聴き返すとさまざまな感情が蘇ってきて押し潰されそうになるので、とても平静では聴いていられない。こんな楽しい音楽なのに、なぜか泣きそうになる(「なぜか」と書いたが、ほんとうは理由はちゃんとわかってる)。ここに参加している当時は若かったミュージシャンがみんな、それぞれ自分のフィールドで個性を前面に出して活躍していることがとにかくうれしい。というわけで、とても冷静な文章は書けないので、CDのライナーに書いた文章をそのまま転載させてもらいます。これも今読み返すと、いろいろ考えさせられる内容だなあ。当時、これを書いたときの俺は、本当にこのバンドの「旅は始まったばかりなのだ」と思っていたのだろうか。たぶん、ちがった。まあ、読んでください。
◇
3台のパーカッションによる大津波のようなリズム、4本(!)のチューバと1本のバリトンサックスによる地鳴りのような低音、咆哮するブラスセクション、朗々と旋律を歌うサックスセクション、そして、中央に仁王立ちになり、指先の動き一つでそれらをまとめあげ、一つの巨大なうねりと化し、壮大なグルーヴに仕立てているのは……凶眼の酔いどれトロンボーン吹き!
これから本CDを楽しもうという皆さんにあまりたいそうなことは言うべきではないが、でも、これだけは言わせてくれっ。〈LIVE!LAUGH!〉は、ほとんど終焉を迎えようとしているこの国の音楽界に、サンプリングではない生の楽器の音色を、データ化されたフレーズを集めたものでない真実のメロディーを、打ち込みでない生きた躍動するリズムを復活しようという試みである。
〈LIVE!LAUGH!〉は、〈世界中のすばらしいメロディーを紹介する〉ために大原裕の呼びかけで結成された完全アコースティック・ブラスバンドである。あの〈SIGHTS〉の大原の仕切りということで、ニューオリンズ・ブラスバンド的なもの、あるいはレスター・ボウイ的なものを想像したかたもいらっしゃるだろうが、結果はお聞きになってのとおり、まさに「ブラスバンド」としかいいようのない世界である。
メンバーは、クラシック、ジャズ、ロック等を問わず、ジャンルを超えて集合しており、ときには25名という大編成になることもある。その演奏素材は、クラシック、ジャズ、ロック、ファンク、フォーク、各種民族音楽、沖縄民謡、労働歌、演歌、童謡その他分類不可能なものまでを含み、ただ「いい曲」であることが要求される。選ばれた素材は、強烈なリズムセクションの作り出すグルーヴと自己主張の激しい管楽器群の咆哮するサウンドによって、このバンドのカラーに塗り替えられてしまうが、あくまで原曲のテイストは色濃く残してある(もちろん作曲家として定評のある大原の曲もレパートリーに入っている)。
〈LIVE!LAUGH!〉の結成は1996年にさかのぼるが、私はその初ライブに立ち会っている。当時、二足のわらじで会社勤めをしていた私のところに大原から一本の電話があり、明日、ブラスバンドで御堂筋パレードをするから聞きに来い、というのだ。大原と親しくつきあった人ならわかるが、彼は「シャイなようで強引、謙虚なようでわがまま勝手」である。先輩の言葉にはさからえず、私は翌日、会社を抜け出して、御堂筋へと向かった。しかし、そのようなパレードはどこにもない。御堂筋といっても長い。梅田から難波まで続いているのだ。汗を拭きつつ、あちこちをうろうろすること2時間余、やっと見つけたのは、某タクシー会社の労働組合の賃上げデモの行進だけであった。そして、なんとその先頭でのろのろ歩きながら楽器を吹いている一団がある。これが私と〈LIVE!LAUGH!〉のはじめての出会いであった。大原の言う「御堂筋パレード」というのは、タクシー会社の賃上げデモのことだったのである。わかるかい、そんなもん。以来、このバンドはゲリラ的な路上パフォーマンスを含む数十回のライブを行っている。
本CDをすでにお聞きになったかたならおわかりだろうが、〈LIVE!LAUGH!〉の演奏は、軽々としており、たいへん楽しい。しかし、その根底にあるものは深く、ヘヴィーである。堅苦しい話になって恐縮だが、今、ラジオ、テレビ、有線放送から流れてくる音楽は、一種類しかない。いわゆるヒットソングの類である。日本中どこへ行っても、どんな媒体からも、同じ曲しか聞こえてこないし、一ヶ月もするとその曲は他の曲にかわり、二度とかかることはない。これは巨大資本による「音楽の押しつけ」であって、我々には選択権はない。しかも、ほとんどが打ち込みであり、生の楽器の音など聞いたこともない若い世代も多いはずである。そういう歌手やバンドのライブに行っても、そこには林立する巨大なPAと巨大なスクリーンがあるだけで、楽器の生音や歌手の肉声など聞こえるはずもない。そういうものを「ライブ」と称しているだけなのである。
だが、そういったジャンクなものだけが音楽ではない。世界中には、我々が知らないだけで、心を揺さぶるすばらしい曲があらゆる国のあらゆる場所にあまねく存在し、あらゆる人種、あらゆる楽器によって演奏されているのである。どうしてそれらの曲が我々の耳に届かないのであろうか。それは、現在の日本の音楽界の弊害でもあるのだが、同時に、音楽の押しつけに満足し、自ら〈よい音楽〉を探す努力をしない我々聞き手の問題でもある。また、古くさいといって今はかえりみられることのない日本の古い曲の中にも最高のものが無尽蔵に転がっている。それらの曲のすばらしさは、流行の曲を聞くとか、マニアックに特定のジャンルの音楽だけを聞くといった姿勢では絶対に気づかない。世界中の古今東西の音楽全てを〈音楽〉として平等に楽しみ、評価する耳が必要である。それこそが、大原裕と〈LIVE!LAUGH!〉がやろうとしていることなのだ。このCDを聞く時、あなたは、我々が日頃、いかに音楽を偏見に満ちた聴き方をしていたか、そして、世の中にはかくも多くの知られざる名曲があるのか、そして古くさいと思っていた素材の中に、こんなにもすばらしい美が埋もれていたのか、ということを否応なしに発見することだろう。
〈LIVE!LAUGH!〉のリーダーである大原裕について触れるスペースがなくなったが、そのほうが先入観なく音楽を純粋に味わうことができるかもしれない。大原はこのCDと引き替えにいろいろなものを失った(たとえば、トロンボーン奏者の命ともいうべき前歯とかその他もろもろ……)。しかし、皆さんがお聴きになったとおり、それらを補ってあまりある出来映えにしあがった。よかったよかった。
もし、このCDを聴かれた皆さんが〈LIVE!LAUGH!〉のライブに接していないならば、ただちにライブハウスに駆けつけることを強くおすすめする。そこには、CDには収まりきれない、生の音楽しか作り出すことはできない濃密で、快楽的で、壮絶な空間が展開しているはずだから。また、このCDでは惜しくも外された多くのレパートリーも聴くことができるだろう。
もう一度書く。〈LIVE!LAUGH!〉は、ほとんど終焉を迎えようとしているこの国の音楽界に、サンプリングではない生の楽器の音色を、データ化されたフレーズを集めたものでない真実のメロディーを、打ち込みでない生きた躍動するリズムを復活しようという試みである。そして……その試みはほとんど成功しているように思われる。〈LIVE!LAUGH!〉が、この国の滅びゆく音楽シーンへの鎮魂歌ではなく、新たな活力を与えるきっかけになってくれることを切に望む。そして、この類い希なグループが長く継続することを願う。世界にはまだまだ無数に近い〈よい曲〉がある。それらに光を当てるという〈LIVE!LAUGH!〉の旅は始まったばかりなのだから。
曲目解説
1.Steal Beats
大原のオリジナル。スチールドラムの響きにインスパイアされて作った曲だそうだが、曲名は「盗む」という意味のスチールにかけてある。
2.Ciocarlia Si Suite
大原がこのバンドを結成するきっかけになった曲。映画「アンダーグラウンド」のサウンドトラックとして使用されていた曲で、そこではゴラン・グレコビッチ作曲でタイトルも「カラシニコフ」とされていたが、原曲はトラディショナルだそうである。大原は、メールスジャズ祭に参加した時、ルーマニアのブラスバンド「ファンファーレ・シオカリリヤ」の演奏でそのことを知った。
3.La Marchita
メキシコのマリンバ音楽。ブラスバンド形式で演奏しているのは、おそらく世界中でこのバンドだけだという。3拍子と4拍子が交互に出てくる軽妙で楽しい曲。
4.Nicoleta
これも2曲目と同じく映画「アンダーグラウンド」のサントラで使われていた曲(「メセチナ」というタイトルだった)で、やはり元はトラディショナルだそうである。分厚いアンサンブルを突き破るようにして梅津和時の強烈なアルトソロが轟き渡る。
5.Cha−Cha
大原のオリジナル。メンバーの手拍子(クラーベ)で始まり、ファンキーなチューバがベースラインを吹き始めれば、あとはもう極楽の世界。めちゃめちゃハッピーな曲。
6.旅行
大原の作曲家としての才能が遺憾なく発揮された佳曲。河村光司のアレンジもすばらしく、何度聴いても聞き飽きない。途中で蛙が鳴いているようなソロがあるが、トランペットのマウスピースだけによる演奏である。後半4拍子になってからのアルトソロは梅津和時。
7.美しき天然
テーマだけを各パートが何度も繰り返すだけ、という、メロディーの美しさを聴衆にていねいにしみこませていくような演奏。このバンドには、こういう形式の(ソロのない)レパートリーも多い。和旋律の偉大さを再認識させてくれる。
8.道頓堀行進曲
ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が蛇皮線とともに登場し、関西人なら知らぬもののないこの曲をどファンキーに決めてくれる。ええ曲やなあ。
9.The International
これまたファンキーな曲調、ファンキーな歌詞。聴いているうちに「いざ戦わんいざ奮い立ていざ」と拳を振り上げている自分に気づく。落ち込んだ時、疲れた時に大量の酒とともに聴くと効果絶大。
10.聞け万国の労働者
神戸新開地の野外での録音で音質は悪いが、雰囲気は最高である。「美しき天然」と同様、メロディーを繰り返すだけの構成だが、全体のがさつ(?)なノリを楽しんでほしい。
11.Libreのテーマ
同じく野外録音。元はキューバのトラディショナルナンバーだそうだが、コーフント・リブレというサルサバンドのテーマソング。パーカッションが暴れまくる。