「DEKO−BOKO」(RESPECT RECORD RES−55)
CICALA−MUTA 大熊ワタルユニット
大熊ワタルのクラリネットには哀愁がある。しかし、もともとクラリネットという楽器は、楽器自体に哀愁を内包しているのではないか。サーカスやチンドン屋のクラリネット、パリの街角の学士のクラリネット……あの明るいベニー・グッドマンですら、「メモリーズ・オブ・ユー」を吹くときにはしみじみと愛おしげになるではないか。木管の響きというものが、知らず、聴く人の心にしみいるのだろうか。このアルバムは、そんな「哀愁」のかたまりである。ハードな曲、ヘビーな曲、楽しい曲、へんてこな曲……どんな曲調の曲をやっても、メランコリックでラプソディックな哀愁が漂う。このアルバムは、買ってから何度聞き直したかわからない。個々の演奏もさることながら、一枚のアルバムとしてのできがめちゃめちゃよい。外国の民謡や小唄などもよいし、それらの合間にまじるオリジナルも、古いロシアの民謡をアレンジしたものだよといわれたら信じてしまいそうになるほどとけ込んでいる。アイラーのメドレーを聴くと、「そうか、アイラーってチンドンだったんだ」と思う。アイラーの音楽の持つ、がちゃがちゃした、陽気で、かつ、奥底にブルーでどろりとしたものの横たわる「あの感じ」が、まったくチンドン音楽そのものなのである(と感じられるようにアレンジがほどこされているのである)。この先、何度も何度も聞き返すだろうと思われる傑作。ところで、私が昔、関学で見た「赤い風の旅団」の芝居で、炎の吹き上がるなかで坂田明みたいなヒステリックなクラリネットをブロウしていたのは、やはり大熊さんだったのだろうか……。