chizuru ohmae

「ROYAL FOLKS」(MILLE GRUES RECORDS MG−119)
CHIZURU OHMAE A PIECE OF JAZZ QUARTET

 大前さんは○十年まえによくライヴを観にいってたのだが、ビッグアップルの広報誌を私が作っていたときにインタビューさせていただいたことがあり、そのときにいろんな話を聞いた……はずである(現物がないのでなにをお聞きしたのかわからん。毎号ひとりのミュージシャンにがっつり話をきく、という形式で、ほかには芳垣さん、内橋さんなどにもインタビューした記憶がある)。それが何十年ぶりかにお付き合いが復活し、このCDの帯の文章を依頼されたのである。ジャケットの絵が鯉の墨絵だったので、大前千「鶴」の鶴にひっかけて、「鯉」と「鶴」について文章を書いたら、あとで大前さんに、内ジャケットは鶴の絵だと教えられた。しかも、ここで聴かれるカルテットは、4人とも知り合いなので、その凄い力量は十分知っており、しかも、ゲストは芳垣さんと青木タイセイ(鍵盤ハーモニカのみ)さんである。これはよほどすごいものができるんじゃないか……と思っていたら、本当にすごいアルバムができあがったのである。本作は大前さんのピアニストとしての才能だけでなく、コンポーザーとしてのすばらしい才能も発揮された一種の「集大成」的な作品となった。しかし、こうも上手くいくとはなあ。凄いメンバーを集めたからといって凄いものができるとは限らない。相殺しあって悪い結果を生む場合もある。だが、本作はすべてがいい方向に進んだのである。1曲目はタイトルからもわかるように、マイナーのモード的なかっこいいメロディだが、要するに「エーサ、エーサ、エッサホイサッサ」のリズムパターンに乗せた曲。言われなければだれも気づかない。武井努の個性的なテナーを中心とした四者のインタープレイが心地よい。エンディングも秀逸。2曲目はめちゃくちゃいいバラード。大前さんのピアノがフィーチュアされるが、その後ろでべつのメロディを奏でているかのような清水勇博のブラッシュがかっこいい。そのふたつが見事に融合している。武井努のテーマの歌い上げも見事のひとこと。3曲目はモンクっぽい(?)パートとファンクな感じのパートが結合した曲。武井のドスの利いたテナーが軽々と、朗々と、しみじみと歌う。ドラムの煽りも、ピアノのコンピングもかっこいい。4曲目はピアノトリオによる演奏でドラムは芳垣さん。かなりフリーな感じで、大前さんのヴォイスもフィーチュアされる。中島のりひでさんのベースも、必要なことを最小限の音数で表現しているようで、すごくいい感じ。後半、三人のインプロヴィゼイション的な絡みになってからもとてもスピード感のある展開。最後はふたたびヴォイスが登場し、ひとつの組曲のような壮大さも感じる。5曲目は「雨」というタイトルだが、「小雨」とかじゃなくて、いわゆるゲリラ豪雨を表しているらしい。清水のめちゃ躍動感のあるブラッシュのリズムが全編活躍する。このドラムを聴いてるだけでも気持ちいいっす。上手いよなあ。テナー、ピアノ、ベース、ドラムとリレーされるソロも、どれもかっこいい。とくにベースソロは最高です。この演奏を聴くと、完璧な「ユニット」という感じがする。このメンバー、東京のひとはわからないかもしれないが、スーパーバンドなんですよ。凄いメンバーなんですよ。このCDを聴いて興味を持ったら、関西に聞きにきてほしい。6曲目はヴォーカルもので、TeNというひと。めちゃくちゃかっこいい。曲自体は、60年代モードジャズみたいな曲調だが、そこにヴォーカルが乗り、歌詞を歌うと、そのかっこよさが数段上がる(いわゆるスピリチュアルジャズ的な雰囲気もある)。武井努のテナーソロもゴリゴリのモード風のブロウを展開し、清水勇博の迫真のドラムもすばらしくて、本作の白眉となった。7曲目はピアノトリオで、ドラムは芳垣さん。ピアノの左手のオスティナートとドラムの低音、自由で生々しいパーカッションにベースの弓弾きのノイズに近い高音……などが一体となった不思議な魅力のある曲。幻想的、というべきか。8曲目は、芳垣さんがドラムのトリオに青木タイセイさんのピアニカが入った演奏。愛すべき小品というか、肩の力が抜けたスウィングする楽しい演奏だが、ピアニカの可愛らしいだけではない、ざらついた力強い側面も聴けるし、中島のりひでの本領発揮なベースソロも聴ける。ラストの9曲目はCDだけのボーナストラック。アルコベースが奏でる単純なメロディが心に残る。大前千鶴のリリカルなソロに続いて武井努が、冒頭ではアルコベースが弾いたテーマをテナーで吹き、そのままソロに入る。これがまたいい感じのソロで、バックの3人も見事としかいいようがない。そして、あっさりとしたエンディングもいい。
 とにかく傑作であります。作曲に関しては、ここまで全曲が名曲というアルバムは珍しいのではないかと思う。演奏も最高である。このカルテットでのCD発売ツアーを2回、生で聴くことができたが、そりゃもうすばらしい演奏でありました。さっきも言ったようにスーパーバンドだからね。でも、そのときのライヴのエッセンスはちゃんとこのアルバムにも封じ込められているので、皆さんぜひ聴いてください。傑作!