「うたのつばさに」(SCAT 2401)
岡本勝之トリオ feat.ウラジミール・シャフラノフ
ベースの岡本勝之は私の大学時代の軽音楽部の先輩で、私が一年生だったとき四年生だった。学生時代からめちゃくちゃ上手く、ど下手の私などが軽々しく共演できる相手ではなかったが、後輩思いで、皆から慕われていた。これはお世辞などではなく本当のことである。演奏には人柄が出るが、岡本さんのベースはやはり温かいのだ。ジャズならなんでも好き嫌いなく聴き、三宮の「木馬」というジャズ喫茶でバイトしていたので(大原さんも)、よくこのふたりが入ってるときを狙って店に行き、好き勝手なものを掛けてもらった。岡本さんは下宿でも後輩が来るとコレクションを掛けながらいろいろ蘊蓄を教えてくれるので、影響を受けた後輩(私もそのひとり)は多かったと思う。本人は「わしは(ジャズファンとして)変態や」と言っていたが、実際はそんなことはなく、大原さんも「ほんまに趣味のいいジャズファンというのは岡本のことや」と言っていたとおり、もろストレートアヘッドなジャズの王道を行くひとだった。たしかにカークが大好きでルー・ドナルドソンとかそういったひとも好きだったし、「このメンバーでまともな演奏になるわけない。絶対おもしろいはず」とか言ってレコードを買っていたのを思い出すが、サム・ジョーンズを尊敬しているように、ぜんぜん変態的ではない。卒業して富山に帰ってからも、ジャズ番組のDJを長く務め(今でも!)、フィールドハラージャズオーケストラのベース兼MC(その後リーダーに)も長く務めるかたわら、北陸ジャズマシーンというグループでたびたび関西ヘも楽旅をしたりと仕事と並行してジャズ活動にもまったく手を抜かなかった。多くの海外、国内ミュージシャンの招聘にも力を入れ、その後長い共演を続けることになる奏者も珍しくない。いろいろなひとが富山での演奏について岡本さんの世話になっているはずである。そういう地道な活動を延々続けて、勤めを定年退職し、ついにフルタイムのミュージシャンになったのだ。かつて大原さんが「〇〇がプロになる、ゆうのは岡本がプロになるみたいなもんやぞ。それはあかん」と言っていたが、岡本さんは長年こつこつと人脈を作り、さまざまなセミプロとして途切れなく演奏活動を続け、腕も音楽性も上げ、実績を十二分に作ったうえでのプロ入りなのだ。大原さんとは違ったやり方で勝ち取ったものなのだ。最初から岡本さんはこうなろうという人生のビジョンを立て、そのとおりに実践し、そしてそれを成し遂げたのだから、すごいですよね。そして、本作はその岡本勝之がはじめて世に問う初リーダー作。亡くなったご母堂が弾いていたアップライトピアノを使っての演奏で、ピアニストは岡本との共演歴も多いウラジミール・シャフラノフ。ドラムは鎌倉規匠。リーダーの年齢を考えても、老練な内容になるはずだが、さすがに初リーダー作だけあって、初々しさ、心が弾んでいる感じがある。タイトルやジャケットはメルヘンチックだが(そういう叙情性も岡本さんの一側面である)、中身はジャズの王道を行くバップ〜ハードバップ的なもので、三人ともすばらしい。岡本さんの志向は選曲にも表れていて、ハンク・モブレーの「This I Dig of You」、ローランド・カークの「Serenade to a Cuckoo」、リー・モーガンの「Ceora」、シダー・ウォルトンの「Bolivia」など、曲名を見ただけで「おーっ」と思う。ほかの曲も一筋縄ではいかず、「中国地方の子守歌」や表題曲の「うたのつばさに」(メンデルスゾーン)など、聴いてみたくなるようなタイトルが並ぶ。私も帯でちょこっとだけ参加させてもらってます。今のところ、ライブハウス等での手売りだけらしいが、通販も行っているそうです。これを皮切りに今後、岡本さんのリーダー作が続けて発表されることを願っております。