「OUT OF THE BLUE」(BLUE NOTE RECORDS BNJ−91010)
O.T.B
このレコードが棚の奥から出てきたときは、いやー、懐かしい、と思った。約35年前に新譜として聴いたアルバムである。しかし、今の耳で聴いてみて愕然とした。いやー、昨日録音された新譜のように瑞々しく、新鮮で斬新な内容でありました。新生ブルーノートがオーディションで集めたと思われるメンバーだが、今にして思えば、集まるべくして集まった6人なのである。70年代ジャズのシリアスでモーダルで骨太な感じをベースに、マルサリスたちの影響も消化し、自分たちの音楽を作っている。寄せ集めではこうはいかない。おそらく全員が同じ音楽を志向していたからこそできたことだろう。複雑だが超かっこいいテーマとアレンジ。あくまで正攻法なのに凄まじいポテンシャルのあるソロ、心得まくったバッキング、スリルに満ちたインタープレイなど、しっかりしたテクニックと音楽性に裏付けされてはいるが優等生的ではなく、いわゆる「ゴリゴリの……」という雰囲気のある演奏だ。それぞれの個性も十分にあって、まあ、そりゃそうだよな、ケニー・ギャレットにラルフ・ピーターソンにボブ・ハーストにハリー・ピケット……だもんな。その後の彼らの大活躍を考えると、本当に奇跡のようなグループだった。私はマイケル・モスマンのウディ・ショウを端正にしたような鋭いトランペットと、柔らかな音色でジョー・ヘンダーソンを思わせるフレーズを吹きまくるラルフ・ボウエンがめちゃ好きだった。とくにラルフ・ボウエンは、スケールを吹くだけで、その均等さ、アーティキュレイション、音色のコントロールなど、露骨にその「上手さ」を感じさせるテナーで、本当にすばらしいと思った。低音部の、柔らかいけどズシッと来る音が好きだったなあ。全曲メンバーのオリジナルで固めた意欲作であるが、そのオリジナルがどれもこれもすばらしく、かつバラエティに富んでいるので、たぶんこれは全員で曲をたくさん書いてきて、かなりの数をボツにしたうえで録音に臨んでいるのだと推測される。マルサリス兄弟がいたころや、ドナルド・ハリソン、テレンス・ブランチャードがいたころのメッセンジャーズを思わせる部分もあるが、大きな違いはリズムセクションも新しい、ということだ。スタジオ録音でこの迫力というのは正直いってすごいです。
1曲目はボブ・ハーストの曲で、新しいグループのお目見えのアルバムの一曲目にこれを持ってきた、というのはよくわかる。リズミカルで複雑だが凄まじい疾走感があり、ところどころに挟まれるビートのない部分やストップモーションなどが聴き手を圧倒する。ようこんな曲書いたなあ、と思う。ボブ・ハーストのぐいぐい来るベース、ラルフ・ピーターソンの完璧なサポートもかっこいい。モスマンの甘さのかけらもない圧倒的なソロ、ギャレットの後年の天才ぶりを感じさせるソロ、ボウエンの我が道を行く個性的な堂々たるソロ……矢継ぎ早に展開する凄すぎるソロのリレーに感動するしかない。2曲目はケニー・ギャレットの曲だが、打って変わってゆったりとしたグルーヴの曲。モスマンのフリューゲルを中心にした美しいハーモニー。これが20代半ばの若者たちによる表現とは思えないぐらい深みがあるが、これもウディ・ショウっぽい曲調に聞こえて超かっこいい(そういえばギャレットはウディ・ショウとのアルバムもいくつかあって、「イントロデューシング」はもちろんのこと、「ソリッド」やハバードとの共演盤などにも参加している)。先発ソロはピケットのピアノで、テクニックを誇示しない淡々としたソロがかえって個性を際立たせている。つづくモスマンの凛としたフリューゲルの歌い上げもウディ・ショウがこの世界に残したさざなみのひとつに思えてならない。すばらしい曲(演奏)であります。3曲目はこれもケニー・ギャレットの曲でめちゃくちゃアップテンポ。先発のボウエンが、ほぼ完璧といった感じのブロウをぶちかます。テクニック、音楽性、すべて最高である。スタジオ録音でここまで迫真のソロをとれるということが驚きだ。つづくモスマンのソロもぴりぴり張り詰めたテンションの高いソロだが破綻は一切なく、ひたすら聞き惚れるしかない。リズムセクションの3人のバッキングにも注目。そしてギャレットのアルトはバンドを、聴いているものを、スタジオの空間を揺るがすような圧倒的な熱いブロウ。いやー、かっこいいとしか言いようがない。アンサンブルと一体になったピケンズのゴリゴリのソロで終わる演出もすごい。
B面に移りまして、1曲目はラルフ・ボウエンの曲でアップテンポの「いかにも」という感じのリフ曲(7拍子)モーダルなナンバー。ボウエン、ギャレットの2サックスによる激熱のバトルがフィーチュアされる。つづくピケットのピアノソロも、ボブ・ハーストのベースソロもどちらも快調で、短いのに物足りなさを感じない充実の演奏。そして、モスマンの激しいブロウのあと、ラルフ・ピーターソンの短いドラムソロを経てテーマ。2曲目はボブ・ハーストの曲で最初のイントロは変拍子に聞こえるが(12+9+12+5?)、テーマに入ると普通のリズムかのように自然な演奏になる(このへんはよくわからない)。ボウエン、ギャレットのキレキレのソロの躍動感はすばらしい。3曲目はラルフ・ピーターソンによるラテンリズムと4ビートを行き来する曲で、一時期のジャズメッセンジャーズやハードバップ華やかなりし頃のブルーノートの諸作を思わせる作風。変拍子ではないストレートな構造だがサビが2小節長いのか? 先発はボウエンで、若いにもかかわらず成熟した、安定した吹きっぷりだが、それはまったく悪いことではなく、リズムの安定、音程の安定、音色の安定、アーティキュレイションの安定……などがすばらしいブロウにつながっている。これだけの短いソロのなかにもこのひとの(いろんな意味での)上手さがぎゅっと凝縮されている。ピケンズも同様で、具体的なアイデアとそれを発展させていくフレージングは聴いていて心地よい。つづくギャレットは少しはっちゃけたところがあり、そこが魅力になっている。作曲者ピーターソンのソロがあって、テーマに戻ると、気分は50年代のブルーノート……だが、じつは過去を模しただけではなく、あちこちに現代的な感覚やアイデアが盛り込まれている演奏なのだ。ラストはテーマ曲ともいうべき「OTB」で、マイケル・モスマンの曲。この曲はじつは学生時代に3管のバンドで演奏したことがある。ギャレットのソロからはじまり、そこにリフが入る形で演奏が展開するが、その「ソロのバッキング」と思われたリフこそが「曲」である、というだまし絵のような形をとっている。テーマがリズミカルなリフではあるが、サビの部分のコード進行がけっこうむずかしく、結局私は、何度かライヴでやったが、いつもフリーにしてしまいました。今ならもうちょっとちゃんと吹けるような気もするが……。日本語ライナーノートで、マイケル・モスマンはプレイだけでなく作曲の面でもウディ・ショウの影響が感じられる、というようなことが書いてあるが、たしかにそう思う。この「AABAのBの部分がAの部分とはかなり「あさって」の感じの進行になる」というのは「ムーン・トレイン」をはじめとするウディの曲の特色である。とにかく想い出の曲ではあるが、今聞いてもめちゃくちゃかっこいい。鍵盤とたわむれているような軽い感じのピアノソロなのだが、弾いている内容はしっかりしている。モスマンのソロは張り詰めた緊張を感じるシリアスなものだが、作曲者なのにサビでとまどっている感じも面白い。ボウエンのソロは……ああ、やっぱり俺はボウエンが好きだ。このスケールを上下するだけで伝わるものがあるのだ。テナーとはそういう楽器なのだ。そのあとテーマ。めしてギャレットがふたたび登場してこのアルバムの幕をおろす。ああ、OTBは今の若いひとにどういう評価になっているのだろうか。急に気になってきた。みんな、OTBを聞こうぜ! 傑作!
「INSIDE TRACK」(東芝EMI BNJ−91021)
OUT OF THE BLUE
レコードで所有しているのだが、このアルバムはB面のほうがなじみ深い。OTBの二作目。まだ、ケニー・ギャレットもボブ・ハーストもいる。ふたりがグループを抜けるのはこの録音のすぐあとなので、本作のサウンドは一作目に近いはずである。今聴くと、いかにも50年代、60年代のハードバップ〜モードジャズ的な演奏の再現を狙ったような曲が多いが、このバンドの良いところは、ただのノスタルジックな再現でなく、若いメンバーがそこに自分たちの個性や音楽性をちゃんと盛り込んで、溌剌とした演奏にしている点だろうと思う。どのメンバーも自分のソロパートをものすごく大事にしていて、持っている実力を最大限に表そうとしているのが伝わってくる。今聞き返すと、このメンバーのその後の「人生」を考えてしまい、なかなか感慨深いものがある。ケニー・ギャレット、ボブ・ハーストはたいへんなビッグネームとなったし、ハリー・ピケンズとマイク・モスマンも活躍している。私が一番好きだった、柔らかい音で思索的で端正かつパワフルな演奏をするラルフ・ボウエンもいろいろがんばっている様子でうれしい。でも、ラルフ・ピーターソンは亡くなってしまった。なお、A−3の「ホットハウス」以外はすべてメンバーのオリジナルだが、「ホットハウス」はいきなりピアノのアドリブではじまるピアノトリオによる演奏。なぜ、B面のほうがなじみ深いか、という理由を今唐突に思い出した。B−1に入っている「ネイサン・ジョーンズ」というラルフ・ピーターソンの曲を学生時代バンドで演奏したことがあるからなのだった。ええ曲や。難をいえばA−1が最後フェイドアウトすることだが、アルバムの構成からいって、1曲目がフェイドアウトというのはもったいないかも。傑作。