「COMIN’ AND GOIN’」(EUROPA RECORDS JP2014)
JIM PEPPER
ジム・ペッパーの有名作。テナーと同じぐらいの比重で(もしかするとテナー以上に)ボーカルがフィーチュアされている。ほかにもドン・チェリー、ジョン・スコフィールド、ハミッド・ドレイク、ビル・フリゼール、コリン・ウォルコット、マーク・ヘライアス、ダニー・ゴットリーブ……といった大物が目白押しのメンバーだが、やはりそのなかでも本作において重要な位置を占めているのはペッパーとナナ・ヴァスコンセロスのチャントだろう。
A−1がいきなり「ウィッチ・タイ・ト」で、この曲を知らないひとはいない……というのは言い過ぎかもしれないが、このあたりの音楽を聴いているひとならたいがい知っているだろう名曲である。ペッパーはこの曲を何度も吹き込んでいるが、このアルバムのバージョンはそのなかでもすばらしい(「ペッパーズ・パウ・ワウ」のも好き)。ネットで検索すると、どうやらヤン・ガルバレクバージョンやオレゴンバージョンその他のほうが有名らしいが(それらもすばらしい。芳垣さんのオン・ザ・マウンテンのバージョンもいい)、やはりなんといってもジム・ペッパーのものがいちばんネイティヴアメリカンの伝統的な要素がベースにある感じがしていちばん好きであります。この曲はジム・ペッパーの祖父ラルフ・ペッパーから教わったトラディショナルなネイティヴアメリカンの伝承曲をもとにジム・ペッパーが作った曲ということで、クレジットはジム・ペッパーの名前になっているが、おそらくメロディはブルース初期にミシシッピデルタで多くのミュージシャンが同じ曲を全員の財産のようにして演奏していたように、ネイティヴインディアンが共有していたものなのだろう。ジャズのリフでもそういうのがありますよね。ジムのテナーの歌い上げも音色といいニュアンスといい完璧にこの曲に合っている。ナナ・ヴァスコンセロスのこの曲への貢献度はジムにつぐものがあるが、ブラジリアンパーカッションが見事にこのサウンドに溶け込んでいるのもすごい。とにかく名曲としかいいようがなく、明るくて、半永久的に盛り上がること必定のテーマである。ジム・ペッパーというとこの曲しかないんじゃないですか、という意見もあるかもしれないが、本作はこの1曲目以外も全部すばらしいのである。2曲目と3曲目は父親であるギルバート・ペッパーから教わった、これもネイティヴインディアンの伝承歌だそうである。2曲目はナナのパーカッションとコリン・ウォルコットのタブラ、ジム・ペッパーのボーカルのトリオによる演奏で、いちばんシンプルでプリミティヴで、伝承歌の原型に近いのではないか、と推察される。ペッパーはボーカルのみで、それもまたよし。3曲目も父親から習った曲で、ドン・チェリーが入っていて、非常にオーソドックスなプレイを披露している。クレジットを見なかったらドン・チェリーとはわからぬぐらい「普通に上手い」というやつである。ペッパーのボーカルがなんともいい感じで、テナーはサブトーンも使ったスウィングっぽいスタイル。タイトルの「スクワー・ソング」の「スクワー」というのはネイティヴインディアンの女性を意味する言葉で、ネイティヴ以外が使うと差別的に受け取られる場合がある、と辞書に注記がしてあった。4曲目の「ゴーイン・ダウン・トゥ・ムスコギー」という曲は、パーカッションだけをバックに、ジム・ペッパーと数人のボーカルが掛け合いというかコール・アンド・レスポンスで歌っていく。こういうあたりも民族音楽的で、しかも全員しっかり練習を積んでいるようで、民族音楽的なぐだぐだ感はまったくなく、めちゃくちゃかっこいい。そのあとエレベが入ってファンクな感じになり、テナーが活躍してフェイドアウト。ムスコギーというのはオクラホマの地名だそうである。
B面に行って1曲目はタイトル曲でもある「カミン・アンド・ゴーイン」。「ヘイ、イェイ、早い早い早い」とボーカルがずっと歌っているので、「なにが早いんや!」と言いたくなるが、ゆったりしたグルーヴで、ちょっとビートルズっぽい雰囲気もあるポップな曲調。2曲目は「ラコタ・ソング」という曲で、エンヤに「ダコタ・ソング」というアルバムがあるので、同じ曲かも、と思ったが、ラコタとダコタは別の土地(部族)らしいので、「やっぱりちがう曲か」と思って「ダコタ・ソング」のほうも聴いてみたら、なんと同じ曲だった。なんじゃい! おそらくラコタ族に伝わるトラディショナルをジム・ペッパーがアレンジしたもので、ほとんどがカレン・ナイトという女性のボーカルを中心にした歌もの。テナーはちょっとだけ出てくるがそれもいい味を出している。3曲目はコリン・ウォルコットのシタールがフィーチュアされ、ペッパーはソプラノを吹いているが、これがまた上手いのです。ペッパーのサックス奏者としてのベーシックな実力を感じる演奏。曲もええ曲や。珍しくボーカルが入っていない。4曲目も複数のボーカルによるシンプルな歌唱がフィーチュアされる。バックもどんどんいう太鼓と一音だけ繰り返すベースという超シンプルな演奏が続く。そのあと一転してペッパーのテナーが咆哮し、ジョンスコのギターが疾走するわけのわからない展開になり、そのあとまた突然もとのチャント(?)に戻る。かなり変な構成だが面白い。最後の5曲目はドン・チェリーの曲でのどかなリズムと明るいコード進行のうえでペッパーがかなり過激なノイジーな音をまじえたソロをするが、全体の雰囲気はほのぼのとして楽しい。いかにもドン・チェリーの世界という感じである。しかし、この演奏にはなぜかドン・チェリーは入っていない。
全9曲中、(もとは誰々に教わった曲で、とかいうのは無視してクレジットだけで判断すると)父親のギルバートの曲が2曲、本人(ジム・ペッパー)の曲が5曲、トラディショナルが1曲、ドン・チェリーの曲が1曲という構成で、かなりの意欲作であることがわかる。いつも、ジム・ペッパーはその出自であるネイティヴアメリカンの伝統的なものを意識的に押し出そうとしているが、本作はそのもっとも成功した例のひとつではないかと思う。ジム・ペッパーを聴くと、トニイ・ヒラーマンの小説を思い浮かべることが多い。ヒラーマン自身もネイティヴアメリカンだし、あのシリーズ(リープホーンもの)もネイティヴアメリカンの世界を描いているからだが(めちゃくちゃ好きで、18冊出ているうちの9冊は邦訳されている。ハヤカワ、全部出さんかい!)、共通するものをどこかしら感じるのだ。傑作!