bud powell

「THE BUD POWELL TRIO」(ROOST RECORDS RLP401)
BUD POWELL

 テナーサックスが好きで、アルトもトランペットも嫌い。ピアノトリオなんかぜったいに聴かない人間なのだが、たまーーーーーに好きなピアニストがいて、そのひとりがバド・パウエルなのだった。高校生のとき、まだジャズというものがさっぱりわからないまま、いろいろ手さぐりで聴いているときに、たまたま、たぶん名盤紹介の本かなにかに載っていたこのアルバムを中古屋で買い、以来、ずっとファンである。(このころの)パウエルの演奏は、パーカーの絶頂期と同じような、いわゆるくつろぎとかリラックスとは反対の強烈なテンションがあり、それがずーっと持続するなあ、というのが最初の印象だったが、一旦好きになってしまうと、中期〜晩年のものも良いように思えてしまうのだから、まあ、人間の耳などはあてにならない。パーカーもパウエルも、とにかくすべての時期が好きになってしまうわけですね。しかし、さすがにこの時期が絶頂期であることは私にもわかる。ブラシのめちゃめちゃ早いリズムに乗って、ぽきぽきしたノリで、一瞬の躊躇もなく、歌心あふれるバップフレーズを弾きまくる、その圧倒的な演奏は人間業とは思えない。こういう演奏を、たとえばオスカー・ピーターソンとかと比較して、「おんなじやん」という人もいるが、もうぜんぜんちがいます。雲泥の差。この、ひとつのアドリブの途切れない長いラインに賭ける精神力というか魂の込め方がちがう。パウエルは、パーカーと同じく、自分の心のなかにつぎつぎと湧き上がる新しいフレーズを、一つ残らず音符に変換して、楽器で写し取ってしまおう、というたいへんな作業をものすごい肉体的・精神的パワーで行っている……という感じがする。え? ジャズミュージシャンはみんなそうだって? うーん、どうもうまく私の気持ちが伝わっていないようだなあ。まあ、そんなことはともかくとして、本作はA面とB面ではまるでちがった時代の演奏が入っていて、聴いていると、明らかにA面はしんどく、Bは楽しい。B面よりもっとあとの時代になると、楽しいのを通り越してヨレヨレになっていくので、逆の意味でしんどくなるため、B面のころが、発想、技術、リラックス度、その他がいちばんバランスのとれた時代ということになるわけだが、しかし、パウエルの本当の天才を聴くには、やはりA面である。このしんどさ、孤高感、怖ろしさこそがパウエルの真髄であり、日本盤タイトル「バド・パウエルの芸術」というのもなるほど納得!なのだ。マックス・ローチの爽やかで軽快で、かつ、ここぞというところではぐいぐい入っているようなブラッシュワークを聴いているだけでも心地よい。でも……私がほんとうに好きなパウエルのアルバムはじつはこれではないんですけどね。

「JAZZ GIANT」(VERVE 23MJ3030)
BUD POWELL

 これも、パウエルのほんとうにパウエルらしいアルバム。つまり、聴いていてしんどい。あるいは、ぴしっと背筋を伸ばして聴かないといけないような気になる演奏である。コルトレーンやパーカー、ドルフィー、ミンガスなどの演奏に共通するのは、そういった「居住まいを正して」聴かずにはおれぬ、ぴーんと張りつめた空気である。彼らは命がけで演奏しているのだから、命がけで聴かねばならない……そんな緊張感を聴き手に要求する演奏である。もちろん、ドルフィーをねそべって鼻毛を抜きながら聴いてもよいし、コルトレーンの演奏が居酒屋チェーンのBGMに流れることもあるわけで、いつもいつも居住まいを正してはおれぬし、どのように聴こうと聴き手の勝手ではあるのだが、やはり私は、こういった精神性の高い音楽は、きちんと向かい合いたいという気持ちになる。いやー、時代錯誤なことを書いてしまいましたねっ。しかし、後期コルトレーンはわけがわからんからダメな音楽だ、とか、ドルフィーは下手くそだ、とか、酒飲みながら聴けないジャズなんてダメだ、とか、踊れないジャズはよくない、とか、楽しくなければ音楽ではない、だって音楽って音を楽しむと書くでしょう? とか、どうして音楽を「理解」しなくちゃいけないの? 単に聴いて、面白いか面白くないか、それだけだよ、とか……そういった世迷い言が大手を振って通用しているこの御時世に、パウエルのこの時期の演奏は正直受け入れられないだろうと思う。日本人はソニー・クラークやウィントン・ケリーやケニー・ドリューを愛しておればよい。──まあ、そういったアルバムですね、本作は(なんのこっちゃ)。大傑作でしょう。

「BUD POWELL IN PARIS」(REPRISE R9−6098)
BUD POWELL

 63年だからパウエルとすればかなり晩年だが、なにしろ彼は66年に死亡しているから、この吹き込み時点ではまだ39歳のバリバリ。だから、本作とルースト盤あたりを比較して、円熟しただの枯れてきただのと評するのはまちがいで、単にスタイルが変わった、というべきではないか。このアルバム、共演のふたりはまったく私の知らないひとなのだが、出来ばえはすばらしく、選曲も「ハウ・ハイ・ザ・ムーン(ラストでオーニソロジーになる)」「ディア・オールド・ストックホルム」「ジョードゥ」「パリジャン・ソロウフェア」など演っていて最高である。ここでのパウエルは、歌心あふれるプレイで本当に好調である。ヨーロッパでの演奏は出来不出来があるようだが、本作などは超出来がいいほうに属するのではないだろうか(よく知らんけど)。昔からの愛聴盤です。

「THE SCENE CHANGES/THE AMAZING BUD POWELL VOL.5」(BLUE NOTE ST−84009)
BUD POWELL

 58年録音だが、パウエルは絶好調!……とはいえない。だからといって、もうパウエルはダメだと決めつけるのは早計であって、本作よりあとの年代のものにいい作品がたくさんある。たぶん本作録音時は体調がやや悪かったのだろう。しかし、「このアルバムは一曲目だけで、あとはダメ」みたいな言い方もよくされるようだが、そんなことはない。指がややもつれぎみだが、さほど気にならない。どの演奏もなかなかいいし、曲も耳に残る佳曲が多い。ただ、B面の2曲目だったか、ラテンリズムの曲のソロはどうもぴんと来ないけど。正直、パウエルのアルバムのなかではあまり聴かない一枚だが、今回久々に聞きなおして、けっこうええやん、と思った。

「BOUNCING WITH BUD」(STORYVILLE UPS−2245−R)
BUD POWELL

 62年の録音で、ベースはペデルセン。このアルバムは、どうしてさほど評価されないのかよくわからないほどすばらしいと思う。ルーストとかヴァーヴあたりの絶頂期とくらべると、そりゃああのハイテンションな超絶技巧とスピード感はやや減退しているかもしれないが、それにかわって最高の歌心がある。しかも、本作はひしひしとバップ魂を感じる選曲で、「リフタイド」「バウンシン・ウィズ・バド」「ムーヴ」「ストレイト・ノー・チェイサー」「アイ・リメンバー・クリフォード」「ホット・ハウス」「52番街のテーマ」とバップ曲のオンパレードである。いわゆる「バド・パウエル・プレイズ・ビーバップナンバー」的な「企画物」なのかなあ。あるいはセッション的な安直な企画なのか。しかし、内容は最高です。ちゃんと指も動いてるし、リズムに乗ってるし、歌心あふれるプレイは、これ以上なにをのぞむべきか。楽しく聴けるうえ、内容も充実しているすばらしいアルバムだと思うけど……まあ、パウエルとかについては私は語る資格はありませんけどね。