「SELDON POWELL」(ROOST RECORDS TOCJ6297)
SELDON POWELL
セルダン・パウエルといえば、パッと頭に浮かぶのは、まずテナー、アルト、フルートなどの持ち替えをするひとであること、さまざまなビッグバンドを渡り歩いたひとであること、スタジオミュージシャンであること、ジャズロック的な作品を残したひとであること……などであって、けっして飛びつきたくなるようなイメージではない。しかも、そのジャズ作品に対して寄せられる言葉がたいがい「通好み」とか「渋め」みたいなもので、そういうのってなんか嫌じゃないですか。こっちはそんなにジャズにはまってないんだよ、と言いたくなる。しかも、本作を聴かなかった理由の一番のものは日本盤が「寺島靖国・ホーンならコレを聴け!」というシリーズのひとつであることで、帯にも大々的にそう書いてあるし、なんとCDの表面にもでかでかと「寺島靖国」という文字が千社札の様式で印刷してある。ほんとにやめてほしい。うっとうしい。この文字があるために「なんでこんなもん買わなあかんねん」と思いずっと聴けなかったのだが、あるときどうしても聞きたいという気持ちがつのり、思い切って購入してみたら、信じられないほどのすばらしいアルバムだったので驚くと同時に、この文字さえなければ……と怒りがこみ上げてきた。まあ、そんなことはどうでもいい。で、セルダン・パウエルだが、音色はややファンキーで芯のある感じで、たぶんブリルハートのラバー。本作はルーストの○○プレイズシリーズ(?)のひとつで(スティットとかあるでしょ?)、メンバーもすばらしい。フレディ・グリーンが入ってるのもルーストらしい。アレンジがしっかりしていて、ホーンセクションとしてシミー・ノッティンガムとボブ・アレキサンダーが入っており(なぜか日本盤のクレジットにはボブ・アレキサンダーが抜けていてかわいそうすぎる)、けっこうゴージャスな作りになっているが、それよりなによりセルダン・パウエルのプレイが素晴らしすぎて、それ以外全部かすむ。なにしろ徹頭徹尾歌いまくりで、しかもすごい音と、アーティキュレイションがともなっているので説得力抜群。音程もいいし、低音から高音まで魅力的なしっりした音で吹かれているし、ミストーンもないし、いやー、完璧じゃないですか。歌いまくるところはレスター・ヤング的だが、基本はバップなのか? そういう意味では、ジーン・アモンズ、デクスター・ゴードン、ソニー・スティット、ワーデル・グレイなどと肩を並べるひとだと思うが、いや、正直、ジェームズ・クレイとかアレン・イーガーとかよりずっとすごいのでは? すっかり気に入りました。傑作、いや、大傑作ではないでしょうか。
「MESSIN’ WITH SELDON POWELL」(ENCOUNTER EN−3000)
SELDON POWELL
ルーストなどではめちゃくちゃ上手くて歌心あふれる演奏で、その手のものが好きな、いわゆる「趣味のいいジャズファン」を唸らせたパウエルだが、この時期にはジャズロック的なプレイヤーに変貌し、そっち側のファンを喜ばせている。それにしてもここまで変わるひとも珍しいと思う。たいがいは上手くいかず失敗する。ビバップでつちかったフレージングが8ビートのファンキーなリズムと合わず、めちゃくちゃダサくなるか、ものすごく下手くそに聞こえるか、あるいは自分だけが変われずにロックビートのなかに埋没するか……。しかし、パウエルはちがう。見事に自分のテナーをこういうファンクのなかにいかすことに成功している。この、いなたい、ブラックネスあふれるタフなテナーを聞くと、ルースト盤あたりで流暢なバップフレーズ(しかも歌心あり)を吹きまくっていたひとと同一人物とは思えない。これを、時代に合わせて無理してるんだね、パウエルもたいへんだね、ととらえるのか、こういうのもできるんだね、さすがですな、ととらえるのかで評価は変わるだろう。私は、大好きです。グラント・グリーンの後期のように、おのれのなかにあるブルース〜ファンク魂が自然に溢れ出たようなスタイルに変貌したと考えればいいのではないだろうか。まるでラスティ・ブライアントのような泥臭い、ファンキーなブロウだが、そのなかにやはりバップ的なコード分解のフレーズが顔を出すところも愛敬ではないか。セルダン・パウエルのような熟達のジャズミュージシャンが、こういう新しい語法を獲得したこと(そしてそれを使いこなし、自分の表現としていること)を素直に楽しみ、味わおうではないか。少なくとも私は、こういう演奏をするセルダン・パウエルを尊敬している。とくにフルートははまっていると思う(7曲目とかめちゃかっこいい)。バーナード・パーディー、ゴードン・エドワーズ、コーネル・デュプリー……といった猛者たちがセルダン・パウエルの新しい表現に力を貸している。
「THE SELDON POWELL SEXTET」(ROOST RECORDS ROOST LP2220/TOCJ−50145)
SELDON POWELL
セルダン・パウエルとジミー・クリーブランドの2管に、フレディ・グリーンのギターが入ったセクステット。モダンジャズの時代になってもフレディ・グリーンの四つ切りのリズムギターが入ったレコーディングがときどきあるのはどうしてだろう。しかも、本作に聞かれるとおり、まったく邪魔になっていないし、古びた感じどころか味わいを増しているのだ。まあ、それはともかくセルダン・パウエルの見事な演奏は、音色といい、ピッチといい、音の伸びといい、リズムといい、歌心といい、均質なビブラートといい、文句のつけどころがまったくないほどのすばらしいもので、聴けば聴くほどもっと聴きたくなる。ぎくしゃくしたところのない、スムーズきわまりないフレージングは、ワーデル・グレイやズート・シムズなどに通じる味がある。とにかく「上手い」ひとなのである。そして、上手いことは良いことなのだ。同じようなタイプと思われるクリーブランドのトロンボーンも超上手い。さりげないアレンジもかっこよくて、2分台から3分台の短い演奏が並ぶ。こういう洒脱で達者で渋い演奏を「ジャズ通」のかたはにやにやしながら喜ぶのだろうなあ(え? 嫌味に聞こえましたか? そんな意図はないっすー)。私にはあまり縁はないけど、たまに聴くと楽しい。ピアノの「ハック・ハナ」というのはローランド・ハナのことらしい。ドラムは曲によってちがうが、ガス・ジョンソンのブラッシュなんかもうかっこよすぎるね(6曲目とか)。こんなセルダン・パウエルが後年あんな風になってしまうとはねー、世のなか面白いです。傑作。