werner puntigam

「KOKYU(BREATHING)」(ATS RECORDS ATS CD−0898)
WERNER PUNTIGAM RABITO ARIMOTO

 何度か来日しているはずのトロンボーンのヴェルナー・プンティガム(たぶんオーストリアのひと)が2017年に来日したときに有本羅人と共演して意気投合、有本が参加している芳垣安洋のモゴトヨーヨーがヨーロッパのフェスティバルに参加したタイミングでこのデュオの録音ということになったようだ(推測も混じっているのでほんまかどうかはわかりまへん)。まあ、ありがちな即興デュオ……という風に思うかたもいると思うが、これがめちゃくちゃ面白いのである。え? ほかの即興のアルバムとどこが違うの? と言われたら、それは私の耳がアホということになる。1曲目冒頭からスピーカーを潤すこの豊潤でアコースティックな響きは、このアルバム全体を通して展開されるわけだが、たった2本の管楽器による音色、ハーモニー、リズムがときにはまるでオーケストラのように聞こえ、ときには雑草のあいだで虫が鳴いているようにも聞こえる。それだけのふり幅がある音楽なのだ。トランペットとバスクラを吹く、という時点でもう有本羅人のセンスが卓越していることはわかる。普通は金管と木管を主奏楽器にするなんて考えるやつはいない。サックスはソプリロからコントラバスサックスまで、クラも全種類吹き、ピッコロからコントラバスフルートも操り、金管もときに吹く……みたいな多楽器奏者ならべつだ。有本羅人の場合は、もちろんトランペットが主たる楽器なのだが、バスクラもノイジーな演奏だけでなく、難しい譜面を吹いたり、ボーカルのオブリガードをしたり……というぐらいのこともしっかりできる技術を持っている。こういう言い方がわかってもらえるかどうかわからんが、「金管奏者と木管奏者、両方の気持ちがわかる」プレイヤーなのだ。これはじつは凄い強みではないかと思う。有本羅人のことを長々書いてしまったが、ここでのデュオは相棒のプンティガムも凄腕で、多彩な音色や豊富なアイデアを持つすばらしい即興演奏者である。微細な音からガツン! というトロンボーンならではのブロウまで自在にこなす。シェル(法螺貝)も吹く。このひとを知っただけでも本作を聴いた価値はある。ふたりの奏者が、(わざと)「ふっ」と触れるだけの演奏から、がっつり絡み合って「これどうなるねん」という深いもの、室内楽のように美しく淡いもの、エキサイティングなぶつかり合い、意外にメロディアスなもの、たがいを高めあうもの、こどもが遊んでいるような素朴でプリミティヴなもの、激烈なノイズ……などなど、ここには管楽器奏者が聴くとだれもがハッとするような「原点」のようなものが並んでいる。超絶技巧もあるが、それらはこれ見よがしに使われることはなく、あくまで自然体である。買ってからめちゃくちゃ聴いたが、全然飽きないなあ。録音もいいし、ほんとこういう即興デュオもピンキリであって、本作はもっとも上質な部類に属する傑作だと思う。聞いていて、聴き手である私の心が勝手に遊ぶ。あたりまえのようだが、そういうインプロヴィゼイションはなかなかないんです。もちろん、こちらの心の入り込みようのない、隙間のないがっちりした即興も好きだが、こういう昔ながらの即興が、新しい息吹きを注がれて、「今」のものになっているのを聴くのは本当にうれしいし、感動的だし、わくわくする。

「DOUBLE.BASS.TROMBONE」(ATS RECORDS ATS CD−0781)
WELNER PUNTIGAM

 いやー、これはすばらしい! あるひとにとっては「よくある、典型的なインプロで新しさはない」と感じられるかもしれないが、よく聴いてみてほしい。全然「よくある」ものでも「典型的な」ものでもないのだ。ある意味、私にとっての理想的なフリーインプロヴィゼイションである。エレクトリックなものも好きだが、こういうアコースティックな、そしてどこか「フリージャズ」の匂いのする、強烈なリズムを感じさせるものがいちばんしっくりくる。冒頭の一音目から最後までとにかくリラックスしたなかにもスリリングで楽しくグルーヴする音が詰まっている。ギャーッ、グエーッ、ギャボギャボギャボ……というようなノイジーな音はほぼ皆無で(多少濁った表現はあるが)、メロディックでリリカルで深い演奏ばかりだ。しかも、あらゆる瞬間が「挑戦」の場であることも特筆すべきで、あまりに楽々と演奏していて「手慣れた演奏」のように聞こえるかもしれないが、じつは常に新しいなにかを探し求め、殻を破ろうとしている一瞬、一瞬の積み重ねなのである。それが「楽しく、リラックスしている」ように聞こえるのはこの三人の音楽的な修練、技術力の賜物なのだ。この三人はとにかくすごい! これまでに習得したとてつもない演奏技術、音楽性をこんな変てこな即興のためにひたすら捧げるなんてなんて最高なんだ。ツインベースという、ときには無意味になってしまう試みが本作では大成功しているが、それは(私はよく知らないけど)人選の妙でもあるのだろうな。太く朗々としたアルコ、ファンキーといってもいいピチカートのリズム、そして、まるでライヴエレクトロニクスやシンセのような音も飛び出してくる。そして、ヴェルナー・プンティガムのトロンボーン(と法螺貝、声など)はときに生々しく、ときに重く、ときに軽やかで、ときにユーモラスだ(6曲目のヴォイスというか咳(?)はかなりキツいユーモアが感じられて楽しい)。このひとのライヴは二度ほど体験したが、そのときには聴けなかったような演奏もここには入っていて、即興演奏家としてのボキャブラリーの豊富さや懐の深さを感じる。何度聴いてもかっこいい。そう、「かっこいい」のである。プンティガムは、トロンボーンのベルをアルミホイルで包もうが、トロンボーンのベルを弓弾きしようが、とにかくかっこいいし、飄々としているし、ここぞというツボを突いてくる。それはベースのふたりも同じだ。もう7年まえの演奏だが、傑作というしかない。何度聴きなおしてもそのたびに感心してしまうし、面白い箇所が新たに見つかる。各曲のタイトルである「トウェルヴ・セヴン・セヴンティーン」というのはなにを意味しているのかよくわからないが、一度プンティガムさんにおききしたいところではあります。

「WELNER PUNTIGAM’S MAMBAS」(ATS RECORDS ATS CD−0693)
WERNER PUNTIGAM

 このひとは即興の鬼、みたいに思っていたのでかなり驚いたが、いやいや、フツーはこうだよな。いろんな音楽を聴いて育ってるわけで、やりたいことはひとつではない。ふたつ? 三つ? いや、100も200もあって普通だと思う。本作は、よくわからないけど、ボーカル、ギター、ベース、フルートをアフリカのモザンビークで、ホーンセクションとパーカッションはオーストリアで、ジョー・ボウイのソロはオランダで、サックスソロは南アフリカで……という風に数々のトラックを何カ国ものいくつものスタジオで重ね録りしていって仕上げた、という国際的なプロジェクトである。正直、パッと聞いただけではこのアルバムの背景にそんな壮大なものがあるとはまったく思えない、ただただ楽しい演奏である。これ(テクノロジーを駆使してもそうとはわからないこと)が今の当たり前なのだ。ボーカルをフィーチュアしたファンクミュージックであり、そこにアフリカンなパーカッション群がからみ、やけにシンプルでパワフルなホーンのソロが乗る。それらが見事に一体化しているが、じつは世界を股にかけた演奏であるとわかると、この「一体化」が一種の奇跡であると思い知らされる。まあ、CMでもそういうのけっこうあるけど、大きな予算を費やした、宣伝のための企画ではなく、こうして身近なミュージシャンが知り合いを集めて自分たちの音楽のために作り上げたこのアルバムはすばらしいと思う。ジョー・ボウイが3曲でフィーチュアされているように、このアルバムの演奏はヘヴィなドラムのリズムとカラフルなアフリカンパーカッション、キャッチーなボーカルとラップ、メリハリのきいたホーンセクションのシンプルなリフ……というマッチョでファンクなサウンドにパワー全開のトロンボーンが爆発する、つまり「デファンクト」的な要素がたっぷりある音楽である(プンティガムというインプロヴァイザーのルーツのひとつなのだろうと思う)。これは、私がぼんやりと思っているだけだが、そもそもトロンボーンという楽器に内在する「音」のひとつがこういうサウンドだと思う。たとえばサルサのトロンバンガ、ビッグバンドにおけるトロンボーンソリ、JBやアース、スペクトラム……などのファンクホーンセクションでのボントロの存在感、ボマラマ、そしてサイツ……。破壊的で圧力があり、メロウでもあるトロンボーンの魅力のなかに、こういうマッチョな部分があるのだ。プンティガムは普段、繊細でユーモラスな即興を主とした音楽をやっているが、その根っこにはこういうストレートアヘッドなものがあるのだなあと感じた。このひとのルーツなのかもしれない。ロックンロールなギター、ジャズの王道的な端正なトランペット(大活躍)のほか、リリカルなフルートやオルガンなどもフィーチュアされていて、いろいろな角度から楽しめる。ヴォイスは、ラップというより語りというかかっこいいナレーションみたいなのが多くこれもいいですね。ジョー・ボウイも元気で、6曲目のハーモナイザーみたいなのをかましたソロはとくにすばらしい。4曲目の、トランペットがひたすら同じリフを吹く曲の過激さなど、なかなか一筋縄ではいかない。ボーナストラックとしてライヴ音源(1曲は三人のパーカッション奏者だけの演奏(笛みたいな音も聞こえる)。もう1曲はプンティガムとDJエリック・フィッシャーのターンテーブルとのデュオで30分もある)が2曲入っていて、これもめちゃ面白い。いやー、傑作でした。タイトルになっているマンバ(マンバッシュと発音されているようだ)というのはよくわからんがいわゆるブラックマンバ(毒蛇)のことでしょうか。

「SIANKWEDE」(ATS RECORDS ATSCD−0597)
WERNER PUNTIGAM/KLAUS HOLLINETZ

 すばらしいアルバムです。先日来日したヴェルナー・プンティガムとクラウス・ホリネッツのデュオ(に有本羅人が加わったトリオ)を観にいったときに物販で購入した。ホリネッツは本番前、開演時間が来るまで延々とライヴエレクトロニクスの調整に余念がない、超真面目なひとのように見受けられたが、演奏にもそれが反映していて、爆音、轟音でない繊細な音での電子音が脈々と変化していき、共演者を刺激する。あのライヴは、客である私にとってはたいへんゴージャスな体験だった。さて、本作だが、1曲目はすべてトロンボーンによる演奏(つまりプンティガムソロ)らしいのだが、それを切り貼りして重ねているということだろうか。原田仁さんのヴォイスパフォーマンスのような、掃除機みたいな音とかいろいろな音が並べられ、重ねられ、雨後のキノコのようにむくむくとあちこちから生えてくる。最後のほうは病人が荒い呼吸をするような表現が延々と続き、聴いていると心臓がキューッとなる。すばらしいとしか言いようがない。2曲目はデュオで、さまざまな音の断片が細やかに、また大胆にぶつけられる。これはもうオーケストラといっても過言ではない。静謐から異常な昂揚まで、音楽に求められるすべてがここにある。正直、こういう演奏はいつまでも続けられるだろうし、いつまでも聴いていられる。かっこいいが押し付けがましくなく、とにかく楽しい。3曲目はクラウス・ホリネッツのソロで、聴き応えのある重厚な演奏。吹きすさぶ嵐のような凄まじい演奏で、こういうことができるひとの頭のなかは、素材をつかまえて配列して適切なボリュームでぶつけてそこから生まれるし衝突を機に新しいものを重ねて……という、交響曲を作曲する作曲家が長い時間をかけてやっていることをひとまえでその場で行っている……という状態なのだろうか。よくわからんが、溶岩のようにふつふつと煮立っていることはわかる。傑作。なお、4曲目は映像作品で2曲目のデュオのビデオだそうだが、うちのパソコンでは再生できませんでした。