hal russell

「THE FINNISH/SWISS TOUR」(ECM1455 78118−21455−2)
HAL RUSSELL NRG ENSEMBLE

 この信じられないほどすばらしいアルバムこそ、ハル・ラッセルとのファースト・コンタクトだった。あのころは、フリージャズ好きといっても、AACM以外のシカゴになんか関心なかったもんなー。このアルバムをはじめて聴いたとき、「金の鉱脈を見つけたっ」と思った。それほど、この演奏は私にとって「お宝」に感じられたのだ。これは、誰も知らない、私だけの、最高の音楽だと思った。しかし、もちろん、アルバムになっているわけだから、「誰も知らない」わけもなく、「私だけの」ものにしておけるわけもなく、すごく有名な人たちだとすぐに知ることになった。でも、「お宝」感は失せなかった。一曲目から、超アップテンポの目まぐるしい、地に足のついた、悪夢のような演奏が繰り広げられる。はじまって数秒で、胸ぐらをつかまれて、ひきずりまわされるような感じで、瞬時にしてこの音楽にひきこまれてしまう。今考えると、メンバーもすばらしく、ドラムのスティーヴ・ハントとベースのケント・ケッスラーは、のちにヴァンダーマークとのコラボレイションですっかり個人的にはおなじみになる人たちだが、このふたりがすごいのだ。そして、もうひとりのベースのブライアン・サンドストローム(ギターもすげえです)とマーズ・ウィリアムズのサックス! 私は、マルチリードであるマーズの真骨頂はアルトにあると思っているが、NRGアンサンブルではたいがいテナーとソプラノを中心に吹いているので、もしかしたら基本的にはテナープレイヤーなのかもしれない(「蜘蛛人間のダンス」という自作曲の美しいテーマをソプラノで吹いているが、それはハル・ラッセルのをその場で借りたらしい)。みんなが多楽器奏者なので、誰がどのソロをしている、とか決めがたいが(とくにトランペット)、よれよれっとした、いかにも「遊んでます」風のソプラノは御大ハル・ラッセルだろう。というか、全体に、楽器とたわむれている感があるプレイはラッセルだと思う。ハル・ラッセルは、ご存じのとおり、サックス(50歳になってからはじめたそうだが、それにしてはめちゃめちゃええ音だし、うまい)、トランペット、ビブラフォン(最高。いつまでも聴いていたい)、ドラム(はじめてプロとして演奏したのがドラムだそうだ)……とめちゃめちゃ何でもかんでも演奏するが、その全てにわたって「こどもがはじめて触った楽器で遊んでいる」感じがつきまとう。そして、彼のグループ全体にその感じは浸透し、他のメンバーは皆、それぞれの楽器のバーテュオーゾであるにもかかわらず、嬉々として楽器とたわむれているようなよろこびが伝わってきて、それがNRGアンサンブルの大きな魅力なのだ。だから、ハル・ラッセルが亡くなったあと、マーズが引き継いでからの同グループは、ちょっと聴きには同じだが、本質的なところが変わってしまった。もちろん、それはしかたないことではあるのだが。このアルバムをきっかけに、ハル・ラッセルのものはいろいろ聞いたが、どれもこれもよい。どうして、こんなすごい人を今まで見逃していたのかなあと悔やんでしまうほど。シカゴはええなあ。行きたいなあ。演奏者たちの魂の震えを体感できる傑作傑作大傑作。

「THE HAL RUSSELL STORY」(ECM1498 517 364−2)
HAL RUSSELL NRG ENSEMBLE

 タイトルからしてわかるとおり、ハル・ラッセルの一代記を演奏とナレーションでつづったアルバム。つまりは、コンセプトアルバムなのだが、これがめっちゃおもろいのだ。ハル・ラッセルという人は、とんでもない経歴の持ち主で、1926年の生まれで、10代のころにドラマーとしてプロ入りし、結婚式やダンスパーティーの伴奏をしていた。大学に入ったとき、トランペットを習得したが、その後、ドラマー兼ビブラフォン奏者として30年ほどを過ごす。50年代には、なんとマイルス・デイヴィス・クインテットのメンバーだったこともあり、コルトレーン、ロリンズ、ビリー・ホリディ、エリントン、サラ・ボーン、ベニー・グッドマン、スタン・ゲッツ、エロール・ガーナー……といった人と競演したという。61年にシカゴで最初のフリージャズバンドであるジョー・デイリー・トリオのドラマーになり、69年には自己のグループを組む。70年代後半には、NRGアンサンブルの最初の形態を組織するが、ここではじめてサックスを手にして、「なんでこれまでサックスをやってなかったんだ」と詠嘆する。よほどサックスがぴったりしたんでしょうね。以下の活躍は皆さんもご存じのとおり。白人なので、AACMとは関係のあるようなないような状態だったが、彼の影響下から出たミュージシャンたちによって、今のシカゴフリーミュージックの隆盛があるといっても過言ではない。このアルバムでは、ジーン・クルーパばりのドラムを叩いたり、歌を歌ったり、トランペットを吹いたり、スウィングをやったり、ビッグバンドに入ったり、マイルスのバース・オブ・クールに影響されたり、ジョー・デイリーのバンドに入ってフリーミュージックの洗礼を受けたり、アイラーを聴いて覚醒したり……といったハルの自分史が、音楽によってつづられていく。しかも、どれもこれも、極上のフリーミュージックなのだ。とにかく、聴いてもらうしかないが、ハル・ラッセルが生前、このアルバムを残せたことは彼にとっても、我々にとってもたいへん幸せなことだった(なにしろ、死ぬ一ヶ月まえの演奏なのだが、元気はつらつで、とても死ぬとは思えない)。なお、このアルバムでマーズ・ウィリアムズは、テナーとバスサックスを吹いている。楽しくて楽しくてしかたがない演奏のオンパレードである。

「ALBERT’S LULLABY」(SOUTHPORT S−SSD 0077)
WITH HAL RUSSELL/MICHAEL STARON/SPARROW & RICK SHANDLING

 ハル・ラッセルの遺作だそうだ。マイケル・スタローンというベーシストとの共演盤である。スタローンという人は、ハル・ラッセルが1979年に初期のフリージャズグループを組織したときに声をかけたのだが、当時のハルはライナーノートによると「ヴェリー・ディープリー・アンダーグラウンド」ミュージシャンだったそうで、レコードショップとかリハーサルタジオぐらいしか演奏場所がなかったらしい。スタローンはミュージカル「エヴィータ」の伴奏の仕事のあとに、突然、フリージャズの洗礼をうけたわけだが、それからしばらく演奏したあと、「俺は金もうけがしたかったが、ハルとのロフトでの5ドルのギグじゃあむりだったんだ」というわけで、バンドを離れる。そのあと、またハルの新グループ結成時に参加するが、その関係は、ケント・ケッスラーが参加するまで続き、その後はずっと共演しなかった。ライナーによると、ふつうのジャズを演奏したり、「コーラスライン」とか「アニー」とか「サウンド・オブ・ミュージック」とかいったミュージカルの仕事をしていたらしい。「ハルと演るのが、俺にとって、唯一のフリーをやる機会だったのさ」……というわけで、とうとう1991年にふたりは再会する。それがこのアルバムにおさめられている曲だ。基本的には、アルバート・アイラーへの献花で、「アルバーツ・ララバイ」というオリジナルのほか「ヴァイブレイションズ」や「ゴースト」といったアイラーの曲が演奏されている。ホーンはハルひとりだし、いつものNRGアンサンブルの演奏のようなユーモア感覚はほとんどなくて、非常に硬派なフリージャズになっている。しかし、堅苦しい演奏ではないし、マイケル・スタローンという人の、ハルとの再会の喜び、久々にフリージャズを演奏できる喜びが伝わっていくる(たとえば、アイラーの「ゴースト」は、スタローンのベースソロだけの演奏である)。はじめてハル・ラッセルを聴く人にはどうかと思うが、ハルのファンにとっては、貴重な演奏です。私も好きです。

「HAL’S BELLS」(ECM1484 513 781−2)
HAL RUSSELL

 ハル・ラッセルのソロアルバムということでめちゃくちゃ期待したが、たしかにいい演奏だとは思うが、どーも思っていたものとはちがう。その理由は、おそらく、オーバーダビングによって成立している音楽だからだろうと思う。ハル・ラッセルには、もっとシンプルで朴訥な感じのダビング一切なしの無伴奏ソロをやってほしかった。ただ、ダビングによるフリーインプロヴィゼイションというのも、考えてみればなかなか興味深いものがあるわけで、アルバム上ではふたりのテナー奏者がバトルしあっているように聞こえても、実際には、片方が先にひとりぶんだけ演奏して、あとでそれを聴いて、それに反応するように吹く……という作業の繰り返しなわけで、しかも、演奏しているのはどちらも自分自身である。インプロヴィゼイションのありかたとしては、かなりいびつなものであることはまちがいないが、「音楽をつくる」という点でくくれば、べつにおかしくはない。一番笑ったのは、「ケニーG」という曲が入っていることで、NRGアンサンブルで演ろうとしたら、他のメンバーがケニーGのことをきらいなので、演奏できなかった、というコメントがついていた。何考えとんねんっ。

「HAL RUSSELL NRG ENSEMBLE」(BOMBA RECORDS BOMBA22026)
HAL RUSSELL NRG ENSEMBLE

 日本盤だが原盤はネッサ。NRGアンサンブルのもっとも初期の演奏。私はヴァンダーマークやマーズ・ウィリアムズが入っているアルバムから聴き始めたので、このデビュー作はあとになってから聴いた。サックスがチャック・バデリックという、当時は知らないひとだったので、おそるおそる聴いたが、いやー、めちゃめちゃええやん。このテナーはすばらしい。ときにフリーキー、ときにモーダルという、主流派とフリーのあいだを行き来する感じで、かつ、音もいいし、アーティキュレイションもいい……となったら、なんだ、私のめっちゃ好みのタイプやん! というわけで、とても好きになってしまった。つまりは、ヴァンダーマークやマーズのようなタイプ、というわけですね。内容は、すでにのちのNRGアンサンブルにみられる、自由奔放、多楽器的、コンポジションあり、リズム強烈、即興とどめなし……というスタイルはすべてすでに本作でも(しかも完成された形として)聴かれるとおりである。なんとも痛快な音楽で、本当にすばらしい。のちのシカゴフリージャズシーンを背負って立つ連中(スティーヴ・ハントとか)がすでに参加していて、ハル・ラッセル先生と薫陶を受けている場面を思いえがくこともできる。

「GENERATION」(BOMBA RECORDS BOMBA22043)
HAL RUSSELL NRG ENSEMBLE + CHARLES TYLER

 NRGアンサンブルの2枚目でゲストにチャールズ・タイラーが参加している(1曲をのぞき全曲に参加)。これはいいなあ。一曲目、いきなりバスクラリネットっぽい柔らかな低音が延々とラインを吹き、それに管楽器が乗っかって……というモダンな曲で幕を開け、それの印象というかインパクトがかなり強い。でも、バスクラではないのだろうな。息継ぎがないので、これはサーキュラーでもちょっと無理だろう。たぶんギターか、もしくはシーケンサー的なものか。こういうエレクトロニクスのことはよくわからんけど、バスクラの音をサンプリングして、という可能性もあるかもしんないけど、録音年を考えるとどうだろう。とにかくこの曲、めっちゃかっこいいのです。そして2曲目以降も、一言で乱暴に言い切ると「コンポジションと即興の融合」というコンセプトの演奏がずらっと並ぶのだが、どの曲もすごくいい曲だし、ソリストが「テクニックがあるうえに自由奔放」という、ある意味理想的な人たちなので、聴いていて涎が垂れるほどわたしの好みです。ハル・ラッセルのすごいところは、けっこう形式でがっちり固めているのに、なぜかスカスカで好き勝手に聞こえるうえ、曲ごとにイメージを変えたり、空気を変えたりするのがうまく、まさに「バラエティ豊か」という感じで、どんだけ引きだし持っとんねん、と感動してしまう。アートアンサンブル的な多楽器主義なのだが、アートアンサンブルのように、おもちゃ箱をぶちまけたような「とっちらかり感」はなく、もう少し、曲にあわせてしっかりとそのときに使う楽器を選んでいる印象だ。しかし、ハル・ラッセルはサックスもトランペットもビブラホンも、そしてラストの曲(ドラムバトルだ)でのドラムもうまい。まさに現代のライオネル・ハンプトンってちがうか。メンバー全員がこのすばらしい音楽の創造に寄与しているが、ゲストのチャールズ・タイラーもものすごくいい。このひとは、フリージャズのサックス奏者としてはけっこう独特な立ち位置だが、基本はアルトなので個人的にはあまりおつきあい(?)はない。しかし、本作ではバリサクが中心で、このバリトンがめっちゃええんです。本人もバリサクがいちばん気に入っていたらしいが、ヴァンダーマークがバリトンを吹いたときみたいにも聞こえ、これは勝手な解釈だが、もしかするとヴァンダーマークってチャールズ・タイラーから影響受けてたりして。また、本作を聴いてしみじみ思うのは、コンポジションのかっこよさと即興とのバランスなどが、初期ヴァンダーマーク5やブロッツマンシカゴテンテットの最初の3枚組あたりに入ってる曲に似ていることで、ヴァンダーマークをはじめとする当時の若手シカゴ派へのハル・ラッセルへの影響がよくわかる。そして、本作を聴いて感じたのは、たとえ混沌とした集団即興でも、ギャオーッとサックスが吠えていようと、激しいリズムやビートを基本とした曲でも、全体に軽い。この「軽い」というのは悪い意味ではなく、ずしっ、と重く、ときにはギトギトしているブラックミュージックとしてのフリージャズに比べて、ラッセル一派のフリーは明るく、軽い。ヘヴィだが軽い。そんな表現はおかしいのだが、そんな印象なのだ。傑作と呼んでさしつかえないのではないでしょうか。

「ELIXER」(UNHEARD MUSIC SERIES UMS/ALP203CD)
HAL RUSSEL’S CHEMICAL FEAST

 79年のライヴを録音したもの。ハル・ラッセルの死後にジョン・コルベットとマーズ・ウィリアムスのプロデュースで世に出た音源ということだと思う。まだNRGアンサンブルを結成するまえで、コンセプト的にはほぼNRGと同じなので、プリNRG的なバンドといえるだろう。録音状態は、よいといえばよい、劣悪といえば劣悪だが、ソロはオンマイクで録られていて迫力は十分だし、文句を言うべきではないと思われる。サックスも、マーズとスパイダー・ミドルマンというひとのふたり(ハル・ラッセルがテナーを吹く曲を入れると3人)いて、だれがどのソロだかわからないが、1曲目の血管ぶち切れそうなえげつないテナーソロはたぶんマーズだと思う。激しい曲も、そうでない曲も、遊び心が満載で、聴いているとこちらの魂をひととき遊ばせてくれる演奏ばかりだ。それにしてもサックスのふたり(3人?)の音の鳴りは半端ない。強烈すぎて、思わず「耳」ごと持って行かれそうになる。3曲目に出てくる最初のテナーはだれだろう。この曲はハル・ラッセルもテナーを吹いているはずだが、まだ吹き始めてまもない初心者(?)のはずだから、こんなめちゃめちゃいい音のはずがない。そのつぎのソプラノもめちゃくちゃうまいけど、だれかなあ。そのつぎに出てくる、以上に下手くそなサックスがたぶんハル・ラッセルなのだろう。そういうものをリーダー自ら許容してしまうあたりが、ハル・ラッセルのハル・ラッセルたるゆえんである。とにかく、アート・アンサンブル的でもあるのだが、どこかしら明るい演奏なのである。黒人的、白人的ということではなく、個人の資質によるのだろうなー。でも、聴くものの心を遊ばせてくれるという意味では、アート・アンサンブル・オブ・シカゴやサイツなどと同じだな。とくに5曲目のようなフリーな演奏にその感触が強い。ラッセルは70年代のシカゴで、白人プレイヤーのなかで、よくこれだけ(フリージャズの)センスがよくて、楽器もうまい連中を見つけたもんだなあ。ラッセルがやったことは、今のヴァンダーマークの大活躍やブロッツマンシカゴテンテット、北欧なども含めてのフリージャズ隆盛へとつながる礎石だったと思う。もっともっと再評価されてもいいのではないでしょうか。選曲も良くて、オーネット・コールマンの曲が2曲、デイヴ・ホランドの曲が1曲、ハル・ラッセルのオリジナルが2曲、マーズ・ウィリアムズの曲が2曲とバランスがいい。マーズのコンポジションである6曲目などもすごくいい曲で、彼の作曲能力がよくわかる。それにしても英文ライナーに書いてある、マーズ・ウィリアムズは70年代半ば、コロラドでカウボーイをしていたというのはほんまか、それとも比喩か。そこで、同じような志向のサックス奏者スパイダー・ミドルマンと出会って、トランペットのヒュー・レイギンなどとバンドをはじめ、そのあとシカゴに戻るにあたって、ミドルマンを伴っており、それがそのままこのバンドのホーンセクションになったらしい。そして、ミドルマンはシカゴでの活動のあとロスに行き、2000年に亡くなったそうだ。