yuki saga

「SHADOWS」(地底RECORDS B84F)
YUKI SAGA & ANIL ERASLAN

 ヴォイス(とギター)とチェロによる即興デュオ。アニル・エラスランというチェロはベルリン在住のトルコ人チェリストだそうだが、音色を大事にしながらも、思ったことをずばりと弾く大胆さもあって、さがゆきのキラキラと輝くようなギターと相性抜群である。心をかき乱すような不穏なフレーズや弦が熱を発するようなノイジーなプレイもすべてが音楽的で美しく、また、かっこいい。たがいに前に出たり後ろで支えたり同等にぶつかり合ったり……と変幻自在で、デュオとしては理想的で聞き応えがある。さがゆきはヴォイス〜スキャットの即興が中心だが、ボーカリストとしてメロディを歌い上げる曲もあって、インプロヴァイザーとかボーカルとかいったことを越えた余裕を感じた。「我々のこの音を聞け!」的な演奏が世の中にあふれていて、そういうアーティステックな考え方も嫌いではないが、やはり私はここにあるような、聞き手を自在に遊ばせてくれるような音楽が好きである。そういう意味で、4曲目の「間」がスカスカで蜜のようにとろとろした音魂の美しさを浴びると、このふたりの音楽は、どんな音楽のファンにでも薦められると思った。なんといっても、フレーズや言葉のチョイスだけでなく、音色やボリュームの隅々にまで気持ちが行き届いているのだ。5曲目に至ってノイズ的な、やや激しい即興になり、これもいい感じなのだが、それもぐっと抑制がきいていて、一連の流れのなかに溶け込んでいる。つまり、アルバムとしての統一感も保たれている。あまり強調されてはいないが、ふたりが醸しだすリズムもすばらしい。6曲目はずっと囁くようなトークがフィーチュアされるが、なにを言っているのかわからない。しかし、推測はできる。きっと世界の秘密をしゃべっているのだ。さがゆきさんが「サンキュー!」と自然に言ってるのでてっきりベルリン録音かなにかだと思ったら日本での録音でした。録音も最高。このアルバム、売れてほしいと切実におもった。傑作。

「GRIMPOTEUTHIS」(TSRー001)
SAGA YUKI

 ヴォーカリストでありヴォイスパフォーマーでありギタリストでありその他もろもろのひとさがゆきが、9人のミュージシャンと即興パフォーマンスを行った演奏。デュオありトリオありカルテットあり……という組み合わせだが、どれもかっこいいし、楽しい。とくに引き付けられたのはワンコードでシンプルなリズムのうえでヴォーカルで即興をぶつけまくる3曲目の坂本弘道、向島ゆり子とのトリオ、チェロがさえまくっている。4曲目は大熊ワタルのアコーディオンとさがゆきのヴォイス、坂本とチェロ、そして突発的なノイズがオーケストレイションされた超かっこいい演奏。ラストの展開が燃える。5曲目はあのカン・テーファンとのデュオだが、カン・テーファンよりもさがゆきの凄みが突出している。本作の白眉かも。6曲目は坂本と千野秀一とのトリオでいちばんの長尺の演奏だが、いつまでも聴いていられる心地よさ。こういうのを「かっこいい」とゆうのだ。なにがどうなってこうなっているのかは現場にいないのでよくわからないが、とにかく3人の「人間」がその場にいてこの音楽をつむいだのだ、ということだけで満足であります。ラストの7曲目はもはやマンダの生贄にせよ、という感じの荘厳な演奏。
 さがゆきというひとはどんなスタイルの相手と組んでも結果を残すめちゃくちゃすごいヴォーカリストだと思うが、本作ではインプロヴァイザーとしての凄みがあふれている。しかし、そういうものがスタンダードその他の歌唱と密接につながっていることはもちろんである。

「中村八大楽曲集」(地底レコードB106F)
さがゆき & 八木のぶお

 すばらしかった。私にとって、さがゆきさんといえば即興ヴォイスのひと、という認識なのだが、このアルバムはさがゆきさんのもうひとつの側面であるジャズヴォーカリスト、そしてギタリストとしての魅力を押し出した作品。そこにハーピストである八木のぶおさんのハーモニカがひとつとなり、今回のテーマである「中村八大楽曲」を表現している。正直、今回は中村八大氏の曲にしぼった選曲だが、この二人のユニットなら、ほかのどんな曲を取り上げても見事に自分のものにするにちがいないと思う。おそらく、だが、ここに取り上げられた中村八大の曲はそれほどメジャーなものではないかもしれない(「夢で逢いましょう」「明日があるさ」を除くと)。「上を向いて歩こう」「こんにちは赤ちゃん」「遠くへ行きたい」「黒い花びら」「帰ろかな」「世界の国からこんにちは」「おさななじみ」「笑点」……などは取り上げられていない。しかし、この選曲がめちゃくちゃすばらしいのです。ある評には、このアルバムの収録曲はすべてが有名曲みたいに書いてあったので、私が知らない(ちょっと世代的にずれる)からしれないけど。「夢であいましょう」が「夢で逢いましょう」、「生きるものの歌」が「生きるもののうた」になっているように微妙に表記が違っているような気もするが気にすることはない。
 2曲目の「ウェディング・ドレス」は九重佑三子が歌った曲で、多くのひとに愛されている名曲。3曲目「芽生えてそして」も多くの歌手によって歌われている佳曲だそうだが、本作でのハーモニカソロのせつせつとしたフレーズ、音色、間……すべてが完璧だと思った。5曲目「風に歌おう」は水原弘がオリジナルシンガーなのかな? いきなりふたりのボーカルがハモる。ハーモニカにからむさがゆきさんの声がいかにも「即興」で、ああ、これはジャズだな、とと思う。6曲目「生きてるということは」は永六輔本人の歌唱でも知られているが、五木寛之が激賞したらしい。さがゆきさんが訥々と歌うと、歌詞の合間からなにか別の意味が感じられる……ような気がする。単音中心のハーモニカはしみじみ胸を打つ。そうなんだよなー、単音でいいんだよなー。10曲目は吉本オールスターズがCMや紅白でも歌って有名になった「明日があるさ」だが、リズムを強調した、元気の出る演奏ではなく、ここではしみじみとした演奏になっている。換骨奪胎というより、原曲をじっと見すえたうえでこういう表現を得たのだと思う。11曲目「どこかで」はデューク・エイセスだそうだが、これもはじめて聞いた。ええ曲やー。ラスト「さよならさよなら」はマイク真木作詞。最後の「さよなら……さよなら……」という箇所をふたりがユニゾンで歌うのはめちゃくちゃグッと来る。
 それにしてもハーモニカはもちろんだが、ギターがすばらしい。どの演奏も派手に大げさになることなく、心を揺さぶってくる。傑作としかいいようがない。歌詞カードがついていないのもいいなあ。ちなみに小室等さんによるライナーノートも最高でした。

「ISA STONE」(LIAO RECORDS GGG−370)
YUKI SAGA & YUMIKO MURAKAMI

 最初に書いておくがたいへんな傑作です。さがゆきと村上ユミ子によるデュオで、アムステルダムにおけるライヴ。凄まじいとしか言いようがない。たいへん重い演奏だが、この重さがなにものにも代えがたい。非常にシリアスで、聴く方としても「一音も聞き逃さない」という聞き方をするしかない。ボーカリストとして幅広い活動をしているさがゆきだが、ここではいわゆるインプロヴァイズド・ヴォイスに徹していて、一曲目はクラシック的なものからめちゃくちゃ尖った即興スキャットに至るまで技術を駆使している。そして村上ユミ子のピアノがさがゆきにぴったりと寄り添って端正と狂乱のあいだを行き来するさまは圧倒的である。海外で、ヴォイスとピアノの即興……というのはかなりプレッシャーだったのでは、と想像するが、本当に最高の内容である。2曲目は「とおりゃんせ」をモチーフにした即興で、これもおそらくアムステルダムのひとたちにも響いただろうと思われるような幻想的な演奏。3曲目はタイトルにもあるようにバップ的なスキャット技術を駆使した演奏。即興ヴォイスではこういうバップスキャットを究極までに突き詰めたような表現がなされることがあるが、ここでのさがゆきのパフォーマンスは狂気を感じさせるほどにそれを推し進めたもので、村上ユミ子のピアノの貢献もすごい。寄り添う、というより声とピアノが完全に一体化しているように感じる部分もある。4曲目は能とか謡曲のような表現がホーメイ的な声の出し方とあいまって独特の世界観になっている。ピアノの重い鉈を叩きつけるような「間」をいかしたリズムもすごい。ラストの5曲目はピアノとさがゆきのパーカッションによる繊細な表現ではじまり、どことなく懐かしいような音が積み重なっていく。おごそかで宗教的といってもいい即興で、タイトルはギリシャ神話のダフネの名があるが、この演奏は特定の「神」への捧げものではなく、たとえば大自然や大宇宙への敬意みたいなものかもしれない。
 裏ジャケットの写真では、ふたりは破顔して屈託なく笑っている。この演奏の三年後に村上ユミ子は亡くなっており、とくに神戸にゆかりのある我々にはいろいろと考えること、思い出すことは多いが、あまり感傷的になってもしかたないし、このアルバムはなんの先入観もなく聞いてもひたすらすばらしいので、機会があれば多くのひとに聴いてほしい。スペシャルサンクスにアド・ペイネンブルグの名がある。