shun sakai

「満月の夕」(RO 2003)
酒井俊

 3曲入りマキシシングル。「満月の夕」は、だれのを聴いても、ああ、いい曲だ、と思うが、やはり私にはソウルフラワーユニオンのやつが一番しっくり来る。でも、このアルバムのバージョンもいい。ほかに二曲(チャップリンの「スマイル」にべつの歌詞をつけた「風のさそいのままに」と「ゴンドラの歌」)収録されているが、タイトル曲である「満月の夕」がダントツに思いました。

「花巻農学校精神歌」(ZIPANG PRODUCTS ZIP−0052)
SHUN SAKAI & THE LONG GOODBYE

 現在はベトナム在住の酒井俊が、ジャズだけでなく、日本の童謡や歌謡曲などさまざまな素材を取り上げ、名前を見るだけで壮観な気鋭のメンバー(7年まえは気鋭だったかもしれないが今(2022年)から見ると、スタープレイヤーばかり)を集めて録音した野心的アルバム。野心的などというととんがった内容のように思うかもしれないが、実際は逆で、それぞれの素材を深く理解し、共演者とともにそれを愛おしむような楽しさにあふれる作品となっている。しかし、やはり野心的は野心的で、今聴いてもそういう瑞々しい「やる気」が伝わってくる。ベースやドラムの入っている曲が少なく、1曲目「チーク・トゥ・チーク」は土井徳浩のクラリネットとのデュオ。2曲目は太田朱美のフルート、田中信正のピアノ、熊坂路得子のアコーディオン、土井徳浩のクラリネットとのカルテットで、室内楽的でもありパリの町角的でもあり、2曲ともとにかくかわいらしく楽しい。いわゆる「ジャズ化」されていないのがいい。3曲目はタンゴ(ミロンガというのか?)で、坂本弘道のチェロ、田中信正のピアノ、北村聡のバンドネオンという編成で、語るように切々と歌い上げる演劇的な歌唱。最後は絶唱といってもいいような歌い方になる。4曲目はジョニー・ミッチェルの有名な「青春の光と影」で、ピアノと太田朱美のフルートとともにストレートに歌い上げる。伴奏もすばらしく、フルートソロは絶品。5曲目はアコーディオン、フルート、クラリネット、ピアノとともに童謡をかわいらしく。伴奏も、それぞれの楽器が溶け合うようなアレンジになっていて楽しい。6曲目は「6月の雨の日チルチルミチルは」という曲で、友部正人の有名な曲らしいが、そういうのにうといのではじめて聴いた。瀬尾高志の太いベースが絶妙で、チェロとヴィオラとともに弦楽器の織りなす美しい糸のなかをボーカルが歌詞を大切そうに歌う。それにしても悲しい歌詞でありますね。7曲目はおなじみの民謡「金毘羅船船」で、ピアノ、フルート、クラリネットとともに、かなり自由度の高いフリーなリズムでの演奏。キーも変わっていく。好き勝手なようで、じつはかなりのアクロバット。最後は激しいリフレインで終わる。8曲目は類家心平のトランペットを相方にした「アイ・ラヴ・ユー・ポーギー」で、類家のあいかわらずの微妙な音色の変化による表現がすばらしい。この曲でトランペットというとどうしてもマイルスを思い浮かべるかもしれないが、そういうことは考える必要ない演奏。9曲目は童謡メドレー(?)で、はじめてドラムが入り、ベース、ピアノのトリオによるはじけるようなリズムとフルートのかっこいいソロが印象的な「酸模の咲く頃」という曲(はじめて聴いた)から、一転してルバートによる「ブンガワンソロ」(酒井俊による歌詞がいいですね)はフルートとクラリネット、アルコベース、ピアノ、ドラム……などのからみあいが絶妙。そこからまた一転、「かんぴょう」という聴いたことないヘンテコで調子のいい曲になり、酒井俊は「かんぴょー」という言葉の響きだけでぐいぐい引っ張っていく。10曲目はバスクラリネットのソロではじまる「ロンリー・ウーマン」で、バスクラとボーカルのデュオに途中から力強いベース、ピアノ、チェロなどがからみはじめる。纐纈雅代のフリーキーなアルトソロからどしゃめしゃのフリーになり、ボーカルも朗々と声を張る。そのあと再びバラードになってエンディング。全体にオーネット・コールマンの原曲のようなふらふらした酩酊感や不安感みたいなものはなく、めちゃくちゃいいバラードでフリージャズをサンドイッチした、みたいに聞こえる。11曲目は、「森の小人」(森のこかげでどんじゃらほい……というやつ)ではじまり、パーカッション、フルート、あとはガヤというかメンバーがごちゃごちゃしゃべっている音が入っている。「お祭り」というイメージなのかもしれない。バスクラがルバートというかフリーなソロをしたあと、フルートのフレーズから突然「リボンの騎士」になる。しかも、非常にまともなアニソンとしての「リボンの騎士」で、どこからこういう発想に至ったのかはよくわからないが、なんだか面白いことは面白い。アレンジもよくて、フルートが吹くリフが耳に残る。12曲目は朗読で、酒井俊が自作と思われる詩を読み、そこにほかのメンバーが即興的にからむ。13曲目はバンド名にもなっている「ロング・グッバイ」で、これは「長いお別れ」の映画の主題歌ということでいいのでしょうか(よく知らん)。ハードボイルドな雰囲気のジャズでハードバップっぽいトランペットソロがかっこいい。ラスト14曲目はアルバムタイトルでもある「花巻農学校精神歌」で、同校に勤めていた宮沢賢治が書いた詩に川村悟郎が曲をつけたものだが、校歌にしたいと校長が申し出たのに宮沢賢治が固辞したため「精神歌」として歌い継がれたらしい。朴訥といっていいような素朴な歌い方で、トランペットソロがフィーチュアされている。なぜこの曲がラストに置かれ、アルバムタイトルにもなったのだろう。酒井俊の歌い方は歌詞がはっきり聞き取れるので、ひとことひとことを噛みしめながら聴くことができて味わいもひとしおである。傑作。