「BIRTH OF THE FOOL」(B−VOICE BVCD−0006)
A.T.M
一時、ネットでちょこっと話題になっていたので久しぶりに聴いた。このアルバムは、とにかくジャズ史に残る傑作だ、とまず最初に断言しておきたい。少なくとも私のなかのジャズ史においては、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの「フェイズ・ワン」や山下トリオの「キアズマ」、ファラオ・サンダースの「ライヴ」、ローランド・カークの諸作、近藤直司の「ライブ・アット・タルホ」、コルトレーンの「インターステラー・スペース」……などと並ぶ傑作という位置づけになっている。それって、単におまえの好みとちゃうんかい、と言うひともいるだろうが、そうです好みですそもそも傑作とか名盤とかいうのに純粋に客観的な基準があるのですかどうですか、と反論したくなるほど、私はこのアルバムが好きなのである。なにしろこの不世出の、稀代の、グレイトなテナー奏者佐藤帆については、渋さ知らズのアルバムを除くと、フルデザインの「ライヴ・アット・ストーミー・マンデイ」(これも超名盤)や「カルテット・エッジ」、不破ワークスの3枚組……ぐらいしか聴けないのである。そんななかで、本作はとにかく佐藤帆のテナーがたっぷりと、がっつりと、存分に聴ける稀有なアルバムなのだ。いやー、何度も書いたけど、私にとってはこの佐藤帆というひとはある意味理想なのです。ほんと、ホレボレする。何度か生で聴いたが、そのたびに最初から最後までひたすら聞き惚れていた。フラジオの運指とかグロウルのやり方とかリズムの表現とか……とにかくすべてが好きです。現在は諸事情で海外に住んでいるが、先日久々に来日してライヴをしたらしい。あー、行きたかったなあ。関東に住んでいないことをこんなに呪ったのも久しぶりだ。そんなに好きなら東京ぐらい聴きにいけよ、と言われるかもしれないが、なかなかそうはいかないのです。で、本作だが、一曲目は短い即興で、それをイントロがわりにして二曲目がはじまる。ヘヴィな、ドスのきいたビートで、ぎゃあああっ、という叫びとともにはじまるのは、なんとモンクの「エピストロフィー」。この曲がこんな風にヘヴィメタルのようになる、というのは驚愕だ。モンクの曲というのは、みんな、いろいろいじりたくなるようで、いろんなアレンジが試みられているが、この曲は成功した筆頭例だろう。エキゾチックなスケールでぶちかまされる過激なギター(和泉聡志さん、最高っす)がこれでもかというぐらい大フィーチュアされるが、モンクの曲に見事にはまっていて、うわーっ、すげーっすげーっと思っているとテーマになる。このテーマの吹き方がとにかくかっこよすぎるんだよなー。そのあとにテナーとギターの大暴れがあり、どんどんボルテージが増していく。ラストのフラジオからのエンディングもすばらしすぎる。この曲だけでも、本作がジャズ史に残る傑作であることはもう間違いないが、つづく「パール・フェスティバル」という曲も(なんのこっちゃわけがわからんが)めちゃくちゃ面白い。冒頭の変なヴォイスからアフロっぽいリズムになり、ギターがノリノリのソロをするのだが、リフのように挿入される変なヴォイスにすべて持っていかれる。ドラムがとにかくずっとカラフルで躍動的なビートを叩き出していて、佐藤帆の変てこなキーボードもええ感じ。とにかくドラムが活躍しまくる。そして待望のテナーソロだが、いやー、痛快痛快、そして爽快。これぞテナーサックスだよな。このフラジオ! フラジオというのは、ここぞというときにここぞという音色で出すことによって最高の効果が得られるわけだが、これこそその見本というかお手本というかそういうもんだと思う。ドラムも凄すぎる。かっこいい。そのあとはただただお祭り騒ぎになってエンディング。4曲目の「歌謡レゲエ」という曲は、演歌っぽいギターのマジでしみじみした「通りゃんせ」みたいなイントロにはじまり、そのあとレゲエのビートになるのだが、たしかに歌謡曲というかムード歌謡みたいな哀愁のテーマのあと、テナーが登場する。このソロがもう筆舌に尽くしがたいというか涙がちょちょぎれる(古い表現)というかどこを切っても金太郎飴のように私の心を掴んで放さないのだ。めちゃくちゃかっこいい! 音色とリズムと音楽性と前衛性とベタさとケレン味と歌心と……すべてが私の好みなのです。そして、ときどき発せられるフラジオの音色! ガトーかファラオか広瀬淳二か近藤直司か……そして佐藤帆かというぐらい私の好きな感じの音です。ほめすぎ? いやいや、とんでもない。こんなもんじゃとうてい足りないぐらいです。5曲目は、なんだかよくわからないメンバーの雑談がはじまり(笑っていいとも廃刊号がどうのこうのオギノ式がどうのこうのテキサスの大洪水がどうのこうの……という、まったくの雑談)、そのあとハードロックっぽいギターの大げさなリフがはじまり、期待感が高まるなか、泣き節のギターソロが繰り広げられるギターのショウケース。6曲目はドンドンドコドコというドラムの不穏なリズムに乗って、変なヴォイスとかギターのフレーズがちりばめられていくが、そのうちギターが「通りゃんせ」のフレーズを弾き出し、えっ、4曲目のあれは予言だったのか、と思ったりしながら聴いていると、どんどん不穏な感じが膨らんでいく。ドラムがハイハットで露骨な8ビートを刻み出し、テナーが短いがめちゃくちゃかっこいいフリーキーなソロをする。そこからはリズムのある集団即興みたいな自由な展開になり、エンディング。そして、7曲目は本作の白眉ともいえる「また逢う日まで」。テナーサックスによって奏でられるこのテーマのかっこよさはもう身震いするほどで、「話しーたくないー」の「しー」の部分のフラジオの濁り具合とか、もう絶妙としかいいようがない。「ふたりでドアを閉めてー」の「てー」、「ふたりで名前消してー」の「てー」……などのフラジオもかっこよすぎる。そこから自由なソロになるのだが、このテナーソロがすべての聴衆を興奮の坩堝に叩き込むのだ。いやー、この曲、何回聴いたかわからんけど、めちゃくちゃかっこよくて、エキサイティングで、しかも何度聴いても再聴に耐えるクオリティがあって……というのはなかなかないですよ。そして最後、テーマをひたすら繰り返すだけでえげつなく盛り上がるのだ。すごいすごいすごすぎる。どうでしょう、このアルバムがジャズ史に残る傑作だということを納得していただけたでしょうか。え? まだ半信半疑? ならば最後のとどめだ。ラストのボーナストラック「ラウンド・ミッドナイト」を聴け! ドラムソロから、モンクに喧嘩を売っているようで実はモンクをトリビュートしまくっているテナーとギターによるパンキッシュなテーマ。そして、なぜか至上の愛やらなんだかわからん絶叫やらが入り混じってめちゃくちゃになる。しかし、かっこいいんだよねー! どうです、このアルバムは現時点で佐藤帆のテナーを思い切り浴びることができる稀有な作品の一枚なのだ。もし、佐藤帆のテナーを聴きたかったらこのアルバム(もしくは「ライヴ・アット・ストーミー・マンデイ」か「不破ワークス」)をどこかで探し出したまえ。少なくともこの3枚に関しては、私は一枚の紙に太鼓判を100回押すでしょう。傑作。ほんまに傑作。4人対等のグループなのだろうが、一番最初に名前の出ている佐藤帆さんの項に入れておく。