「EVANESCENCE」(ARTISTSHARE 0006)
MARIA SCHNEIDER ORCHESTRA
マリア・シュナイダー・オーケストラの94年作品。このひとは作編曲に徹していて、自分でピアノを弾いたりしない。ドラムがめちゃくちゃいいと思ったらデニス・マクレル。あのベイシーにもいたひとだ。私は正直あまりベイシーには合っていないと思っていたが、周囲は絶賛だった。「ミー・アンド・ユー」以降の晩年のベイシーにはかかせないドラマーだったことはまちがいない。ヴァンガード・オーケストラにも在籍していたそうで、オールドスタイルもモダンなスタイルもビッグバンドもコンボも叩けるひとなのだ。シュナイダーの作・編曲はいまさら言うまでもないが、ジャズのツボを心得たもので、私にはサド・メルやギル・エヴァンスや敏子の伝統を踏まえたうえで、そこにさまざまな今の音楽の考え方を流し込んでいるように聞こえる。ドラムのレガートのスウィングやウッドベースのオスティナートをちょっと聴くだけで「伝統」を感じる。それをぶち壊そうとかめちゃくちゃやってやろうというフリージャズ的な考えはここにはない。とにかく聴きやすい。それはいいことなのかどうか、と言われたら、もちろんいいことに決まっている。しかし、すばらしいエンターテインメントがそうであるように、このビッグバンドもジャズのニューオリンズ以来の伝統と現代のさまざまな音楽の成果、アイデアが持ち込まれていて、それをこんな風にだれでも楽しめるように昇華しているのはとんでもない才能である。ソロイストは多くのビッグバンドがそうであるようにテナーが主体で(本作ではリッチー・ペリーとリック・マルギーツァ)、トランペット、トロンボーンにも1、2人ソロイストがいて(めちゃくちゃすごい)、アンサンブルとの対比で演奏が進んでいく……というのはまさにオールドスタイルのビッグバンドジャズだ。1曲が長く、山あり谷ありというか、モチーフもひとつ、ふたつではなく、さまざまなドラマが展開するような構造になっていて、しかもその要所にソロイストがばりばり吹いて盛り上げ、緊張感を持続する……という展開の曲が多いのはまさに現代のビッグバンドジャズのお手本だと思う。こういう演奏は、かなり深い構造になっているので、なんど聴いても新しい発見があるような、美味しさが底の底まで詰まった感じになっていて、そのあたりもすごいと思う。昔のような、リフ書いて、それを適当にハモらして、あとはソロイストに任せる、みたいなことは(もちろん)ないのである。だが、こういうあらゆる箇所に行き届いた、リスナーを満足させまくるようなビッグバンドジャズについては、もうちょっとめちゃくちゃなところやラフなところがあってもいいのになあ……と思わぬでもないが、それはないものねだりである。まあ、正直いって、全曲かっこよくて、核になるアイデアがちゃんとあって、それを音楽的に発展させて、凄いソロイストを組み合わせて……とどの曲も盛りだくさんで感動しまくる。たとえば3曲目はブルースだが、一筋縄ではいかない。4曲目もテナーをフィーチュアしたバラードだが徹頭徹尾不穏な雰囲気がつきまとい、ソロイストもそれをキープする。コンボ的な緊密なコラボレーションと、ズドン! とくるビッグバンドの醍醐味の両方が交互(?)に来るのもすばらしい。8曲目のギターをフィーチュアした部分が気負うことなく、同時にダレることなく進行していき、そこにホーンがかぶさってくるときのかっこよさは筆舌に尽くしがたい。正直、全編「聞きどころ」にあふれていて、少しぐらいしょうもない曲があったほうが、ええ曲がひきたつのに……とないものねだりをしたくなるほど、全曲傑作である。ソロイストも全員すごくて鳥肌が立つ。傑作!
「CONCERT IN THE GARDEN」(ARTISTSHARE 0115)
MARIA SCHNEIDER ORCHESTRA
このアルバムはほんとにすばらしい。痒いところに手が届くというか、どこを切っても完璧に細部までコントロールされた美味しい「音」があふれ出てきて、何度も何度も聴き返さずにはいられない。傑作です。2004年、2001年、2003年の演奏で構成されている。
1曲目はゲイリー・ヴァーセイス(と読むのか?)というひとのアコーディオンとルシアナ・スーザ(と読むのか?)のヴォイスを大きくフィーチュアした静謐な演奏で、こういう小編成での繊細さとビッグバンドのゴージャスな音作りが同時に感じられるというのはすばらしい。次第に音が分厚くなっていき、躍動感あふれるドラムとともに上り詰めていく過程は至福と言っていい。ベン・モンダーの単音ソロ、ピアノとアコーディオンとベースがからみあう展開など聴きどころ満載である(それを推進していくドラムも超重要な役割を果たしている)。
2曲目は「スリー・ロマンス」という組曲で、3パートに分かれている。1曲目はシャンソンのようなヴォーカルのフィーチュアした演奏ではじまり、その声がバックに溶け込んでいき、まるでミュゼットというかパリの街角のような雰囲気になる(つたない表現ですいません)。リッチー・ペリーのテナーソロも音色もノリもいかにも軽く、完璧にこの曲の目指すところを表現している。この「軽さ」はテナー奏者としてはすごく難しいと思う。わざとやるとあざとくなるからなあ。フランク・キンブロウのピアノがそれを受け継ぎ、同じ雰囲気を保ちながら盛り上がっていきながらアンサンブルにバトンを渡すところなどめちゃくちゃかっこいい。ふたたびペリーのテナーソロが登場し、エンディングを決める。組曲2曲目は、どこの国のなんという音楽かわからないけど、とにかく切実で哀愁の、心にキリキリと染みわたるメロディを見事にオーケストレイションしている。おそらく我々が観たことのない映画のテーマなのだ、といっても信じてしまうかもしれない。水蒸気が四方を覆っているようなおぼろな曲調のなかでフリューゲルとソプラノがなにかを語っているように歌い上げる。即興とアンサンブルが完全に融合した絶妙の演奏で、一音たりとも聞き逃せない、と思わせるし、とにかく何度も何度も聴き返したくなる。とんちんかんな感想かもしれないが、この曲を聴くたびに、スメタナの「モルダウ」を連想する。それだけ力強い、深いパッションがあると思う。組曲3曲目はピアノソロからはじまり、それに導かれて哀切極まりない大河のような表現が繰り広げられる。しかし、その哀切は露骨なものではなく、ぐっと抑制されており、だからこそ胸を打つのだろうと思う。キラキラときらめくピアノがアンサンブルと一体となって奏でられたあと、ラリー・ファレルのトロンボーンがフィーチュアされる。アンサンブルでは、おそらくジョージ・フィンと思われるコントラバス・トロンボーンの深い音色も効果的であり、トランペットの高音との対比もかっこいい。
ラスト5曲目は18分を越える大作で、パーカッション群(カホーン?)によるリズムを提示する冒頭に、室内楽的なアンサンブルによってノリのいいテーマが乗る。めちゃくちゃかっこいいです。このあたりはただただ聴いているだけで満足するのだが、哀愁極まりないフルートがせつせつとメロを吹くパートのすばらしさは、まるで水墨画を見ているようだ。そこに、コントラバストロンボーンの低音などをバックに、ダニー・マッキャスリンのテナーソロがはじまる。高音部から低音部まで柔らかな音色で徹底的に統一し、凄まじいフレーズを吹きまくるのは相変わらずではあるが、こうして最高のアンサンブルを従えての演奏はいっそうそのすばらしさが強調される。過激なアンサンブルとともに吹きまくるその嵐のようなブロウは本作の白眉のひとつだろう。いやー、超かっこいいです! そのあと激しいアンサンブルパートのあと、グレッグ・ギスバートのフリューゲルがフィーチュアされる。なめらかでノリがよく、ひたすら聞き惚れてしまう。いやー、上手すぎるでしょう。この曲、タイトルはルンバとなっているが、どこがルンバなのかよくわからん。すごい、ということはよくわかる。
一応、1曲目、2曲目(3パート)、3曲目という構成だが、全部をひっくるめてひとつの壮大な組曲と考えることもできると思う。これだけすごいメンバーを集めながら、ソロイストは限られており、普通ビッグバンドでフィーチュアされる管楽器奏者もあまり出番がない。いわゆる「ジャズ」とは異なるテーマをメインにすえ(おそらくそれがシュナイダーの「通常」というかルーツ)、それを徹底的にジャズの手法で最高にクリエイティヴな状態に作り上げたこの演奏は、オールタイムベストだと思います。傑作!
「ALLEGRESSE」(ARTISTSHARE 0005)
MARIA SCHNEIDER
マリア・シュナイダーの魔術に魅せられる。こういうアルバムをまえにすると、編曲というものの凄さに声も出ないほど圧倒される。もちろん楽しい作品でもあるのだが、このすごいソロイストたちを的確に配置し、それぞれの個性丸出しのソロを完全に自分の作品のなかに溶け込ませ、全体をテーマ→ソロ回しとバッキング→アンサンブル→テーマ……的なジャズのルーティーンから解き放った「音楽」として提示する、というのはおそらくとんでもない力量なのだと思う。世界中のジャズアレンジャーがこのひとのアレンジを手本にしているのもわかる。そして、パッと聴いた感じでは、ただただひたすら楽しく、かっこよく、盛り上がるジャズオーケストラなのだ。そこにいささかの無理もない(ように聞こえる)のが、また「すごいよね……」と思うところであります。一曲のなかにさまざまな場面があって、それがつぎつぎと展開していき、場面場面でソロイストも変わってどんどん新しいものが押し寄せてくるので組曲を聴いたような気分になる点もほかの作品と同じである。もちろんフツーのビッグバンドジャズとしても聴くことができ、リック・マルギーツァやリッチ・ペリー、スコット・ロビンソン、ベン・モンダーなんかがソロイストとして登場……となったらだれでも聴きたくなるのでは。2曲目の「ノクターン」という曲の美しさは筆舌に尽くしがたい。ピアノがフィーチュアされているのだが、弾きまくらず、必要最低限の音数で心に染みる。甘美というより荘厳な宗教歌のような部分もあり、「和」のテイストも感じられたりして。3曲目はタイトル曲で、柔らかで茫洋としたリフがずっと続くが、フリューゲルとミュートトランペットのイマジネーション豊かなソロとリッチ・ペリーのスタイリッシュで軽々とドライヴするソロ、そして全体がひとつの生き物のように呼吸を合わせている感じのアンサンブルがなんとも快感です。4曲目は20分を越える大作で、フルートやソプラノが感動的に美しいイントロの管楽器アンサンブルに導かれ、次第にテンションが高まっていく。刺激的で見事なパーカッションのうえにつぎつぎとパートが積み上げられていき、気が付いたときには全体が爆発している。激情的なソプラノソロのあとの展開ははっきり言ってすごすぎる。どんどん場面が変わっていき、荘厳なパートやシンプルなパートがからくり仕掛けのようにつぎつぎ出現し、クラシックの交響組曲などを聴いているような気分になるが、やはりこれはジャズだ。まあ、そんな区別からはいちばん遠い音楽のような気もするが。この曲全体を通してソプラノが大きな役割を担っている。テーマをずっと歌い続ける吟遊詩人のようにも思えてくる。5曲目は明るいアルトソロをフィーチュアした正攻法のビッグバンドジャズだが、パーカッションとベースラインがなんとも心地よい。ギターソロも、最初はパーカッションとベースだけを従えて淡々と奏でられるが、そこにピアノやドラムが加わり、管楽器が入り……という王道の展開。最後まで息を吐かせないアイデアの奔流。ラストはバラードで、フィーチュアされるスコット・ロビンソンのバリトンの音色やフレージング、アーティキュレイションなどを含めた表現力の豊富さ、深さに圧倒される。名演としか言いようがないすばらしい演奏。いやー、このアルバムも傑作でありますね。何度も聞けば聞くほどよさがわかってくるような凄みを感じる作品。