mathew shipp

「MAGNETISM」(BLEU REGARD CT1957)
MATTHEW SHIPP

 マシュー・シップのリーダー作ではあるのだが、マシュー・シップのピアノ、ロブ・ブラウンのアルト、ウィリアム・パーカーのベース……この3人のトリオによる演奏が11テイク、ブラウンとパーカーのデュオが1テイク、そして、それぞれのソロが8テイク入っている。合計20ピースによる組曲(?)のような作品で、もちろんリーダーであるシップが入っていない演奏もかなり入っており、シップは全体を統括する音楽的リーダーということか。何度も書いているとおり、私はアルトにはほとんど興味はなく、現代のアルト吹きのごく一部を除き、あまり聴くことはない。その例外的存在のひとりがこのロブ・ブラウンであって、ウィリアム・パーカーの「イン・オーダー・トゥ・サバイバー」などでその凄さを何度も味わっているからこそ、本作を買ったわけだが、いやー、かっこええわー。買ってよかった。一曲目の冒頭の、ブレスの音をまじえたアルトの響きからして、かっこええ! やはりただものではないですなあ、ロブ・ブラウン。しかも、フルートもめちゃうまくて、オーバートーンやハーモニクスなど技術の限りを尽くす。フルートソロだけのテイクも何曲も入っているが、なるほどアルトもフルートもほぼ同等に武器としているのだなあ。パーカーのアルコもさえ渡り、演奏も一曲ごとにバラエティに富み、あっというまに20曲を聴き終えてしまった。最近、このレーベルのものを4作、立て続けに聴く機会にめぐまれたが、どれも良かったなあ(チャールズ・タイラーのものだけはだいぶ前に買ったやつだが、ほかはまとめて買ったのだ)。リーダーも中身もバラバラだけど、なんとなくレーベルとしての統一感を感じる。

「SAMA LIVE IN MOSCOW」(SOLYD RECORDS SLR0408)
MATTHEW SHIPP SABIR MATEEN

 これは宝物のようなアルバムです。最初、ブルースではじまるのだが、すぐにめちゃくちゃになる。しかし……このアルバムはすばらしい! デュオというのは私の一番好きなジャズの形態かもしれない(ほんとうはサックスソロが一番すきだが、あれは「ジャズ」というのとはちがう、なにか別物のような気がする。このあたりのことはきりがないのでここでは置いておく)。そして、マシュー・シップはデュオの相手から最高の演奏を引き出す天才である。デヴィッド・ウァア、イーヴォ・ペレルマン、エヴァン・パーカー……さまざまなミュージシャンがシップとのデュオを希望する。そして、本作の相手であるサビア・マティーンもめちゃくちゃすごい演奏を展開している。ウィリアム・パーカーやハミッド・ドレイクとのアルバムその他でおなじみのマティーンも、いつものごつごつした無骨な音、フレージングはいささかも変わりはないのだが、その最上級のものが引き出されているような気がする。SAMAというのはこのデュオのバンド名(?)のようだが、ほかにもアルバムがあるのかなあ。リンクのメタルの音がサビア・マティーンの音楽性とぴったりである。いや、ほんと……「なんじゃこりゃあ!」と叫びたくなるような、アフロアメリカンジャズの最高の結晶だと思う。マティーンの、一音一音をしっかりと発音するようなテナーの醍醐味が、デュオということでいっそうはっきりと伝わってくる。サブトーンからフリークトーンまでどれも美味しい。美味しすぎる。5曲目(21分30秒もある長尺の演奏)でのクラリネットも表現力抜群でかっこいい!(この曲はテナーも吹いている) 歌心もノイズも破壊力も、どれもすごい。マティーンのことばかり書いてしまったが、もちろんシップもいつもどおり最高すぎるぐらい最高で、ほんと最高のデュオアルバムなのだ。モスクワのライヴというのも意味深い気がする。最後にアンコールがあって、これもすごい演奏なのだが、それが終わってもまだアンコールの拍手がおさまらない、というのがこのふたりの演奏がいかにウケたかということを示している。いやー、これを目のまえで聞いたら、そりゃあコーフンしますよ。大傑作だと思います。最高!

「OUR LADY OF THE FLOWERS」(ROGUE ART ROG−0057)
MATTHEW SHIPP QUARTET DECLARED ENEMY

 サックスにサビア・マティーンを擁したマシュー・シップのカルテット。シップの場合、サックスがロブ・ブラウンだと(すばらしいサックス奏者だが)アルトだからというしょうもない理由でパスしてしまうが、サビア・マティーンだと聴いてしまうなあ。ベースはウィリアム・パーカーでドラムはジェラルド・クリーヴァーという最強のメンバーなので、しょうもない演奏をするわけがないが、ここまで最高だと言うことないなあ。とにかくすばらしいのでみんな聴いてほしい。サビア・マティーンというひとは(皆さんご存知のとおり)けっこう渋くて地味でいぶし銀的プレイヤーのようだが、じつはそんなことはなく、ゴリゴリ吹きまくり、スクリームしまくるテナー吹きなのだ。しかし、いくらゴリゴリ吹いても、なんきなく渋い感じが消えない、というのもサビア・マティーンのいいところだ(個人的には、山下トリオ時代の武田和命さんのフリー系の演奏を連想する。あれも、黒く、重く、粘っこいテナーだった)。しかし、本作ではマシュー・シップがあおりまくっているので、凄いことになっている。しかし、マシュー・シップはとくにテナー奏者と組んだときに、えげつない演奏を展開するという気がするのは私だけだろうか。デヴィッド・ウェア、イーヴォ・ペレルマン、エヴァン・パーカー、そしてサビア・マティーン……。テナーが吹いていても、自分のソロみたいな感じで弾きまくり、弾きたおす。凡百の奏者なら吹けなくなってしまうだろう。ここに収められた9曲の演奏は、全曲マシュー・シップの作曲ということになっているが、シップ主導による即興の産物のような気がする。激しい集団即興的な1曲目のラストは突然、ドラムソロの途中で途切れる。2曲目はピアノとクラリネットによる夢のようなデュオ。3曲目はバラードで、これも過激だがたゆたうような雰囲気を貫く美し過ぎる演奏。マティーンは最初休んでいて、半分ぐらいからテナーで登場。サブトーンからリードの軋む高音まで使った演奏でばっちり。ラスト近くのウィリアム・パーカーのベースもすばらしい(これ、譜面があるのかなあ……)。4曲目はパーカーのアルコベースとテナーのからみではじまる。ピアノとドラムが激しいリズムを叩き出し、テナーがひたすら咆哮してパワーミュージックになっていく……のだが、間一髪な感じで(ピアノによって)美しい枠が保たれているような演奏。凄まじいのひと言。しかも美しい。最後のドラムソロからベースとのデュオ→ベースソロになる流れもかっこよすぎる。5曲目は、間の多い、力強いピチカートベースのソロ演奏。6曲目はピアノとドラムのデュオ。疾走感もあるのだが、重く、粘っこく、黒々とした空気が漂う。7曲目はタイトル曲で、カルテットによる演奏。マティーンはクラリネット。がっつり系の即興のぶつかり合いで、しかもめちゃくちゃ丁寧で、ただただ興奮して聞き入るばかり。8曲目もカルテットによる骨太の即興。マティーンはテナー。ときどきメロディックなラインも吹いていて、全体に非常に「ジャズ」的な演奏に聞こえる。ラストの9曲目は、ピアノトリオによるイントロ的な部分から、テナーが入ってがらりと雰囲気が変わる構成が刺激的な曲。パワフルなフリージャズ的展開から、最後はピアノ主体の不気味な演奏になり、唐突に終了する。一筋縄ではいかないシップの音楽。どこまでコントロールしているのか、どこまでその場の適当なものなのかさえよくわからないが、全体を色濃くシップの色に染め上げている。傑作。