「CHALLENGE」(DISQUES FUTURA ET MARGE MARGE47)
HAL SINGER FEATURING DAVID MURRAY
今年91歳のハル・シンガー。かつてはエリントン楽団にも在籍したが、最も知られているのはホンカーとしてであって、テナーブロワー系のアンソロジーなどでも常連の大御所。私もたしか20年ぐらいまえに出たバトルのアルバムを持っているはずだが、その頃でも「まだやっとるんや」と思ったことを思い出す。それがまさかいまだ御存命で、なおかつ現役だったとは。しかも、デヴィッド・マレイと共演するとは。メンバー的には全員マレイ寄りで、ドラムはハミッド・ドレイクでこれまた驚く。とにかく何重にもびっくりしまくって思わず買ってしまった。さすがに音はかなりしょぼくなり、往年のゴリゴリしたパワースタイルというわけにはいかないが、ちゃんとしていて、そのうえ曲もオリジナルを何曲も提供し、そのうちの一曲は「ハミッズ・タイム」だからすごい。そして、フィーチュアリングのバラードもあって、それはさすがにうまくて人生の哀歓というか奥深さが切々と伝わってくる。それに一番驚くのは、マレイたちがハル・シンガーに合わせようとしていないことで、曲も演奏もいつものマレイでありハミッド・ドレイクなのだ。フリーでゴリゴリの演奏を繰り広げているのにもかかわらず、全曲ハル・シンガーが参加し、そういった若い(といってもかなりの年だが)連中の暴れっぷりにすーっと溶け込んでいる。そこのところが本作最大の肝であって、ジャズの継承というものを感じるし、90になってもこうやって吹けるんだという元気をもらえる。ハル・シンガーも精一杯フリーキーな演奏をしていて、それがまたドキュメントとしてすばらしい。くり返すが、90でっせ。フレッド・アンダーソンに匹敵する自由な演奏。しかし、ここまで来るとスウィングもバップもホンカーもフリーも関係ありませんなあ。ソロとしてはバラードの「アイ・ソウト・アバウト・ユー」と自作の「ドリームズ・オブ・ドリーム」が快調だが、そんな風に個別にみてもしかたないほど、その存在感は抜群である。タイトルどおり、まさしく「チャレンジ」。しみじみ、買ってよかった。
「MILT & HAL」(BLACK & BLUE CDSOL−46067)
HAL SINGER
タイトルは「ミルト・アンド・ハル」だし、明らかにミルト・バックナーに主導権がある内容なのに、レコードの裏ジャケにはハル・シンガーの名前しか書いていないので、一応ハル・シンガーの項に入れておく。ハル・シンガーといえば、今なんと99歳。アル・シアーズとハロルド・アシュビー、そしてこのハル・シンガーはデューク・エリントン・オーケストラにおけるブロウテナーの3羽ガラスだと(私は勝手に)思っているのだが(ベン・ウエブスターは偉すぎる(?)ので別として)、あんまりそういうことを言ってるひとはいないようだ(ジミー・フォレストもいるけど、フォレストはブロウテナーとかホンカーという言葉ではくくれないモダニストである)。ポール・ゴンザルベスとかは全然ホンカーとかそういうタイプではないのである。というわけで、ハル・シンガーだが、ワイノニー・ハリスとやってるし、あの「コーンブレッド」のひとでもあるし(私が学生のころ、サヴォイの「ハッ来るバック・ラインズ・オン・ヒズ・バック」というアンソロジーの日本盤が出て、そこに入っていたのだ)。ブラウニ・ーマギーやエスター・フィリップス、リトル・ウィリー・ジョン、ビル・ドゲット、アール・キング、ミッキー・ベイカー、ロニー・ジョンソン、Tボーン・ウォーカー、エディ・クリーンヘッド・ヴィンソン、マヌ・ディヴァンゴ(!)、チャンピオン・ジャック・デュプリー……らとも共演している筋金入りのブルーズミュージシャンでもあるのだが、そういう経歴から連想されるような演奏者(つまりホンカー)ではなく、ここで聴かれるようにどちらかというとジャズ寄りのひとである。あまりギトギトとしておらず、音もちゃんと(?)していて、「いなたいジャズ」ぐらいの感じか。なんとデヴィッド・マレイとも共演したアルバムを残していて、けっこう仰天した(持っていたことも忘れてました!)。まあ、そうしたテナー奏者であるハル・シンガーとオルガンの相性はもちろん抜群である。1曲目は「ミルト・アンド・ハル」というアルバムタイトル曲だが、一瞬で書いた循環曲であることはまちがいなく、ひたすら全員でソロを回す。こういうぐだぐだしたノリも好きです。先発ソロのバックナーのオルガンがアホほど盛り上げたあと、トランペットのジョニー・レットマンというひとがめちゃくちゃいいソロをする。ロイ・エルドリッジっぽいけど、高音を駆使した力強いソロ。そして、なんだなんだこの無骨に歌い上げるギターは……と思ったら、タイニー・グライムズ大先生でした。最後にハル・シンガーが出てくるのだが、さすがの貫禄である。イリノイ・ジャケー的なサビの処理なども含めて、このあたりのテナーマンたちはおたがいにアイデアを交換しあっていたのだろうなと思う。2曲目はスローブルーズで、サブトーンを駆使しまくったハル・シンガーの本領発揮の最高の演奏。でも、シンガーの音はけっこうストレートで、フレーズも案外あっさりしていてモダンというかクールなので、脂でギトギト、コテコテ……みたいなにはならないのだが、そこがいいですね。その分、バックナーのオルガンソロはギトギトであります。3曲目はバラードで、「ゴースト・オブ・ア・チャンス」。うってかわって、オルガンはまるで賛美歌のような神々しさがあり、ハル・シンガーのテナーも、このころのテナーマンの身に着けるべきすべての表現力を駆使してこのバラードを吹く。オルガンも教会で聴いているような荘厳な感じも若干感じられないでしょうか。歌心あふれるカデンツァもかっこいい。4曲目は歌ものだが、ハル・シンガーのソロはタイニー・グライムズの雄弁なギターとからみつつ、まるでジャンプブルーズのような演奏。続くレットマンのミュートトランペットはやはりロイ・エルドリッジ的だが力のこもった、ええ感じのソロ(ラストテーマはオープン)。タイニー・グライムズも野太くドライヴする演奏。ラストはバックナーで、トリッキーでファンキーで豪快極まりないオルガンソロ……つまり、いつものやつ。最後は全員で同時に弾きまくり、吹きまくる。5曲目はサブトーンを使ったバラード。高音部での意識的な軽くて細いクールな音色の部分が印象的。6曲目はマイナーブルーズ。ハル・シンガーのソロは堂々たる演奏で、本作中の白眉ではないか。聴いたらすぐにだれだかわかるグライムズの4弦ギターソロを経て、レットマンのグロウルしまくるエキサイティングな、それでいてがさつにならないすばらしいトランペットソロがフィーチュアされる。このひとは完全に本作の第二の主役である。7曲目以降はCD化にあたって収録された追加曲で、7曲目は1曲目の別テイク。全員、本テイクに迫るような快調なソロの連続で、とくにハル・シンガーのソロは見事。8曲目は何テイクか録音されたが結局収録されなかったドラムとバックナーのオルガンのデュオによるスタンダードでバックナーの豪快ひと筋な演奏が存分に味わえる。ソロ中「もろびとこぞりて」が引用されたりして楽しい。9曲目もバックナーとドラムのデュオでオルガンのサウンドがなんだか宇宙的というか、ぶっ飛んでいる(録音のせい?)。ちょっと低音が不足なのでベースが入っていたらもっといい感じになったかも。ラスト10曲目は4曲目の別テイクだが、ハル・シンガーのソロはかなりモダンで、ブロウテナーの教科書的なフレーズや引用フレーズなどに加えて相当メカニカルなフレージングも使っていて、フレーズ的にはジミー・フォレストを聴くような思いである。その分、トランペットのレットマンのオールドスタイルぶりが際立ち、いいバランスである(4曲目はミュートソロだったが、ここではオープン)。最後のアンサンブルの盛り上げも、じつに「昔ながら」な感じで楽しい。
ハル・シンガーはブラック・アンド・ブルーではアル・グレイのアルバムにも入っており、当時はヨーロッパの聴衆にも名前が通っていたのではないかと推察される。