hideki tachibana

「LEBENSLAUFS」(STUDIO WEE/NOKTO SWN407)
AAS

 めちゃめちゃいい。めちゃめちゃ好き。もしこのアルバムが発売されたとき、私がジャズ界でなんらかの発言できる立場にあったら(そんなことありえないけど)、この作品を年間ベストに選んでいたにちがいない。それぐらいすばらしい。作曲よく、リズムよく、個々のソロよく……もう、私の好みにどんぴしゃりである。もともとは、ドラムの磯部さんが参加しているということで購入したのだが、アルトの立花秀輝というひと、すばらしいですね。私が20数年前、アルトを吹いていたころ、とにかく必死で練習し、なんとか自分の思うような演奏をしようと夢を見ていたが、そのころ頭に思い描いていた音というのは、たぶんこういう感じなのだ。こういう風にアルトを吹きたかったのだ。その後4年間アルトと格闘して、あきらめた私はテナーにチェンジし、アルトは売っぱらってしまって現在にいたるが、このひとを聴くと、しみじみ、ああ、ええなあ……と思う。音楽をアルトだテナーだと楽器で区別するのはとんでもないことではあるが、私はどうしてもテナー中心に音楽を聴いてしまう。テナーの入っていない音楽はほとんど聴かない。だが、このひとは完全に私の琴線をヒットしたと思う。ほんと、このアルバム、何べん聴いたかなあ。ここまでアルトに関して私の好みにずどーんと来るひとはいないです。アルトを吹いていたころの私のアイドルはドルフィー、坂田さん、梅津さん……などなどだったわけだが、もしあのころ、こういうひとがいたら完全に私淑していただろうと思う。じつは何回かライヴで聴いているのだが、大編成だったり、アンサンブルだったりして、こういった感じの演奏には接していない。いずれこういうバンドでたっぷりとソロを浴びたいと思っています。

「13」(STUDIO WEE)
AAS

「LEBENSLAUF」販促用おまけCD−R。アルトの高音部を使った独特のテーマのあと、いわゆるフリージャズ的な演奏が続く。この「フリージャズ的」という言葉はおそらく現代ではいいようにも悪いようにも使われると思うが、私が言うからには「いい」に決まっている。全員すばらしい。全身全霊を込めた即興が延々続くが、とくにピアノは壮絶である。なんで収録されなかったのかなあ。たぶん尺の問題だと思う(17分45秒もある)。内容的には最高のトラックであります。後半のサックスソロはソノリティ的にもリズム的にもめちゃくちゃ面白い! 徹頭徹尾、モンク的というのか諧謔心が貫かれた演奏で、最後の最後にあるブレイクとかもかっこいいです。

「〇」(SINCERELY MUSIC SINM−005)
立花秀輝・不破大輔

 タイトルは「〇」、つまり「マル」と読むらしい。立花さんはアルトのみ、不破さんもベースのみによるデュオ。すばらしいコンポジション(ほんま、ええ曲ばっか)があり、そこにふたりのソロが続くわけだが、たったふたりなのでたがいに徹底的に、延々と自分を出せる。ということは、ダレたり、ネタがつきたり、なれあいになったりする瞬間がたくさんあってもいいはずだが、そんなことは(たぶん)一瞬もない。といって、ずーっと高いテンションが維持されて聴いていてへとへと、ということもなく、いやまったく、本当に、「ちょうど良い感じ」が全編続くのだ。深いからみあい、距離感のあるからみあい、伴奏とソロ、その逆……いろんな要素がエンターテインメントとして昇華し、この一枚になった。おたがいの無伴奏ソロの部分も、ふたりのリアルな実力がもろに出ていて聴き応え十分。ちょっとした音色の変化やリズムの変化で局面を変えていくあたりは鳥肌もの。傑作。これはマジ傑作。みんな聴いて! なお、内ジャケットのコメントは私が書いております。

「UNLIMITED STANDARD」(STUDIO WEE/NOKTO SWN503)
TACHIBANA HIDEKI QUARTET

 先日、日本ジャズ史に残る(と私が勝手に思っている)不破大輔とのデュオ「マル」を発表したばかりの立花秀輝が、またまたすごいのを出したというのでさっそく買いに行った。タワーレコードの店頭でかなりプッシュされていて、どーんと面出しにしてあった。スタンダード集ということでかなり驚いた。ふつーのひとじゃないですからね。AAS、渋さ、SXQ、マル……そのひとがスタンダードですからね。しかもリズムセクションは板橋文夫、池田芳夫、小山彰太という、立花さんより二世代ぐらいうえの豪腕ばかり。マジかよ。でも、これ、うまくいけばうまくいくけどうまくいかんときはうまくいかんで(あたりまえ)と、大きなお世話的な心配をしながら聴いたが、もちろんそんな心配はまったく馬鹿げたことであって、めちゃめちゃよかった。1曲目の「オール・オブ・ミー」の冒頭から、おなじみのテーマをへしゃげさせたような演奏と、その雰囲気を保った4者によるフリーな感じのアドリブに突入するのだが、基本的には「オール・オブ・ミー」のコード進行はどこかにちゃんとキープされている。それが崩壊しても、全体としては「オール・オブ・ミー」を聴いた、という感覚はちゃんとある。そうでないと、テーマをやったらあとは全部一緒ということになりかねないが、フリーなやりかたでスタンダードをやる場合、テーマの空気感みたいなものが(やる側も聴く側も)頭のすみっこに残っていることが多いし、逆にいうと、それさえ残っていればあとはなにをやってもいい、ということだ。このアルバムで演奏されているスタンダードは、どれもそのあたりの綱渡りが見事に行われていて、リズムセクションは百戦錬磨だから当然としても、立花さんもそのへんの「行け殺し」は自在だ。4人が4人とも、大迫力で気合いが入りまくっているだけでなく、隅々まで気を配った演奏で、これがライヴというのも驚く。バラードも含め、どの曲も一聴、原曲を壊しているようだが、じつは軽くいじっているすぎない。本作の本質はそのあと(のインプロヴィゼイション)にあると思う。原曲のもつ空気感を壊さず、しかも好き放題に4人でやりたおして、これが「オール・オブ・ミー」ですよ、これが「サムデイ・マイ・プリンス……」ですよ、と言い切れるような離れ業を行っている(「オール・ザ・シングス・ユー・アー」は最後の最後にテーマが出てくる構成のようだが立花さんによると最初のゆったりした部分はバースらしい)。だからこそ(だと思うのだが)唯一のオリジナル曲(6曲目)が際立つ。この6曲目は、まさに本領発揮の大爆発で興奮また興奮の凄まじい演奏なのだが、だからといって、じつはこの曲にこそ本音がある、とか、これがじつは一番やりたいことなのだ、などといううがった見方はたぶん誤解だと思う。本作はあくまでスタンダードへの立花秀輝流のチャレンジであり、それは見事に成功しています。少なくとも、私は「ラッシュ・ライフ」を聴いていて目頭が熱くなりました。本作の成功の原因は、リーダーの技術・音楽感などは当然として、まずトリオの人選、選曲、そしてなによりリーダーの異常なまでの気迫がメンバーや客にも伝わったことではないか。立花さんはどんなに狂ったようにブロウしても、凛として崩れないからいいなあ。

「SONG 4 BEAST」(STUDIO WEE SW506)
AAS

 不動のメンバーによるAASの新作。ぜったい面白いだろうと思って聴いたのだが、こちらの予想よりもまだ上を行く傑作だったとは。とにかく、無伴奏アルトソロではじまる一曲目の冒頭でガツンとやられる。めちゃくちゃかっこいい。これはプレイヤーの感情とテクニックが一致した瞬間であって、こういう音楽を聴いていてもっとも高揚する瞬間なのだ。そのあとリズムが入ってくるところのかっこよさよ。完全に狙っているわけだが、それでも「きーっ!」となる。全曲オリジナルというのもすごいが、その曲がまたどれもよくできているというのもすごいことだ。アルトで吹くことを前提としているからなのか、このカルテットというフォーマットで、しかもアルトの音域で吹くとめちゃめちゃよく響く曲ばかりだ。ジャズロック風のもの、フリーな曲(5曲目とか)、リフで燃える曲などバラエティも豊か。コンポジションとソロがばっちり融合しているし、演奏全体に激情とクールネスが同居しており、(いろんな意味での)テクニックも存分に味わえる(6曲目のソロとか、むちゃくちゃのようでじつはサックス演奏上の技術が凄いことがわかる。8曲目のソロなどはもっと思い切ったフリーなもので、それもめちゃ凄い)。なめらかな指使いのフレージングと、ぎくしゃくしたフレーズをうまく組み合わせ、そこに音色の変化やダイナミクスなどを織り交ぜていくこのひとのアルトが、私の好みにぴったり……ということはあるかもしれないが、とにかく、あー、こういう演奏が一番好きなのだ。カルテットのサウンドとしては、もうこれ以上足したり引いたりするものが皆無なほど完璧で、とくに私の好きな磯部さんのドラムは今回も爆発している。まあ、この4人が全員、感情とテクニック、激情とクールネス、フリーと楽理……といった両方を持ち合わせているミュージシャンだということだと思うが、ピアノにしてもベースにしてもとにかくこのカルテットにぴったりとはまっていて、このアルバムのすべての音、すべての瞬間が好き、と言いたいほど気にいってます。大げさかどうかは自分の耳で聞いて確かめるようにね。一曲一曲の演奏時間はそれほど長くないのに、そのなかでちゃんと燃え尽きているところもいい。帯には「疾走感と重量感」とあるが、なるほどその通りだ。こうして私の「日本のジャズは、歴史的に現在が最強説」が裏付けられるアルバムがまたしても登場した。ぜったいにそうだと思うけどなあ。立花さん自身によるライナーノートもすごく面白いから読み逃したらダメっすよ。

「酒屋が閉まる前に」(地底レコード B89F)
AAS

 立花秀輝率いるAASの20周年記念アルバム。くだくだと面倒くさいことは言わない。とにかく聴いてほしい。めちゃくちゃ傑作であります。いや、ほんと。私の言うことなど信じない、というひとがたくさんいるのはわかるが、これだけは信じてほしい。マジ傑作なのです。立花さんは、人間凶器だの騒乱武士だの渋さ知らズだの自己のバンドだの無伴奏ソロだの……とものすごく忙しくツアーをしていて、そういうなかでライヴレコーディングをする、と聞いたので、どうなることか、と思っていたが、届いた音源を聴くと(つまり、コレ)とんでもない傑作だったので驚いた。正直、このひとのアルトは本当に私の好みで、それは音色からフレーズからアーティキュレイションから曲作りからメンバーの人選にいたるまですべてが好きである。とにかくこの個性的なビッグトーン、個性的なフレージング、個性的なオリジナルアイデアの奏法の数々……などをとってみても、いろいろな大御所バンドから引っ張りだこなのもわかるが、しかし、そんな立花秀輝の「コンポジション」がたっぷり味わえるというのもこのリーダーバンドAASの魅力なのである(本作は全曲立花秀輝オリジナル)。
 1曲目は60年代モードジャズ的な雰囲気のインプロヴィゼイションではじまる曲。このまま行くのか、と思いきや、インテンポになり、超かっこいい曲がはじまる。サックスはもちろん、ピアノもドラムもベースもめちゃくちゃかっこいい。もう、この1曲でこのアルバムの凄さは決まったようなものだ。テンションが超高めで、聴いていて心臓がきゅーっとなるほどだ。2曲目はジャズロック的な8ビートの曲で、ビートの重さから「へビィ・スネーク」というタイトルがついたと思われるが、ヘビとスネークという駄洒落にもなっている。山口コーイチの一音一音を大事にした、というか、狙いすましたような、コロコロと転がるようなロングソロは最高。つづくアルトソロも豪快かつ繊細で言うことありません。ラストのリフは「何回繰り返すねん!」というぐらいまでしつこく繰り返されてすばらしい。3曲目は「アリガトーネット」といタイトルだが、「ありがとう、オーネット」という言葉が隠されているのだ。非常にメロディアスで歌心あふれる演奏。しかし、ソロに入ると異常に切迫感のあるテンション高い演奏になる。ピアノソロもとんでもなく凄い。重厚なベースソロもかっこいいし、4バースにおける磯部さんのドラムもアクティヴなうえに空間を感じさせて涎が垂れる。いや、ほんと。4曲目は曲もいいが、立花さんの楽器のコントロールに聞き惚れる3拍子の、イメージとしてはバラード的な曲。アルトの音色の良さがしみじみ味わえる曲。重いピアノも、ほんとかっこいい(「かっこいい」という言葉を多用しすぎているのはわかっているが、そう書かざるをえないのです)。ベースの、熱いソロが続くなか、冷静に引き戻すようなソロもすばらしい。そして……本作の白眉というべき演奏は5曲目の「アルトサックスにおける特殊奏法によるデー・フラットブルースの為の試み。令和元年増強改訂版」である。いきなり低音のフラッタータンギングではじまり、マルチフォニックス、ノイズ、グロウルその他もろもろのオルタネイティヴな奏法の百貨店(古いね)のような演奏。立花さんは数々のオリジナルな特殊奏法の開発者としても有名だが、この曲はそれらを一同に並べました的な演奏。生で見ると、たとえばあんな風にスラップタンギングするひとなんかいねーよ、とか、マウスピースに息を吐きかけてどうするんじゃー、こういうことを真剣に練習してるんや、とか思って感動する。こういう試みがジャズサックスの歴史を形作っていくのだ、とほんとに思う。6曲目はリーダー抜きのピアノトリオによるたゆたうようなバラード演奏から、最後にサックスが入ってくる。たしかにタイトル通り「凪の音」という感じで、本作中もっとも静けさを感じる演奏で、アルトのすばらしい音色を堪能できる。5曲目との対比が効いてます。7曲目は4ビートの曲で、正攻法のコンポジション。ある意味、本作で一番のストレートアヘッドな演奏。安定感抜群のベースのランニングに乗っての王道の熱いアルトソロ。こういうのもいいなあ。ドラムの的確な煽りが興奮を誘う。つづくピアノソロも真っ向勝負の超絶のかっこよさ。たまりませんねー、こういうの。8曲目はいきなりの落雷のように凄まじいドラムソロからはじまる超アップテンポの演奏。「死ぬまで吹くぜ」というタイトルどおりの、ひたすら全員が吹きまくり、弾きまくり、叩きまくるフリーキーでアナーキーな曲。そういう混沌としたなかでも立花さんの特殊奏法は光っているし、全体を貫くバンドのスピード感には感極まる。ラストの9曲目は片山広明さんに捧げた「天国の居酒屋で待ってるよ」という曲。人懐っこいメロディによるほんわかした雰囲気の曲だが、この四人がこの曲をどんな思いで演奏したのか、と思うと、悲しみにあふれた演奏だともいえる。アルトのロングトーンが慟哭のように聞こえる。ピアノソロもアルトソロもメロディアスに歌いながらもその端々に「思い」が感じられる。一旦ブレイクがあって、ワン、ツー、スリーのカウントのあとのアルトの天国へ届けといわんばかりの凄まじいブロウに心を動かされないものはいないだろう。全員が一体となった、エネルギーの塊のような演奏。エンディングもすばらしいです。そして、そのあとある仕掛けがあるので、CDをとめたらダメよ。
 とにかく四人とも「ストロング」なひとばかりである。音楽をやるのに馬鹿でかい生音を出さねばならない理由はない。マイクもあるし、小さい音だって聴衆は十分聴いてくれる。しかし、そういうこととは別にこのひとたちは、自分のなかの熱量を示そうといわんばかりに自分たちの楽器の最大の音量、いや、それを超えた音量までを「使う」。そのひたむきさが感動を呼ばないはずはない。何度聴いても感極まる傑作。みんな聴いてくれ!

「横濱JAZZプロムナード2000 コンペティション・バンド AAS/LIVE!! AAS」(YOKOHAMA JAZZ PROMENADE EXECUTIVE COMMITTEE YJJP−2000)
AAS(YOKOHAMA JAZZ PROMENADE 7TH COMPETITION)

 なにが正式なタイトルなのかよくわからないが、立花秀輝率いるAASのファースト……といっていいんだかどうなんだか、2000年に行われた第7回横濱ジャズプロムナードで優勝(グランプリではなかったみたいだけど「同等の評価」ということらしい。つまり、実質一位ということか。オリジナル作曲賞、ライブハウス賞、横浜市長賞、優秀賞を同時受賞というのもすごいが、この内容を聴けば納得である)したときに制作されたアルバムなのでジャケットがジャズプロムナードのポスターになっている点はこのすばらしい内容を考えると残念である(ポスターとしてはいいんだけど、AASのCDのジャケットにはなっていないので……)。それぐらい最高のアルバムで、ジャケットを変えて再発したらいいのに、などと思ったりする。1曲目は立花秀輝らしいラインのヘンテコなブルースでちょっと聴いただけではブルースさはほとんどない。冒頭から立花らしいフレーズ全開だ。しかもクールで、オリジナリティにあふれた演奏でスピード感も凄い(なんか、ありきたりの言葉しか出てこないが、とにかく「凄い」とわかっていただければいいのです)。音色とか音程とか楽器コントロールとか、サックス奏者としての基礎というか力量がものすごいので、聴いていてその説得力がはんぱではない。そして、ちょっと目がうるうるするほど熱い。このアルバムをはじめて聴いたときはかなりぶっ飛んだ(「ソング・フォー・ビースト」などを先に聴いていた)。山口孝一(コーイチ)のピアノも同じようにすばらしくて熱くて楽しい! 堂々としたベースソロ(海道雄高=カイドーユタカ)も聴きものだが、そのあとのアルト、ドラム、ピアノの4バースも最高ですね。4バースだからといって勢いに任せたような箇所がまったくなく、どの4小節も驚くほどかっちょいい。2曲目は不気味なイントロからはじまる「スカボロ・フェア」で、最初のうちは鋭い音色で美味しいフレーズを重ねているアルトだが、次第にヒートアップし、しまいにはフリークトーン連発になって、聴いているといつのまにか拳を握りしめ、坂田さんのライナーの言葉(後述)のように「行け! 行け! もっと行け!」と叫んでしまう。山口コーイチの過激なバッキングも聴きもの。そのあと一瞬のブレイクでクールダウンして、ピアノソロになるが、これも最初はしずしずとはじまるものの、途中から本当に自由な感じになっていき、あー、いつまでも聴いていたい……と思ったところでアルトがテーマを吹き出す。いやー、見事ですよね。3曲目はアルトの無伴奏ソロではじまる「オーヴァー・ザ・レインボウ」で、アルトがテーマをフェイクしたあと、ピアノの驚くほどオーソドックスかつ絶妙のソロになる。このバンドにおいては正攻法の演奏が「驚き」になる。しかも、こういうことをやらせるとまためちゃくちゃ上手いのだ。アルトソロは途中からエグいフレーズ連発になるが、それも含めて「歌心」と「美しさ」を保っている。ベースソロのバッキングのブラッシュも、同じく歌心を感じる。ラストテーマの途中のどんどんどんどん……という突っ込み(?)には笑ってしまう。ラストの4曲目はベースはエフェクターをかまして、ノイジーな感じ。この曲のテーマはまさに立花秀輝! という感じで、ええ曲や! テーマのあとはピアノを中心としたフリーな即興。これも、表面を撫でたようなものではまったくなく、腰のすわった、ドスの利いた演奏である。ベースのアルコソロとピアノのからみも、なんか好き放題でエネルギーにあふれていていいですね! こういうのが聴いていていちばん心を遊ばせてくれる演奏なのである。そして、アルトが入ってきて、間をいかした幽玄な即興になる。なかなかコンペティションの場でできることではない。そこからアルトのフリーキーなブロウを中心にしたフリージャズ的な展開になるが、これは4人のメンバーによる結束した表現であって、きっちりとしたアンサンブルである。そしてテーマに戻るのだが、このテーマがめちゃかっこいいので、すべてが浄化される感じになる。あー、4人ともすばらしい。傑作! 坂田明のライナーノートもめちゃくちゃいい文章だが「こういう荒削りの、力任せの無謀な若者こそ、久しく見なかった奴らだ」という箇所については、私は逆に「こんな時点でこんなに完成されているなんて……うらやましーっ!」と私がデビューしたときのことを思い出して赤面する(このアルバム制作時の4人の年齢は、私がデビューした年齢とほぼ同じ)。だが、「行け! 行け! 死ぬまで行け! 死ぬまで行ったら何が見えるか見てこい!」という締めくくりの言葉は、坂田さんが今も体現していることでもあり、私に向けてのメッセージとしても受け取っています。

「ExSAX」(MEIKAI RECORDS BAN−001)
HIDEKI TACHIBANA ALTOSAXOPHONE SOLO WORKS

 もともと立花さんはまとも(?)なサックス演奏に加えて、従来も独自の変態的な奏法をまじえた演奏をしていたが、コロナによる自粛期間に、YOU TUBEで「特殊奏法のすすめ」というシリーズをつぎつぎと発表した。それはどれも、ちょっと変な吹き方してみました、というような生易しいものではなく、サックスを吹いているひとにはわかるすさまじい徹底ぶりで、笑うというより唖然呆然とし、そして感動する、というすばらしい映像だった(今も続いているようだ)。そういうことを踏まえて、本作の録音……ということになったのだと思うが、ここに収められている9つの演奏は、立花さんのオリジナリティあふれる特殊奏法=変態奏法によるもので、内ジャケットに本人による奏法解説があり、写真もたくさん掲載されているので、サックスのなにをどのようにして音を出しているのかがわかる。これはギャグではなく、立花さんが思いついた奏法上のアイデア(ほかのひとには思いつけないし、もし思いついてもやらない)を、真剣に練習を重ね、こうして集大成したものなのだ。少しでもサックスを吹いているひとには、ここに収められた数々の演奏が、ちょっとした思いつきでこんなことしてみました、面白いでしょう的なノリではとうていできない、シリアスなオルタナティヴテクニック(と書くとなんだかかっこいいが、ようするに変態奏法)だとわかるはずである。といって、それぞれの着想の原点が、こんなアホなこと、やってみたらどうなるやろ、というユーモアにある、というのも間違ってはいないだろう。さっきも書いたが、普通は思いついてもやらないことをマジでやるのが立花秀輝のすごいところなのだ。こう書くと、ただの変なテクニックの羅列のように思われるかもしれないが、まったく逆で、ここに収められた演奏は、「特殊奏法によるもの」という注釈が最初になくて、先入観なく聞いたとしたら、フツーにめちゃくちゃ上手くて感動的なアルトソロによる即興……と思えるだろう。それぐらい音楽としても完成度が高く、かっこいいものばかりである。さまざまなニュアンスの変化を駆使した表現は「ひとりオーケストラ」といっても過言ではないし、この疾走感、大胆さ、躍動感はすごい。しかし、この演奏を「立花秀輝の無伴奏サックスソロアルバムとしてすばらしいのだから、特殊奏法であるかどうかは関係ない」と言ってしまうのもどうかと思う。やはり、このアルバムの演奏は、最初に特殊奏法ありきで、その奏法が最大限に生きるような演奏をやってみたらこうなった……ということだろうと思うし、だからこそ世界に類を見ない特殊でオリジナリティあふれるアルバムとなったのだ。なにからなにまで完全に立花秀輝色に塗りつぶされた本作は、変態的ではあるが(それは否定してはならない)だれにでも勧められる大傑作でもある……と私は思うぞ。ジャケット裏の注記も笑えます(引用してもいいのだが、買って、読んで、笑ってください)ちなみに、CD発売時にCDショップなどへの販促物用に書いた私の推薦文(?)を以下に掲げておく。  アドルフ・サックスが発明したサキソフォンという楽器は、管楽器のなかではよく知られていて、ジャズ、クラシック、吹奏楽、ロックなどで幅広く使われている。だから、たいがいのひとが「こういう音色でこういう演奏をする楽器」というイメージを持っているだろう。しかし、このアルバムには「こういう音色」も「こういう演奏」も出てこない。同じサックスという楽器から、こんな「あさって」いや「しあさって」の音が引き出せるなんて驚愕ではないか。しかも、つぎつぎと、ずるずると。  これはサキソフォンの「特殊奏法」と呼ばれるもので、グロウル、マルチフォニックス、サーキューラー奏法、各種の特殊タンギング、タンポをぱたぱた鳴らす音、リードの軋みなどなど従来知られている奏法に加えて、立花秀輝のオリジナルな奏法が山のようにぶちこまれていて、まさに「サックスの特殊奏法のデパート」状態である。立花秀輝はどうしてこんなことをしたのだろうか。――わからん! でも、すごい。  正直、特殊奏法という言葉に身構えなくても、すべての先入観をなくして無心で聴けば、この演奏のすばらしさはわかってもらえると思う。サックスという楽器から、予想もしていないような音の数々がつむぎだされ、しかも、それらが壮大な音楽として紡ぎあげられ、どの演奏も「曲」として成立しているのだ。テクニックの羅列ではなく、ここには諧謔や怒り、喜び、ユーモア、悲しみ……などすべての感情が詰まっている。よく「変態的奏法」などというが、これらの演奏は変態どころか美しさの極みなのである。いや……やっぱり変態か。  本作はフリージャズやインプロヴァイズド・ミュージック、ノイズなどの聴き手だけでなく、吹奏楽やクラシックなどでサックスを演奏しているひとたちにぜひ聴いてほしい。そして、自分が日頃吹いているこの楽器はこんな音も出せるのか、と目からウロコをぼろぼろ落としてほしいと思う。そのうえで立花氏に向かって叫んでほしい。「どうしてこんなことをしたのだ!」と。

「AAS(アァス) 25」(MEIKAI RECORD AAS−007)
AAS

 日本の名グループとしてジャズの歴史に刻まれるべき「AAS」の結成25周年記念アルバム。めちゃくちゃいい。というか、これまで立花秀輝のアルバムで「めちゃくちゃよい」以外の感想を持ったことがあるだろうか。テナーを吹くようになったきっかけについて立花自身がその詳細を語っているが、それも面白いので読み逃しなく。CDの表にも「このアルバムについて」という異例の長文が載っているので、それも読むべしです。1曲目からいきなりアルトの超ハイノートでのテーマがぶちかまされ、先日発表したアルトソロのアルバムでの超絶変態技巧がぶちこまれたブロウが延々続き、狂喜乱舞。ブレイクのたびに過激さが増していく展開は手に汗握る。かっこいいとしか言いようがない。1曲目のラストの無伴奏ソロ(めちゃくちゃノイジーでエグい)から2曲目に入っていく(つまり、つながっている)。アルトとテナーがオーバーダビングされていて、これがまあ上手くいってるのです。まるで、本当にふたりの性格のちがう奏者がふたりフロントに立っていて吹き合っているかのように思える。こういうのはセンスの問題なのだろうが、ほんとうにすばらしい。テナーソロもガッツのある音で図太いファンク的なソロをごりごり吹きまくっていて最高だが、それを煽り立てるアルトという図式。そして、アルトはフリーキーでそれをまたあおるテナー。あー、かっこよすぎる。ピアノソロも鍵盤と対決するようなたくましく、重く、爽快な感じ。そして、リフをバックに磯部潤のドラムソロが炸裂。もうこの冒頭の2曲だけでも延々繰り返し聴いて、あとはもういらん! と叫びたくなるほどだが、もちろんあとの曲もすごいのだった。3曲目の「ジャイアント・ブルース」はこってりしたテンポのマイナーブルースだが、ライナーに書かれている例の「ブルー・ジャイアント」のオーディションに関係しているのかも。いずれにしても立花がテナーも吹くようになったのは本当にいいことだと思う。アルトとテナーの持ち替えのひとが、(立花自身のライナーにもあるとおり)「アルト奏者がたまにテナーとかバリトンとか吹くとアルトに聴こえる。逆も然り」というようなことはたしかに昔(?)は多かったかもしれないが、今はみんな、アルトを吹けばアルトの音、テナーを吹けばテナーの音、バリトンを吹けば……という感じでしっかり吹いているひとばかりだと思うが、これはおそらく自分のなかに「よいアルトの音のイメージ」と「よいテナーの音のイメージ」がちゃんとあるかどうかによるのだという気がする。立花のテナーは、単に楽器を持ち替えた、というだけでなく、そういうものがしっかりあるので短期間のうちにこれだけテナーらしい音が出せているのではないか(えらそうなことを言ってすいません)。4曲目はちょっと聴くと軽い雰囲気の楽しくバウンスする曲のようだが、けっこうむずかしいチェンジのように思える。でも、このメンバーは軽々とそのコードを縫っていく。サックスのあとベースソロがフィーチュアされ、いかにもモダンジャズといった雰囲気になるのもかっこいいですね。5曲目は「ヒペリカム」というタイトルだが、これは「オトギリソウ」という意味だそうです。ええ曲や。ベースが活躍し、山口コーイチのピアノが歌いまくるトリオ演奏のあと、サックスが切々と奏でられる。ベースのブレイクの「どぅん……」という一発もいい。サックスは次第に白熱し、四人で一体となって燃え上がる。エンディングも渋いが、一旦終わったと思ったらまたテーマになるという構成もかっこいい。6曲目は「センソー ダメ ゼッタイ!」というタイトルで、フリーなやりとりではじまり、アルコベースのすばらしいソロからご陽気なテーマになる(オーバーダビングによる2管編成)。この部分もタイトルから考えてかなり不穏な雰囲気である。シャッフルみたいなリズムで、サビだけ速い4ビートになるこの構成でのそろかずっと続くのも、なんとなく緊張が感じられる。ピアノのあとのサックスソロも2管による。そのあとブレイクになり、複数のサックスが密林で吠えまくってるような無伴奏演奏の途中でいきなり終わる(私の持ってるCDだけじゃないでしょうね)。びっくり。7曲目はちょっと「イン・ア・センチメンタル・ムード」を思わせる美しいバラード。立花のサックスは、フレーズの切り方が独特だが、それがよくわかる演奏。美しいメロディだが一筋縄ではいかない曲。ベースソロも渋い。8曲目は「有明」というタイトルのわりにはかなり激しい曲。16ビートのワンコードの曲で、テナーオンリーでパワフルに吹きまくる。16ビートの「インプレッションズ」的な雰囲気もあり、ドラムとのデュオもある。ラストの9曲目は3拍子の曲で、「月光の下で」というタイトルだが、かなり激しい曲。ルナティックな月の光を浴びて踊りまくっているような図かも。とにかく全曲すごい。いろいろ学びも多かった。たぶんこの作品を聴いたアマチュアサックス奏者の皆さんはものすごくいろんなものを受け取るに違いない。サックスを吹く喜びにあふれた傑作。先日、ピットインでのこのバンドの演奏を配信で観たが、やっぱりスゴいっすね。