nao takeuchi

「SOLO」(CHITEI RECORDS B31F)
NAO TAKEUCHI

 竹内直というひとは、昨今のテナーマンにめずらしく「自分の音」を持った人である。それは抽象的な意味でなく、フレーズやノリ以前に一音聴くだけで竹内直の音だとわかってしまう、「音の個性」を身につけているということである。こんなに「強い」ことがあるだろうか。昔は、コールマン・ホーキンス、ベン・ウェブスター、アーネット・コブ、デクスター・ゴードン、ジーン・アモンズ、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ……みんな自分の音を持っていたが、いつの頃からか、楽器はよく鳴っているのだが、個性のない音のテナー吹きばっかりになってしまった。それは、おそらくサックスの演奏技法を身につけるうえで、「独学」というものが姿を消しているからだろうと思う。楽器に対して素直な鳴らしかたをすれば、少ない労力でうまく楽器の鳴りをひきだすことができるのだろうが、個性は薄れてしまう。独学でサックスを学んだひとは、ある意味正当でないアプローチをしている分、いびつな音がひきずりだされているのではないか。そして、私見だが、ジャズだのロックだのやろうというひとには、後者のほうが絶対によいはずだ。このアルバムは、竹内直のそういった「ワン・アンド・オンリー」の音が目一杯楽しめる。なんせ、ソロだもんね。全曲、スタンダードだが、一曲目の「ラヴ・ミー・テンダー」からめちゃめちゃ快調である。二曲目のバスクラによるチャーリー・パーカー・ナンバーは、バスクラではかなりむずかしいと思われるビバップのフレーズを、きっちり吹きつづっていくが、最後に本性をあらわし、ごげごげ吹きまくるあたりの豹変ぶりがおもしろい。フルートでの「五木の子守歌」もすばらしいが、考えてみれば、フルートの無伴奏ソロでここまで聴かせるというのは、よほどの技量ではないだろうか。とにかく、どこを切っても全編竹内直。聴くたびにあらたな発見のある、「テナーサックス」のおと堪能できる一枚である。

「LIVE AT BASH!」(CAB RECORDS CBCJ0009)
NAO TAKEUCHI

 竹内直の、正攻法的真っ向勝負なライブ盤。ごくふつうのピアノトリオをバックに、何のギミックもなく、直球勝負。とても気持ちいい。額からしたたりおちる汗が目に見えるようだ。竹内直は、なんといってもあの「音」がすごい。それをたっぷり堪能できる。「音」というのは、そのひとを表す。一音のなかに、竹内直の音楽性が詰め込まれている。ちょっと聴いただけでは、柔らかいリードに強い圧をかけたような、ひずんだ音に聞こえるが、よく聴くと、すごく堅いリードを使っていることがわかる。それを完全にコントロールしているところから、この「音」が生まれるのだろう。そのことひとつとっても、彼がテナー奏者として、たいへん硬派な位置にいることがわかる。一曲目に「パッション・ダンス」、ラストに「ジャイアント・ステップス」をもってくるあたりも、ごりごりの内容とぴったり。それらの曲で、竹内直は、ストレートにただひたすら吹きまくる。バラードでの自由奔放な無伴奏ソロや、破裂音、フリークトーン、重奏音などを駆使しての過激なソロ、ノンブレスでの行き詰まるようなソロなど、すさまじい演奏だが、バックのピアノトリオはがっちりバックアップしているので、全体が崩れるようなことはない。というか、まだまだ手堅く構成しすぎの感もあって、もっとぐちゃぐちゃになってもいいかも、と思ったりした。モーダルな曲ではコルトレーン的フレーズを連発し、気合い一発のごりごりテナーとはまるでちがう、高い音楽性と技術を見せつけるが、全体の印象としては、やはり肉体派というかシェップやファラオ・サンダース、ジョージ・アダムスなどを連想してしまうのは、音楽性にくわえて、精神性も感じさせるからか。こういうテナー、いるよなあ……といろいろ考えてみたが、最初、頭に浮かんだのは、ジョン・スタブルフィールド。豪快で、音の出し方など、ぶっきらぼうなのだが、なんともいえない色気がある。でも、ちがう。「ラサーン」というカークに捧げた曲を聴いたあと、ラストの「ジャイアント・ステップス」の循環呼吸で延々吹きまくる圧倒的なソロを聴いていて、ふと思った。そうか、カークだ。モーダルなフレーズも、楽理を徹底研究して……みたいなブレッカー的な方向ではなく、カークがモーダルな曲をやるときのアプローチを思わせるし、音楽に対する姿勢もなんかカークを連想させる。こういう比較論は意味がないのはわかっているのだが、ついついそんなことを思ってしまうような、熱い演奏だった。そういったことすべての根本に彼の「音」がある。だから、竹内直は強い。

「THOMPKINS SQUARE SERENADE」(OFF NOTE ON−37)
NAO TAKEUCHI

 すごいメンバーをしたがえたワンホーンライヴアルバムで竹内直の魅力が全開。一曲目いきなりバラードなのでバラード集なのかと思ったがそうではなかった。だとしたら、かなり攻めた曲順だ。ベタな話だが、たとえばベン・ウエブスターのバラードは低音の深い魅力だし、コルトレーンのバラードは通常吹かれるよりもかなり高音部を中心に展開するが、竹内直のバラードはその両方がある。このすばらしい音。最近のサックス奏者は、楽器はめちゃめちゃ鳴ってるし、上手いひとが多いが、音色が均一化していて、音をパッと聴いただけで、あ、このひとだとわかるような奏者は少ないと思う。逆にいうと、パッと聞いただけで、あ、このひとだとわかるような音色を手に入れたらそのひとはジャズ史に残るプレイヤーだということなのだ。竹内直はその域に達している数少ないマスターだと思う。もちろんフレージングも独特で、音楽観もおそらく独創的なものがあるのだろうと推測はされるが、これは私のただの想像である。でも、2曲目のモーダルなアップテンポの曲を聞けばそれは露骨にわかるのではないか(椎名豊のピアノソロもすげーっ)。3曲目はこってりしたテンポでバスクラによる「ジターバッグ・ワルツ」。ファッツ・ワーラーの曲で、さまざまなひとによって演奏されているわけだが、バスクラでこの曲というとどうしてもドルフィーを連想してしまう。でも、ものすごくスウィンギーで深い演奏である。4曲目はごくあたりまえのミディアムテンポの曲だけに、竹内の音色や個性的なフレージングがはっきりとわかる。5曲目はバッピッシュな曲調に乗って竹内のカクカクした変態フレーズが炸裂するブルースナンバー。かっこいい! 6曲目はタイトルチューンで、モーダルでブルージーな感じのめちゃかっこいい曲。ピアノソロも重たくて良い。テナーソロもマイナーブルースみたいな雰囲気でブロウしており(16小節の曲だが)、最高っす。ラスト7曲目はバスクラによるゆったりした曲。ジャズっぽくないメロディを訥々と歌い上げる。すばらしい。作曲者のクレジットがどこにもないので、はっきりとはわからないが、1、3、4、7といった有名なスタンダード以外はリーダーのオリジナルのではないかと推察される。聴けば聴くほど味の出てくるアルバム。傑作としか言いようがないです。でも、これもう17年まえの演奏なのだ。もっとガンガン新作を発表してほしいけどなあ、なかなか難しいのだろうなあ(と自分の置かれている状況をかんがみて、勝手にそう思ったりする)。

「OBSIDIN」(WHAT’NEW RECORDS WNCJ−2207)
NAO TAKEUCHI

 竹内直がバスクラリネットのみで吹き込んだアルバム(フルートも少し吹いている)。竹内直のテナーは、一聴してこのひととわかる個性的な音色で、そのことはジャズミュージシャンとしてはかなり強力な武器だと思うが、その武器を使わずバスクラオンリーで勝負するとはなんとも大胆なチャレンジではないか。もちろん竹内直のバスクラリネットのすばらしさは誰しも知るところだろうが、全編バスクラのみというのはやはり「挑戦」といっていいのではないか。しかし、アルバムを聴いてみると、そういう大上段にふりかぶった雰囲気はなく、じつに素直……つまり名前どおり直である。ベースが井上陽介、ドラムが江藤良人という強烈なリズムセクションだが、そこに大ベテランの中牟礼貞則と山下洋輔をぶつけるあたりが、竹内直のプロデューサーとしてのすごさだろう。2曲目の冒頭なんか、手拍子とウッドベースとサブトーンぎみのバスクラのトリオっておもしろすぎるやろ。多重録音も使われているが、これもあざとい感じは皆無である。本当にふたりのバスクラ奏者がインタープレイしているみたいに聞こえる。3曲目はバラードで山下洋輔のバラード伴奏の上手さが光る。バスクラで真っ向勝負でバラードを演奏すると、やはりドルフィを連想するなあ。4曲目はおなじみのエリントンナンバーでスウィングするテンポでの演奏。こういう曲だとバスクラというよりスウィング時代のクラリネット奏者のような感じの洒脱さもある。ギターも歌いまくる。5曲目はショパンのプレリュードで、バスクラ〜ギター〜ピアノのトリオで情緒に流されない、しかも、ジャズ的な音色やニュアンスはそのままでの演奏。非常に不思議な感じ。6曲目はスタンダードでおなじみ「ビューティフル・ラヴ」。このバスクラの低音だけを使ったテーマの吹き方がかっこええ! そこそこ速い、インテンポの演奏なので、パッと聞くと気が付かないが、ベースとのデュオである。武骨な感じのソロが展開されたあと、ベースソロになり、バスクラとの8小節〜4小節チェンジになる。ラストのテーマは最初とは吹き方が違う。7曲目は山下さんのヒット曲(?)「クルディッシュ・ダンス」で、9拍子の印象的なテーマの曲。やはりこういう感じの曲でのバスクラソロはめちゃはまる。ドラムも暴れ、山下さんのピアノのバッキングもかなりえぐい。ピアノソロのときは逆にバスクラがリフを吹き続ける。次第に崩れていき、山下フレーズや肘打ちなども出てきてめちゃくちゃ盛り上がるのだが、曲の構成を破壊するようなことはない。しっかり9拍子はキープしたなかでの逸脱である。ドラム先行のなかなか凄まじい迫力のチェイスがあってバシッとリフで締めて終わり。8曲目はスタンダードのバラードをギターとのデュオでしっとりと、しかし、モダンジャズ的なスリルもあるからみを聴かせる。9曲目は竹内直作のブルース。ウォーキングテンポで、ドルフィー的な匂いもするテーマ。ギターとピアノを省いたトリオで。バスクラソロはビバップだが、ごつごつした竹内直独特のあの感じが満載。4バース(ベースも参加)があってテーマ。ラスト10曲目は6曲目と同じくベースとのデュオ。ミディアムテンポの歌もの。ソロは竹内直の個性が全開。ねちねちとした黒い感じがたまらん。ベースソロは逆に爽やか。こうして竹内直の挑戦は大成功のうちに幕を閉じる。傑作。

「RAPTURE」(WHAT’S NEW RECORDS WNCJ2184)
NAO TAKEUCHI

 竹内直がレギュラーバンドのミュージシャンとともに作り上げたアルバム。ワンホーンだが、ギターとパーカッションが入ったセクステット。1曲1曲の密度が濃すぎて、いっぺんに全部聴くと疲れまくるので、半分ずつ聴くぐらいがちょうどいいかも。1曲目がいきなりバラードなので、その意気ごみというか気合いに驚く。また、これがええ曲なんですわ。美しい音色で吹奏されるテーマ、つづくピアノとギターのソロも抜群だが、そのあと再度テーマをテナーが吹いてから抑えきれぬ感情を爆発させるように高音でシャウトしていくあたりがなんともいえない。2曲目は、このアルバムの白眉といってもいい「コキリコ節」で、モードジャズ的に演奏される(私の学生時代に、あるバンドがソプラノサックスをフィーチュアしてコキリコ節をやっていたなあ)。この曲においてはエルヴィンを連想させる江藤良人のドラムにワガン・ンジャイ・ローズのパーカッションがからむカラフルなリズムに、清水絵里子のピアノが重いコードを乗せ、そこにテナーサックスが朗々と吹きあげる。これがもうめちゃくちゃかっこいいのです。次第に熱くなり、ゴリゴリ吹きまくるが、テナーの音は一音一音しっかりしていて、心地よい。ライヴならもっとすごいことになりそうだな。そのあとメンバーが「コキリコ節」を歌い、ドラムとパーカッションが大暴れするのだが、そこからテーマに戻るところもまた快感なのだ。3曲目はタイトルにもなっている「ラプチュア」という曲で、ハロルド・ランドの曲だそうだ。ボサっぽいバラード(?)。淡々としたテーマがかっこいい。テーマが2管に聞こえるのはバスクラを重ねているかららしい。甘さのないテナーソロが心に染みわたります。4曲目はクリフォード・ジョーダンの有名な「ヴィエナ」。マイナーキーのかっちょいい曲。この丁寧かつねちっこいテナーソロはほんまにすばらしい。イントロはちょっと「ムーントレイン」っぽい。ベースはふたりいて、ピチカートとアルコベースのからみが大きなうねりを生み、そこが見せ場にもなっている。5曲目はジョビンの曲だそうだが美しいバラードでなんとも可愛らしい小品、といった趣。6曲目はパワフルなドラムソロで幕を開けるハードなブルース。ドラムのかげきなバッキングに触発されて竹内直のテナーが熱く燃え上がる。かっこええ!7曲目はアフリカンテイストな曲。カラフルなリズムに乗せてテナーが好き放題にブロウする。ギターソロもすばらしいです。リフをバックにしたパーカッションソロもええ感じ。8曲目はスタンダードで「ステラ・バイ・スターライト」。リズムに遊びがある。この曲でのテナーソロやピアノソロは本当にすばらしいが、ベースとドラムも特筆すべきだと思う。全員一体となった演奏。あー、モダンジャズやなあ、と思う。ラストの9曲目は最後を締めるにふさわしい迫力ある曲。ここでも丁寧なテナーソロが聴ける。曲調もバラエティに富んでいて、文句なしの傑作でした。

「TALKING TO THE SPIRIT」(OFF NOTE ON−31)
NAO TAKEUCHI

 竹内直が外国人ミュージシャンとの演奏を収録したアルバム。ライヴ音源とスタジオ録音が混じっている。99年録音だからもう18年もまえの作品だが、内容はエヴァーグリーンだ。非常にストレートアヘッドな演奏のなかに熱く煮えたぎるような表現がときにフリーな部分まで突き抜ける。ピアノは日本での演奏も多いロッド・ウィリアムス。1曲目はいきなりバスクラリネットでの演奏でしかもバラード。このアルバム構成はなかなか攻めていると思うが、テナーと同様個性的な音色のバスクラがねちねちとからみつくような演奏で、次第にうねりが生じて熱くなる。たしかに1曲目にふさわしい演奏。Cシャープに捧げられたもの。2曲目は、サム・サンダースというひとの曲で、超アップテンポでモードジャズ的なエグい曲だが、すばらしいトリオの演奏にのって水を得た魚のように竹内のテナーが疾駆する。途中からドラムのエリ・ファウンテンとのデュオになり、ますます過激なブロウが展開される。ライヴだからなおさらなのかもしれないけど、とにかく異常に盛り上がる。かっこいい! ピアノソロ、ドラムソロも秀逸。この演奏が本作の最初の山場だろう。3曲目はフルートによる軽やかな小品。バラードで、2曲目からの落差がよい。このひとはテナー、バスクラ、フルート……なにをやらせても上手いが、ちゃんと自分の声というか音を持っているのがすごいのだ。小品といっても、切迫感のあるフルートは心にぐーっと入り込んでくるし、そのあとの穏やかなピアノソロがまたいいんだよね。4曲目は11拍子(?)の曲。マーティー・アーリックの曲だそうで、構成も変化にとんでいる。ピアノソロのあとベースとドラムのデュオのようになり、そのあとテナーが登場。熱いソロを展開したあと、口(マウス)パーカッションでかわいくエンディング。5曲目はタイトルにもなっている「精霊との会話」で、フリーな集団即興ではじまり、どうなるのかなと思っているとそのまま進行し、最後までインプロヴィゼイションが続く。たしかに「精霊との語らい」と言われると、アフリカの密林かなにかでそういうものが会話しているさまを思い描いてしまうが、これは言葉の魔力にとらわれた結果だろう。6曲目はコルトレーンの「ワイズ・ワン」で、これもライヴ。この曲をレパートリーにしているテナーマンはたくさんいそうだが、ここでの演奏はコルトレーンがどうのこうのというより、完全に竹内直の世界になっていて、ただひたすらこのねちっこい、熱い、太いブロウに身を任せていればよい。まるで触手がからみついてくるかのようなフレージングはワンアンドオンリーだ。ライナーには、「コルトレーン、ファラオ、ロイド、ガトー、ロヴァーノ、ガゾーン……」などが竹内直と似た「ハプニングするテナー」として名が挙げられているが、いまいちピンと来ない。竹内直は竹内直なのである。ハードボイルドなベースソロもめちゃかっこいい。ラストはテナーの無伴奏ソロによる「テンダリー」で、最初は息をあまり入れないか細い音色ではじまり、サブトーンやリアルトーンなどを織り交ぜて、神経の行き届いた演奏になっている。いやー、しみじみします。傑作。このひともずいぶ生で聴いていないのでまた聴きにいきたいものです。