「MOTHER SUN」(不破ワークス/地底レコーズ B63F)
玉井夕海
これを書いてるのが2022年なので、もう7,8年まえのアルバムということになる。なんだかついこないだ出たような気がする。不破大輔プロデュース、山口コーイチ編曲で、当時の渋さのメンバーが全面的に参加している。一曲目のいきなりチューバではじまる冒頭部を聴いただけで、なんとなく親しみを感じる。普通のポップスのアルバムではこういう編曲はないだろうな。作詞も作曲も全曲玉井夕海の手によるもので、とんでもない才能だと思うが、その才能を完璧に生かすにはこれぐらいオリジナリティのある編曲(最高!)と個性的なミュージシャンたちによるバックアップが必要だったということではないか。歌詞もすばらしいが、その歌詞が明晰に聞き取れる歌唱もすばらしい。ついついバックの演奏に耳が行くが、それは(何度も書くようだが)山口コーイチの編曲の妙と、各ミュージシャンの個性を上手くブレンドした演奏、(おそらく)人選した不破大輔……それぞれの思惑が見事に結実したからだろう。そして、そういう凄いひとたちを従えて(というか溶け合って)唯一無二の自分の作品を作り上げた玉井夕美はたいした表現者だと思う。それにしても、たとえばタイトルチューンである4曲目の間奏でチューバソロがフィーチュアされ、それがまたぴったりはまっている……などということはさっきも書いたけど、いわゆるジャパニーズポップスではあまりないことだろうと思う。このシンガーにして、このバックミュージシャンあり、という感じだ。不破大輔プロデュースならではの組み合わせである。そして、あまり激しい曲は入っていないのに、どの曲からもパワーを感じるのも特徴的で、軽く柔らかな歌い方なのにかなりヘヴィな手応えがあり、うかつに聞き流せない。全体を通して聴くと、個々の曲の歌詞に共通するイメージが浮かび、トータルアルバムとしての、一本筋の通った主張も感じられる。こういう音楽にはだいたい入っていて間奏でソロを取ることが多いサックスやフルートがいなくて、トランペット(11曲目だけ)、トロンボーン、チューバと金管で固めたのもいいですね。全員活躍しているけど、とくにトロンボーンは大活躍といえるのでは。ラストの12曲目だけ不破大輔がベースを弾いていて、山口コーイチのピアノとのフリーインプロヴィゼイションのデュオに途中から玉井のボーカルが自由に乗っていく、もっとも自由度の高い演奏で、めちゃくちゃいい。録音もいいと思います。傑作。 これは驚いた。めちゃめちゃええやん。なんの期待もなく(そもそもトランペットはあまり好きではないので、それのソロというだけで、すでに聴きたくないモードに入ってるわけです)聴いたのだが、トランペット無伴奏ソロのインプロヴィゼイションかと思ったらさにあらず。まったくちがっていた。これは、要するにボーカルアルバムである。その合間あいまにちょこっとトランペットが吹かれる。しかも、ボーカルといっても、ヴォイスによるインプロヴァイズドではなく、なんというか、童謡というか民謡というか疑似民族音楽というか、そういう鼻歌的素材を、田村夏樹がまじめに歌うのである。ああ、説明しにくいなあ。ハナモゲラのような即興性の高いものともちがう、新たなボーカルの世界にふれることができるのは絶対保証。傑作として、すえながく愛聴したいです。