「KO KO KO KE」(MTCJ−3012)
NATSUKI TAMURA SOLO
これは驚いた。めちゃめちゃええやん。なんの期待もなく(そもそもトランペットはあまり好きではないので、それのソロというだけで、すでに聴きたくないモードに入ってるわけです)聴いたのだが、トランペット無伴奏ソロのインプロヴィゼイションかと思ったらさにあらず。まったくちがっていた。これは、要するにボーカルアルバムである。その合間あいまにちょこっとトランペットが吹かれる。しかも、ボーカルといっても、ヴォイスによるインプロヴァイズドではなく、なんというか、童謡というか民謡というか疑似民族音楽というか、そういう鼻歌的素材を、田村夏樹がまじめに歌うのである。ああ、説明しにくいなあ。ハナモゲラのような即興性の高いものともちがう、新たなボーカルの世界にふれることができるのは絶対保証。傑作として、すえながく愛聴したいです。
「STRANGE VILLAGE」(ONOFF MUSAK,INC MZCO−1073)
GATO LIBRE
ガトー・リブレというのは「自由な猫」という意味だそうだ。メンバーは田村夏樹のトランペット、藤井郷子のアコーディオン(ピアノは弾いていない)、急逝した是安則克のベース、そして津村和彦のギターという4人である。マイナーな、哀愁の、憂鬱な、官能的な、ヨーロッパ的なメロディがアコースティックに奏でられる。個々のソロも、テクニックをこれ見よがしにひけらかすものはひとつもなく、どちらかというとそういうものは殺す方向性の演奏だ。ストイックなまでに、メロディを大事にする。そのためには、テクとかアドリブの歌い上げとかかっこいい解釈とかをあっさり捨てる(いや、あっさりではないかもしれない。よほどの決意とともに捨てるといいかえよう)。その結果、聴きやすくて、楽しくて、ポップな音楽が詰まった作品なのに、一方では、ひじょーにシリアスな空気感が漂う作品ともなった。ジャズ的なスリルはほとんどないが、それにかわる大事なものをたくさん聴かせてくれる。どの演奏も(アレンジとして)ギターがキーとなっているように思える。ほんとにすばらしいギターワークで、聞き惚れる。田村のトランペットはちょうどいいあたりをうまくコントロールしているし、藤井のアコーディオンも絶妙で、あー、このひとたちはちゃんと心得ているのだなあ(あたりまえだ)、と感心しきり。全部が田村の曲だが、どれもどこか外国の民謡とかフォークソングとかトラッドソングとかシャンソンとかアイリッシュの曲とかそういった「ありもの」に聞こえるほどレベルが高い。心が痛いときに聴こうっと。
「KOKI SOLO」(LIBRA RECORDS 101−066)
NATSUKI TAMURA
トランペット奏者の田村夏樹が2004年に発表したソロ「コ・コ・コ・ケ」はあまりにすばらしくて目からウロコが落ちまくるような作品だったが、17年後、古希を迎えた田村氏がふたたび発表したソロ。コロナ禍での録音でたいへんだったようだが、内容はそんなことを感じさせないパワフルで創造的で遊び心を感じさせるすばらしいものである。4曲目以外は鳥の名前が曲名になっている(4曲目の「ボラ」はたぶん魚のボラのことだろう)。演奏楽器のところにあるwokというのは中華鍋のことで、2曲目は全編中華鍋ソロである。言われないとどこかの国の民族音楽的なメタルパーカッションかと思ってしまう。途中からでたらめ(だと思う)ボーカルがそれにかぶり、ははははは……すげーっ、と笑っているうちに演奏終了。こういう自由で、ふざけていて、しかもめちゃくちゃスタイリッシュでかっこいいところはチベットの金属のお椀を叩いていたドン・チェリーにも通じるが、田村氏はそういう「○○風」というようなことはとうに超越している。たとえば上手いドラマーが遊びで中華鍋をパーカッション代わりに叩いて見事なテクニックを披露する……とかいうのとはまったくちがうのだ。なにしろビートが伸びたり縮んだりするが、それがわざと、というより、たまたま、手の動きでそうなっただけ、というのが聴いていてわかるし、それをも取り込んで音楽にしてしまう凄さよ。こどもが台所で鍋やらヤカンやら茶碗やらをでたらめに叩き、でたらめに歌っているのとまったく変わらないが、そんなことをひとまえでお金を取ってやったり、こうしてCDにしてしまうというのはなんとまあ大胆で勇気のあることだろうと小心者の私などは思うのだが、それをやってしまうのが田村夏樹であり、その結果生まれる音楽はかくも豊穣な、最高のものなのだ。トランペットのソロの曲はかなりシリアスで、そういう曲こそこのひとの言いたいことであり、パーカッションとかヴォイスはそれとバランスを取るための遊びというか照れ隠しのようなものだ、と思うひとがいるかもしれないが、絶対そんなことはないと思う。これらすべてが田村夏樹ワールドなのだ。4曲目はピアノソロで、めちゃくちゃ雰囲気がある演奏。名のある作曲家の曲で、演奏は誰々……と言われても「そうなのか」と思うひとはいるだろうが、しかし、その底には自由な水脈が流れている。若かりし日、音大受験のために(結局やめたらしいが)ピアノを弾いていた時期があるというのもわかるようなツボを心得た演奏だが、最後には「えー、おいやー……」というでたらめ民族音楽が発動してしまう。5曲目はディジリドゥと聞きまがうような激烈な循環呼吸とマルチフォニックスの嵐。めちゃくちゃかっちょいい。6曲目はまたまたパーカッションからのヴォイスで、タイトルは「カモメ」となっているが、どこがカモメやねん! とリスナーが叫ぶのも自由である。7曲目はまたトランペットソロだが、この音列はある曲を連想させる。プランジャーなどを巧みに使った演奏。ラストはピアノの低音の爆裂的な地獄のような音の塊に、幽鬼のような悲痛な叫びがからむ。とにかく叫んでいるのだ。なにかを言いたいのだ。そういうことが伝わってくる。なにを言いたいのかはわからないが、獄中からの叫びのようにも聞こえる。そして、それは我々全てが今、叫んでいる「どうにかしてくれ!」という絶叫なのだと思う。田村夏樹が古希において表現しえたとんでもない境地である。しかも、エンターテインメントでもある。皆さん、聴きましょう!