assif tsahar

「HOME COOKIN’」(HOPSCOTCH RECORDS HOP1)
SUSIE IBARRA & ASSIF TSAHAR

 アシーフ・ツァハーが主宰するホップスコッチレコーズの記念すべき一枚目。アシーフ・ツァハーとスージー・イバーラ(茨じゃなくて、イバーラと発音するらしい)のデュオだが、タイトルが「ホーム・クッキン」となっていて、ちゃんとした長尺デュオの合間合間に、長くて一分、短くて数十秒のショートショート的演奏が納められており、これが、ツァハーとイバーラの自宅のキッチンだかリビングだかで録音されたものなのである。つまり、このふたりは夫婦だということで、そのことを私は知らなかったので、添野さんだったか雑破さんだったかに教えてもらって驚いた記憶がある。ショートショート的演奏は、イバーラはドラムではなく、いろいろな小物を使っており、本当に「小品」という感じのほほえましいデュオ。それ以外は、ドラムとテナーががっぷり組んだ、聴き応えのある対決になっている。でも、このふたりが夫婦というのはやっぱり異常かも。家でどんなことしゃべってるんかなあ。「あなたの音は、デヴィッド・ウェアよりも細いわ。もっとたくましくなるように個人練習しなさいよ」「うるさいなあ。おまえももっと、ハミッド・ドレイクさんみたいにスネアを強く叩けよ。音がしょぼいんだよ」「なんですって。キーっ」……みたいな会話があるのか。と、まあ、いろいろ想像してしまうようなデュオだが、じつに楽しい力作アルバムにしあがっている。「夫婦の会話」だと思わなければいいんですよね。

「COME SUNDAY」(HOPSCOTCH RECORDS HOP24)
ASSIF TSAHAR・TATSUYA NAKATANI

 このデュオは、ビッグ・アップルで生で聴いた。そのときは、ゲストに船戸さんが加わってのトリオだったが、基本的にはこのアルバムに近い音だった。中谷達也さんは、ニューヨーク生活が長いが、昔は、芳垣さんのヤーボをしていたそうで、その頃にきっと何度も見かけているはずだが、全然覚えていない。しかし、生で聴いた中谷さんのドラムは、めちゃめちゃすばらしかった。その反応の素早さは、ドン・モイエもびっくりのスピード感にあふれていて、聴いていて爽快でたまらん。たしかに、スネアの感じとかはフリーに叩いたときの芳垣さんに似てるかも。でもとにかく、すっかり中谷さんのファンになってしまった。ユーモア感覚もたっぷりで、聴いていて楽しい。アシーフの好調さはあいかわらずで、テクニックの裏付けのあるブローは、安定感があり、非常にレベルの高い即興となっている。いわゆる古い「フリージャズ」の尾をひきずったタイプの即興デュオなのだが、結局、私はこの手のやつが一番好きなようだ。バスクラもいいし、うーん、やっぱりアシーフはいいなあ。本当に、音楽的な兄弟という感じがするふたりの好アルバムである。

「EMBRACING THE VOID」(HOPSCOTCH RECORDS HOP9)
ASSIF TSAHAR AND THE ZOANTHROPIC ORCHESTRA

 アシーフ・ツァハーの意欲的なビッグバンド。ジャズのルーツをはっきり全面に出したビッグバンドなので、その割り切りかたは潔く、聴いていてすがすがしい。メンバーもめちゃ豪華で、ソリストは全員すばらしい。全然聴いたことのない人も、有名どころも、ほんと、いいソロの連続である。有名どころとしては、ピアノのクレイグ・タボーン、バリサクのアレックス・ハーディング、テナーのアーロン・スチュアートなどがおり、彼らのソロはすごくいいが、アルトの人やトロンボーンのふたりなども負けずおとらずの熱いソロを展開。とにかく、一枚まるごと、聴いて飽きることのないアルバム。ゴージャスなアレンジと、連鎖するソロを楽しむといった、いわゆる「ジャズ」的な聴き方でオッケーです。で、肝心のアシーフはというと、ラストの曲で、ビッグバンドがブレイクした瞬間に飛び出す、咆哮というか絶叫というか、「ぎゃおえええっ」という出だしではじまるスクリーミングなど、豪華な共演者のソロに負けるかいという気迫にみちており、ほんと、かっこいいんだから。ベイシーとか聴いてる人でも、楽しく聴けるはずだから、一度聴いてみてほしいです。

「AMERICA」(HOPSCOTCH RECORDS HOP18)
COOPER−MOORE・ASSIF TSAHAR 

 クーパー・ムーアというのはいったい何者なのかよくしらない。たぶん、有名な人(グループ?)なのだろうな。打ち込みとかピアノ、ドラムやディジリドゥといったいろいろな民族楽器を使った演奏にアシーフのテナーが加わる。一曲目は、このアルバムの眼目なのだろうが、ロックである。ボーカルをフィーチャーし、「アメリカよ、おまえはもうとっくに最盛期をすぎとるねん」という歌詞を歌い、アシーフのテナーが遙か後方でオブリガートをつける。たぶん、九月十一日のテロ以降のアメリカの動きに対するアシーフたちの反応のひとつなのだろうが、ニューヨークで生活しているアシーフたちの音楽的回答だと考えると興味深い。でも、その曲をのぞくと、あとはいつものインプロヴィゼイションで、そうなると演奏としてはちょっと弱いかも。アシーフのアルバムのなかでは、私の好みとはいえないが、一種のプロテストとしての意義はあると思う。

「JAM」(HOPSCOTCH RECORDS HOP21)
ASSIF TSAHAR・MAT MANERI・JIM BLACK

 マット・マネリにジム・ブラックというメンバーだと、サックスはトニー・マラビーとかじゃないの? と思ってしまうが、なぜかアシーフなのだ。みんなニューヨーク在住なのだから、おかしくはないけど、何となく、別の派閥のような気がしていた。でも、ジム・ブラックもいつもよりフリーに叩いているような気がするし、アシーフもいつもとはちがった演奏をしているような気もする。ちょっと手探りな印象もあるけど、結局はいつもの音になってしまうんだよな。マット・マネリの変態ヴァイオリンがいい味を出しており、全体として、「ちょっと変わった」感じのアルバム。

「THE LABYRINTH」(HOPSCOTCH RECORDS HOP12)
ASSIF TSAHAR CONDUCTS THE NEW YORK UNDERGROUND ORCHESTRA

 グループ名を見て、おおっ、ゾーンスロピックオーケストラみたいなやつかも、と勝手に期待した私が馬鹿だった。アシーフは作編曲とコンダクションだけで、演奏には参加していないのだ。編成も、サックスを排した、クラシックオーケストラのもので、弦楽器とブラスが主体。つまり、ソロも、ヴァイオリンとかビオラとかクラリネットとかボントロとか……。これは要するに、アシーフの現代音楽的作曲を、形にしようという意図のものなのだろう。アシーフのさまざまなものへのチャレンジはよくわかるが、やっぱり私にはわからん世界のようだ。これはもう好みとしかいいようがないので、すいませんと謝っておきます。

「MA」(HOPSCOTCH RECORDS HOP15)
ASSIF TSAHAR・PETER KOWALD・SUNNY MURRAY LIVE AT THE FUNDACIO JUAN MIRO

 さきごろ、急逝したペーター・コバルトの追悼盤的性格のライブアルバム。タイトルの「MA」というのは「間」のことらしい。ほかにも、「WA」という曲があり、これは「和」のことらしい。漢字だけじゃなく、エジプトの象形文字やくさび形文字みたいなタイトルの曲もあり、いずれも子音+Aで表現される曲名である。全曲、即興だが、サニー・マレイ、ペーター・コバルトという超ベテランふたりに対して、アシーフが「胸を借りる」という感じかなあと思って聴くと、さにあらず、どっちかというと、アシーフが主導権を握って、残りのふたりをひきずり倒しているような印象すらある。ペーター・コバルトはさすがにびしびしとピチカートやアルコでアシーフのブロウに反応するが、サニー・マレイは、これがまあいつものとおりといえばいつものとおりで、よれよれっとした、迫力も技術もない、反応も大雑把だし、なんかあわせてるのかあわせてないのか、それともあわせられないのか……みたいなドラムぶりで、どうしてこのひとが巨匠として、いろんなテナーマンとデュエットをしているのかいつも不思議に思う。ところが、聴き手としての受け取り方とデュオ相手としての感覚はちがうのか、多くの若手サックス奏者が彼との共演を望んでいるように思われる(でないと、あんなにCDは出るまい)。そして、その結果、けっこう傑作ができてしまったりするのだから、フリーミュージックは不思議である。おそらく、サニー・マレイの作り出す「場」みたいなものが、共演者を刺激し、よい演奏をひきだすのだろう。そう考えるよりほかに解釈できない。そういうことはともかく、このアルバムはすばらしい。アシーフは、ベテランふたりを相手にめちゃめちゃかっこいいホンカー、スクリーマー、シャウター(・オブ・フリージャズ)ぶりを示し、自分のもっている全てを開示する。思えばこのアルバムが、私がアシーフ・ツァッハーのプレイに触れたはじめなのだ。何の予備知識もなく、なんとなーく購入して聴いてみて、すっかりファンになってしまったのだった。あのときは、自分がアシーフのライヴに足を運んだり、参加アルバムをやたらめったら購入することになるとは思ってもいなかったが、そう考えると、このアルバムにめぐりあえたのはほんとうにいいことだった。今でも、このアルバムはアシーフのアルバムのなかでは、ハミッド・ドレイクとのデュオと並んで愛聴している。(でも、ドラムがサニー・マレイじゃなかったらなあ……)ほら、そういうことを考えちゃだめだってば。

「AYN LE−ANY」(HOPSCOTCH RECORDS HOP7)
ASSIF TSAHAR SOLO

 アシーフ・ツァハーのソロ。3曲しか入っていない。つまり、長尺の演奏ばかりなのだが、緊張感がとぎれることなく、だれずに聴きとおせる。アシーフは、まず、音色がいい。アーティキュレイションもいい。そして、一般的な意味でのテクニックがある。テクニックをみせることをおそれない(フリー系のサックス奏者は、きちんと吹くこと=フリーでない、と考えているとしか思えない人もいるので)。むやみにスクリームしない。中音域中心に聴かせ、ここぞというときに全身全霊をかけてスクリームする。粗雑な、大味な演奏をせず、はしばしまで気持ちが細かく行き届いている。バスクラもめちゃうまい……といった長所があり、ソロだけに、そういった長所のすべてが出ている。本作は、ペーター・コバルトたちと演った「MA」とほぼ同じときに入手した、つまりはアシーフ初体験にほぼ近いアルバムだったが、これですっかりいかれてしまい、ファンになったのである。そのしばらくあとに来日公演があり、だめ押しされた感がある。また生で聴きたいものだ。

「SHEKHINA」(ELEMITE MTE04)
ASSIF TSAHAR TRIO WITH WILLIAM PARKER & SUSIE IBARRA

 アシーフのかなり初期のアルバムと思われる。ベースはおなじみウィリアム・パーカーだが、ドラムがよれよれのラシッド・アリやサニー・マレイではなくて、奥様のスージー・イバーラなのでかなり期待して聴いたが、期待は裏切られず。今のアシーフは、テナーでのフリージャズ的即興以外にも、数多くのプロジェクトに手を染めていて、多才さを示しているが、このアルバムは彼の原点とでもいうべきピアノレストリオでのストレートアヘッドな「フリージャズ」が聴ける。楽器コントロールでは右に出るもののないアシーフだが、強者をしたがえた長丁場でも、まったく聴き手を飽きさせることなく、右に左に演奏の展開をゆさぶり、ひきずりまわし、高みへとみちびく。これはよほど実力と自信がないとできないことだが、このアルバム録音当時に、すでにアシーフがたいへんな演奏レベルにあったことを示す。これを聴くと、ああ、フリージャズってまだまだいけるやん、と思えてくる。そんな「伝統の力」を感じさせる好アルバムである。

「DEALS,IDEAS & IDEALS」(HOPSCOTCH RECORDS HOP6)
THE TRIO RASHIED ALI−PETER KOWALD−ASSIF TSAHAR

 このトリオが好きなんです。ドラムをサニー・マレイに変えたメンバーでの録音があって、そちらを先に聴いたが、(ドラムに関しては)本作のほうが私には好ましい。アシーフにテナープレイに関しては「うますぎる」という評価もあるようだが、私は二度、ライヴで観たけど、たしかにめちゃめちゃうまい。とくに、絶叫系のプレイをできるだけ抑えて、中音域で勝負するあたりがうまいし、フレージングも非常にテクニカルである。フリージャズとか即興演奏とかいうジャンルでは、この「テクニカル」というのはけっこう嫌われるのだが、ここまでうまかったら十分ではないだろうか。個人的には私の理想にかなり近いタイプのテナーである。そして、ふたりの共演者はこの世界では超大物で、さすがにどっしりとしたプレイでアシーフがいろいろ仕掛けても大人(たいじん)的な対応が多い。しかし、ペーター・コワルトは時折狂気を発し、演奏の主導権を握り、ぐいぐい行く箇所があちこちにあり、そういうときはぞくぞくする。アルコを弾きながらわけのわからないヴォイスを発するあたりは白眉といっていい。ラシッド・アリもペーター・コワルトも故人になってしまったが、こういう演奏はほんとうに宝物のように残りますね。いつまでも聴きつづけたいと思います。たぶんアシーフ・ツァハーのリーダー作なのだが、彼が先達ふたりをたてて、先に名前を出しているように思えるので、一応アシーフの項にいれておきます。

「I GOT IT BAD」(HOPSCOTCH RECORDS HOP45)
ASSIF TSAHAR/TATSUYA NAKATANI

 イスラエル情勢が深刻化をたどる一方の今日この頃だが、ふと、アシーフ・ツァハーは最近なにをしているのだろうと思ってネットで調べたが、あまり情報がない。私はこのひとのテナーを二回、生で聴いたがすごく私の好みのサックス奏者だった。ネットで調べると、アルバムベースでは2020年まで活動が追えたので、元気でやっているのだろう。本作は2016年の吹き込みで、盟友とも言うべき中谷達也とのデュオだが、船戸さんが入ったトリオでの演奏をビッグアップルで聴いた。「カム・サンディ」の続編的なアルバムといえるのだろうか。20曲の演奏が入っていて、エリントンの「アイ・ガット・イット・バッド」をテナーのサブトーンを駆使してフリーに演奏する1曲目を除いて、あとの19曲は全部即興である。フリージャズ的なノイジーな演奏から、フリーリズムのもの、4ビートジャズ的なもの、純粋即興的な演奏、そして、たとえば4曲目のようにメロディの力を強く感じるような即興もあり、パワフルなガチンコあり……とバラエティに富んだ演奏ばかりで飽きることがない。結局、私はテナー〜ドラムという形式が根本的に好きなので、このアルバムでの演奏などはほんとうにいちばん美味しい、直球な感じなのである。中村達也さんがドラマーというよりパーカッショニストと呼ぶべきプレイヤーであることもよくわかる。このふたりが組むとマジで「わかってるね」「あなたもわかってますね」的な深い即興になる。ツァハーはバスクラも吹いている。テナーもバスクラも完璧にコントロールできる、熟練のインプロヴァイザーだ。芯のある音で楽器もよく鳴っており、とても好ましい。サックスとパーカッションという組み合わせによるさまざまな引き出しを堪能できる濃密なデュオ。たいへんな傑作だと思います。