「真夏の旗」（ＭＯＤＥＲＮ ＭＵＳＩＣ Ｐ．Ｓ．Ｆ ＲＥＣＯＲＤＳ ＰＳＦＤ－１７４）
浦邊雅祥
一曲が５０分以上、という長尺のインプロヴィゼイションだが、さまざまな趣向があり、また、テンションもずっと持続しているので、聴いていて飽きることはない。最初、効果音的な音響が流れたり、雑音というか生活音的なものが聞こえたりして、雰囲気がセッティングされたあと、アルトサックスによるきわめてシリアスな即興がはじまる。サクソホンによるソロインプロヴィゼイションといっても、エヴァン・パーカーやカン・テーファンらのような、常に音を鳴らしているようなタイプと、このひとのように「間」を最大限に使ったやり方とは、まさに正反対ともいえるわけで、このひとの演奏からは、阿部薫のソロを強く連想した。「間」と一口に言うが、「間」を作りだすには、演奏中に「無音」部分がたびたび出現することになり、単音楽器のソロなので、無音というのは本当の無音……なーんにも音の状態のことである。観客の欠伸や、トイレのドアが開く音や、グラスが触れあう音、小声のおしゃべり、注文をとる声……などもすべて聞こえてしまう。そういうところで、「無音」を大きく、長くとるのはかなりの勇気がいることで、最近たまに、ライヴでサックスのソロを聴くと、本人は相当長く「間」をあけているつもりでも、やはりビビってしまうのか、すごくせせこましくなって、本人が思っているほど効果があがっていないことがよくある。もっと大胆に、長く無音状態を作りだすべきなのだ。阿部薫の録音を聴くと、なるほど、人前での「演奏」という行為のさなかに、音がない状態をここまで凶悪に作り出したひとはほかにいないな、といつも感心させられる。はっきり言って、世界中のフリー系サックス奏者を俯瞰しても、ここまで徹底して「間」をいかした奏者はいない。というか、彼の後継者すらない状態で、みんな、「間」を埋めよう埋めようとする。後継者という言葉は当たっていないかもしれないが、このひとのソロには、ほかではまったく聴けない、阿部薫のテンションとか神経、美……といったものを感じた。阿部薫もそうだが、本作の主人公浦邊雅祥さんについても、日本という国の、俳句や水墨画と共通するひとつの美というものを強く感じる。ある評には、本作を「ブルース」だとあって、なるほど、そういう言い方もあるなあ、と思ったが、私はどちらかというと、もっと日本風の言い方をしたい。その言葉が今、見つからなくて困っているのだが……。傑作だと思いました。