ben webster

「SOULVILLE」(VERVE RECORDS 23MJ3063)
THE BEN WEBSTER QUINTET

 ベン・ウエブスターの絶頂期を捉えた大傑作。エリントニアンとして名をあげたときにはまだ30歳を超えたところで、本作録音時には48歳。充実しきったテナーが聴ける。この録音の7年後にはベンはアムステルダムやコペンハーゲンに移住してしまう。ベン・ウエブスターは「ビック・ベン」などというあだ名もあるが、「フロッグ」というべつのあだ名が示すとおり、アップテンポの曲になると白目を剥いて、延々とグロウルして濁った音色をひたすら吹きまくる(だからフロッグなのだ)という特徴があり、たぶんに自分で自分の音につられて興奮してしまうのだと思うが、ロックジョウ・デイヴィスやアーチー・シェップはそんなときのベンから大きな影響を受けていると思われる。しかし、ベン・ウエブスターの本領は、グロウルはできるだけ抑えて、か細い音色やサブトーン、ベンド(音程を微妙に持ち上げること。チョーキングみたいなもん?)などを駆使したスローバラードやスローブルースでの「音色」を中心にすえた表現にある。ほかのテナー奏者がフレーズで表現するところを、ベンは「音色」や微妙な音程の変化、音量の変化などで表現できた。正直、グロウルしまくりのベンについては、たとえばイリノイ・ジャケーやアーネット・コブなどのブロウテナーもそういった表現を多用するものの、フレージングのなかに織り交ぜてここぞという強調したいときに音を濁らせるからかっこいい! となるのだが、ひと世代まえのベンは、濁ったら濁りっぱなしでフレーズも単調に陥ることもしばしばである。しかし、本作はぐっと抑制が効いており、もちろん各所でグロウルも使っているが、全体にベンの優しい面がぐっと出ていて、感動的な演奏ばかりである。メンバーもオールスターで、ハーブ・エリス、レイ・ブラウン、オスカー・ピーターソンのトリオに、ドラムにスタン・リーヴィーが入っている。1曲目はかなりスローなブルース(ベンの自作ブルースとあるが、テーマはとくにない)で、ハーブ・エリスのシンプルで絶妙なギターワンコーラスではじまり、ベンのサブトーンがずずっ……と入ってくるあたり、ジャズ喫茶とかで大音量で聴いてたらもう最高である。音数を制限したソロは大男が暖炉の側で昔の話を語っているような雰囲気がある。ピーターソンのコロコロしたバッキングはすばらしいし、途中でリズムが変わるのもいい。とくに盛り上がることもなく、淡々とした演奏だが、ひたすら引きつけられる。ピアノソロもブルーノートを駆使しまくったもので、リーダー作での饒舌さは抑えられていてかっこいい。レイ・ブラウンも美味しいソロ。2曲目もブルースで、こちらはいかにもベンが書きそうな軽快な曲で、ただのリフブルースではなく、耳に残るなかなかの佳曲だと思う。ベンのソロのあと、歌いまくるピアノソロとギターソロを経てもう一度ベンが登場し、ふたたびソロ。今度はかなりグロウルして盛り上げるが最後はクールにテーマを決める。3曲目はお待ちかねのバラードで、サブトーンとベンドを駆使して歌い上げる。見事、としか言いようがない演奏で、めちゃくちゃ感動的である。彼に続くテナー奏者たちは皆、ベンのこういうバラードプレイを聴いて学んだのだ。B面に移りまして、1曲目はかなり遅いミディアム・テンポの「ラヴァー・カムバック・トゥー・ミー」で、ベンはほとんどをサブトーンを使って軽ーくテーマを吹き、オリジナリティのある表現をしていて面白い。ソロに入ると倍テンになるが、ベンのソロはかなり凝ったフレーズで組み立てられており、やはり本作が絶頂期の録音だなあと思った次第。ピアノソロもさらりと流す感じで、ベンを引き立てる。ふたたびテナーがソロをはじめ、サビのあとテンポがもとに戻って終演。2曲目はまたしてもバラードで、つややかでコントロールされたハイノートからはじまるベンのテーマを聴いているだけでひたすらしみじみする。テナーは、フルトーンで鳴らすよりも、この「息の抜き方」が非常にむずかしいのであります。ベンはそういう奏法を使っても音程が正確で、やはりサックスのマスターであることがわかる。サブトーンで吹いて、フレーズ終わりに余った息を「ぶはっ」と吐くところなども露骨に録音されていて本当にリアルでよい。ソロの歌い上げも満点。3曲目はゆったりしたミディアムの歌もの。テーマのサビはピアノが弾く。さういうテンポの曲をずっとサブトーンで吹く、というのはすごくむずかしいと思うがベンはさらりとやってのける。本当にサブトーンの魔法使いのようだ。ラストの4曲目「イル・ウインド」もバラードで、ベンはひたすらサブトーンで吹く。この音色を聴いてるだけでも楽しいのだ。というわけで、傑作だと思うが、ヴァーヴには有名な「アート・テイタム・アンド・ベン・ウエブスター・カルテット」もあるけど、「ベン・ウエブスター・ミーツ・ジ・オスカー・ピーターソン・トリオ」という同じようなメンバーの傑作があって、そちらも本当にすばらしいです。

「LIVE IN EUROPE VOLUME ONE」(AFFINITY RJL−3005)
BEN WEBSTER

 69年のライヴ。64年にヨーロッパに移住したベン・ウエブスターは、最初オランダのアムステルダムに居を構えていたが、69年5月にデンマークのコペンハーゲンに移っている。本作はデンマークに移って約半年後の69年10月のライヴ。それにしても、アメリカのカンザスシティで生まれ育ち、あのベニー・モートン楽団などで演奏したあと、デューク・エリントンに入り、そののちはJATPをはじめとする超一流のバンド〜セッションを渡り歩いてきたジャズテナーの創始者のひとりが、ヨーロッパに移住し、そこで亡くなる……というのはなんとも、ひとりの人間の人生というものの波乱万丈を思わざるをえない。そこには当然、当時のアメリカの人種問題なども背景にはあるわけで、このアルバムを聴くと、そういったもろもろのことを考えざるを得ないのである。第一集は選曲が異常で、それが私がこのアルバムを学生のころに買った理由なのだが、ホーキンスやレスターとともにジャズテナーの創始者のひとりであるベンが、なんと「ワーク・ソング」「ザ・プリーチャー」「ストレート・ノー・チェイサー」といったモダンジャズのバリバリの曲をやっているのだ。これは聴きたくありますよね。というわけで聴いてみたのだが、選曲以外にもかなりけったいな演奏なのである。ライヴなのだが、ピアノがふたりいる。ひとりはこの時期のヨーロッパ録音ではおなじみのケニー・ドリューだが、もうひとりフラウス・ウェリンガというひとがいて、同時にピアノを弾いている。どうやらベンはウェリンガにオファーしてあったのを忘れて、ドリューにもオファーしたらしく、さいわいにもピアノが二台あったので同時にふたりがピアノを弾くという前代未聞の演奏になったらしい。そんなこんなでそうとうどさくさだが、聴いてみた感じはまあまあちゃんとしているうえ、ピアノがふたりいることが面白い効果を生み出しているのだから、ジャズというのはわからんもんですね。1曲目の「ジョン・ブラウンズ・バディ」というのは「リパブリック賛歌」であり「おたまじゃくしは蛙の子」であり「ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいた」であり「カメラとビデオはエキサイト」であり……という曲。ベンは余裕たっぷりのテーマを吹いたあと、それを崩すように軽いノリでソロを吹く。ピアノソロがふたりいる、というのはなかなか面白いもんですね。ニールス・ペデルセンのベースソロはすばらしいの一言。ふたたびベンのソロからテーマをぐちゃっとしたノリのサブトーンで吹き、エンディング。不思議な美意識である。2曲目はなんと「ワーク・ソング」。どういう経緯で演奏することになったのかわからないが、とにかくキャノンボールの「ワーク・ソング」があのベン・ウエブスターによって69年の北欧の地で演奏され、こうしして録音として残ったのである。テーマのあとドリューのかっこいいピアノソロに続いてベンのテナーが登場するが、正直言って、なんの違和感もない、「ワーク・ソング」のひとつのバージョンになっていてすばらしい。グロウルを交えてかなりシンプルな表現に終始するが、ちゃんとベン・ウエブスターの「ワーク・ソング」になっている。そのあとウェリンガの端正にスウィングするピアノ(とそれをバッキングするドリュー!)、若干23歳ぐらいのペデルセンの堂々たるベースソロがフィーチュアされ、ふたりのピアノのバトル(!)がガンガンと繰り広げられる。正直、「ベン・ウエブスターはどこ行ったんや!」的な展開だが、まあ、いいんじゃないでしょうか。ラストテーマはふたりのピアノが掛け合いで演奏し、ベンは出てこないのだ! B面に行って、1曲目はあのホレス・シルヴァーの「プリーチャー」で、うーん、意表を突く選曲ではあるが、なんとなくベン・ウエブスターに向いているような気もするなあ、というわけでどうしても聴きたくなったのである。テーマの吹き方がまさに「ベン・ウエブスターのプリーチャー」になっていてすばらしい。ウェリンガのキラキラした感じのソロのあと、ベンの重厚なテナーがどっしりとしたソロを吹く。ときどきグロウルをまじえて、テーマからそれほどはなれず、音色とノリで持っていくあたりはまさにベンの世界で、素材は関係なく自分の色に塗ってしまうグレイトな個性を持ったひとだと再確認。ドリューのソロもめちゃくちゃウェリンガに負けず劣らずテクニックを見せつけるうえスウィンガーですごい。ペデルセンのソロのあとふたたびベンのテナーが何十年もまえのジャズシーンに聴衆を連れ戻す。ラストは「ストレート・ノー・チェイサー」で、おおっ、ベン・ウエブスターがモンクを! と驚いたが、あのトリッキーなテーマをどう吹くのだろう、と興味津々でいると、なななんと、たいがいかなりのアップテンポで演奏されるこの曲をゆっくりしたミディアムテンポで、しかも、テーマをサブトーンで吹く、という暴挙(?)に出た。いやー、やるなあ、ベン・ウエブスター。ピアノソロに続いてドナルド・マッカイアーのドラムソロ、そしてまたピアノソロ……最後は例によってふたたびベン登場でしめくくられる。中身はフツーのブルースで、なんでこのテーマを選んだのか、という疑問百出だが、それを言うと、このアルバムに収められている4曲ともそうなのかもしれない。別々のピアニストによるピアノソロが各曲にある、という構成も不思議だし、なんだかわけがわからない演奏なのだが、ジャズという音楽はこういうのも許容してしまう。ヘンテコなアルバム。なお、第二集のほうは全編これエリントナンバーで固めた内容で、本作とは真逆のスウィングジャズに徹した作品になっているのも面白い。