「THE WILD MAGNOLIAS」(POLYDOR POCP−2317)
THEWILD MAGNOLIAS
興味はあるのに聴いたことがないバンドというものがあって、ニューオリンズ系はけっう好きなのに、なぜかこのワイルド・マグノリアスは聴いたことがなかった。おもしろそうだなー、とは思ってたんですよ。でも、機会がなくて。今回、デビューアルバムが再発されたのを機会に聴いてみた。コール・アンド・レスポンスを中心にした、シンプルでファンキーでかっこいい音楽だということは予備知識としてあったが、いやはや、シンプルにもほどがある。たしかにコール・アンド・レスポンスで、かっこいいのだが、ずーーーーーーーーーーーーーーーーっとそればっかりだ。これは鑑賞音楽ではないな。踊るための音楽だ。そんなことあたりまえというかもしれないが、よいダンスミュージックはよい鑑賞音楽でもあるのが普通だが、このバンドはそういう面をあっさり捨てて、ひたすらダンス音楽に徹しているようだ。聴いているととにかく身体が動き出す。コール・アンド・レスポンスというものの内包する原始の力というか人間の根源的なものが刺激される音楽である。いやはや、野蛮といやあこれほど野蛮なスタイルもないですな。
「THEY CALL US WILD」(UNIVERSAL MUSIC FRANCE SSC 3068)
THE WILD MAGNOLIAS
ワイルド・マグノリアスの一作目「ザ・ワイルド・マグノリアス」と二作目「ゼイ・コール・アス・ワイルド」をカップリングした二枚組。1枚目は死ぬほど聴き倒したアルバムで、ニューオリンズインディアンのプリミティヴなコールアンドレスポンスが主体のファンクであり、よくできた作品で、聴けば聴くほど楽しくなる。これはすでにレヴューしたので簡単に取り上げるが、ボコーダー(トークボックス?)の扱いが上手くていい感じ。めちゃくちゃ昔にはじめて聞いたときは、このコールアンドレスポンスのひたすらの繰り返しがあまりにヘヴィーというか重量級なのがしんどくて、どうもピンと来なかったが、だんだん慣れてくるとそれが快感になり、すごく好きになっていった。今では神棚に祀り上げている(嘘)。サックスのアール・タービントンがすばらしすぎる(ソプラノ、アルト、バスクラ……全部上手い)。ギターはスヌークス・イーグリンで本当になにをやらせても最高である。ウィリー・ティー(タービントンの弟でもある)やジュリアス・ファーマー(本作成功の鍵でしょう!)のファンクネスにあふれたプレイもかっこいい。「聖者の行進」はドファンク仕立てになっていて、ほぼ原形をとどめていないが(最後にパーカッションだけをバックにみんなで原曲を歌うのもかっこいい)、「ここまでやるか」的なこの思い切りのよさもすばらしいですね(途中、アルトとソプラノの掛け合いみたいにサックスが二本聞こえるのはオーバーダブか?)。ジャンプブルースのような楽しいリズムとメロの曲もあって、デイヴ・バーソロミューを連想したりする。濃密すぎるぐらい濃密な曲ばかりが並ぶが、このリズムの饗宴に心も魂も肉体も持っていかれて、「ふわー」となっているあいだにどんどん曲が進む。だいたいリードボーカルとコーラスがシンプルで跳ねまくる独特のリズムに乗って、短いリフを交互に繰り返す、というだけのスタイルが多いが、本来はそれだけのものだったのだろうが、そこにブチブチのベースとギターのファンクなカッティング、キーボードなどが加わって、「ちょっとしたリフ」を怒涛のファンクの洪水に仕立てている。オーケストラのような凄まじいこの「音楽」のこのプリミティヴさは、伝統を大事にする派も新しいものを求める派も同時に満足させただろうと思う。11曲目にドクター・ジョンでおなじみの「アイコ・アイコ」が入っているが、跳ねる感じの4ビートで楽しい仕上がりである。でも、じつはベースもギターもピアノもいないのに超絶ポップな9曲目こそが「アイコ・アイコ」っぽいメロディーラインだと思う。
二枚目は、ギターがギター・ジューン、ベースがアーヴィン・チャールズに変わったが、だいたい一枚目のメンバーが踏襲されている。ファンク度は一枚目を上回っていて、徹底している。アール・タービントンのサックス、ウィリー・ティー(ほとんどの作曲者がウィルソン・タービントンとなっているがこれはティーのことなので、単なるゲストミュージシャンではなく、このバンドの中核であることを示している)のキーボード、ウガンダ・ロバーツのコンガもますます冴えわたり、まったく言うことなしの曲ばかりが詰まっている。聴いていると、あー、ニューオリンズに行ってみたいなあと思う。それは変な言い方だが「望郷の念」と言ってもいい(だいぶまえにニューオリンズを舞台にした小説を書いたことがあるが、そのときしょっちゅうニューオリンズに行っている知人に「へえー、ニューオリンズに行ったんか」と言われて、「地球の歩き方」を読んで書いた、と言ったら、君が書いてるとおりやで、とびっくりしておりましたが。見てきたような嘘をつき……ということですね)。軽快でビューンとぶっ飛ばすものから、ドファンキーに決めまくる曲、重厚で聴き手の腹にずしんずしんとくる曲、ひたすらコール・アンド・レスポンスだけで激しく攻撃してくる曲、ラップ……というのかプリーチャーの説教のような曲などいろいろだが、共通しているのは「ファンク」でしかもそのリズムが「ニューオリンズ」であることだ。この、8ビート、16ビートの跳ね方は、ニューオリンズのジャズ、ブルース、R&B、ブラスバンド……すべてに共通していて、とにかく癖になる。こういう音楽は、新しいかどうかより、とにかくそのファンクさが凄ければ「勝ち」なのだが、本作はファンクが凄いうえ、新しくて、そのうえ「古い」という鬼に金棒を何本も渡したような出来映えなのである。一枚目とともに歴史に残る傑作だと思う(ニューオリンズの音楽にまるで詳しくない私が断言するのもどうかと思うが、断言するのである)。ここからは冗談だと思っていただいてもいいが、ワイルド・マグノリアスの音楽を聴いて、私が思うのは義太夫である。このコール・アンド・レスポンスでなりたっているファンクは基本的に音程が一定である。複雑なメロディラインはなくて、どちらかいうとひとつの音程だけで押し通すような感じの曲が多い。これが、太棹の三味線でデーンデーンデンデン……と低い音のリズムが続くうえで太夫の迫力ある語りが乗る義太夫節に同じものを感じる、と言ったアホと言われるだろうか。どちらもめちゃくちゃかっこいい。まさか日本の文楽がニューオリンズファンクに影響を……(ないない)。
「30 YEARS..AND STILL WILD!」(AIM TRADING GROUP AIM 5012 CD)
BO DOLLIS & THE WILD MAGNOLIAS
ボー・ドリスとワイルド・マグノリアスの30周年を祝うコンピレーション。出たのは2002年で、ドリスが亡くなったのは2015年なので非常に充実した、力のこもったアルバムになっている。マグノリアスの歴史を振り返るような音源に加えて、6曲の新録が入っている。それは本作が出た当時のマグノリアスのレギュラーメンバーによる演奏で、山岸潤史が参加しているバリバリのライヴバンドとしてのマグノリアスが聞ける。サックスはドナルド・ハリソン(トライブのチーフのひとりでもある)で、(ドクター・ジョンとの共演作などでも痛烈に感じることだが)ジャズをやってるときのハリソンとは別人のように生き生きしている。その他は過去の音源で、もちろんこれもめちゃくちゃ凄い。ベースもピアノもギターもない、パーカッションとコーラスとリードボーカルの掛け合いによる「ファイル・イーグルス・インディアン・プラクティス」などは「世界の民族音楽」みたいなアルバムに収録されていてもおかしくないが、ここからドファンクの現代の音楽へのふり幅が凄いのである。リハーサル的な音源も収録されているのもいいなー。そういう意味では8曲目のおなじみ「ハンダ・ワンダ」のパーカッションとボーカルだけのリハバージョンがプリミティヴな感じですばらしい。そのつぎに収録されている本番テイク(ニューオリンズのクレッセント・シティでのライヴとポリドールのほんちゃんのセッションの二曲)ももちろんいいのだが、リハーサルセッションとの違い(洗練されたファンクさ)に驚きますね。かっこええ限りです。