mars williams

「alp138cd」(ATAVISTIC ALP138CD)
XMARSX

 本来はXMARSXというバンドのアルバムだが、この名称はMARSの両端にXをつけたものだから、マーズ・ウィリアムズのリーダーバンドだろう。このタイトルも、タイトルなのかCDナンバーなのかよくわからないし、9曲入っている(でも、実はあれがあれなのでほんとは……)が、曲名もちゃんと書いてないし、録音年月日もなく、ええかげんにもほどがある。だが、中身は最高である。「かっこええ」それ以上、このアルバムに言うべきことが何があろうか。とにかくかっこええの一言。曲よし、アレンジよし、ソロよし。何度でも聴きたくなる。そもそもマーズ・ウィリアムスは、アルトの人だと私は思っている。ジャズ批評の別冊では、テナーサックスの項に入れられていたが、ヴァンダーマークがテナーを主奏楽器としているのに対し、マーズはアルトが主奏楽器だと私は勝手に思っている(もちろん、テナーもアルト吹きの持ち替え的なレベルではなく、テナーらしい良い音をしているけど)。たとえば、ブロッツマン・オクテットで、「おっ、ええアルトソロやな」と耳をそばだてさせるのは、かならずマーズのプレイだし、このアルバムでも、坂田明をほうふつとさせる太い音での小刻みな狂騒的フリーソロをはじめ、濁った高音部での泣き叫ぶような演奏、めちゃめちゃ難しい曲をびしばしに吹ききるテクニックなどを見せつけてくれる。ヴァンダーマークの陰に隠れているような印象なきにしもあらずだが(私が知らないだけで、そうでもないのかもしれないが)もっともっとリーダーアルバムをばこばこ出してほしい。応援してるからねっ。

「BEJAZZO GETS A FACELIFT」(ATAVISTIC ALP73CD)
NRG ENSEMBLE

 ハル・ラッセルが亡くなったあと、NRGアンサンブルを引き継いだのがヴァンダーマークとマーズ・ウィリアムスだが、このアルバムはプロデュースもマーズ・ウィリアムスだし、ミックスも彼がやってるので、一応、マーズ・ウィリアムスの項に入れた。内容だが、はっきり言って最高である。メンバーは「いつもの」メンバー。ベースにケント・ケッスラーとブライアン・サンドストローム、ドラムにスティーヴ・ハント。サンドストロームはえげつないエレキギターやトランペットも演奏しているし、スティーヴ・ハントはビブラフォンの秀逸なソロもしている。しかし、やはり耳がいくのは、マーズとヴァンダーマークの吹きあいである。いやはやなんとも凄まじいです。マーズは、とにかくめちゃめちゃ鳴りまくりのアルトソロがいちばんいいし、ヴァンダーマークはテナーの血が出そうなほどの絶叫が聞きものではあるが、前者のソプラノもいい味だし、後者のクラリネットもかっこいい。ハル・ラッセルがいた頃は、何というか、もっとラフで、いい意味でいい加減な感じがあったが、このアルバムはよりいっそうコンポジションと即興の融合がはかられ、「バンド」としての成立が明確になっている感じ。どっちがいいとはいえないが、このアルバムは、ヴァンダーマーク5に近いように思う。でも、その「作曲」がどれもかっこいいし、ソロは超一級品だし、いうことありましぇん。とくに、マーズ・ウィリアムスの「ぶっちぎっていく」ような凄まじいアルトは、何度聞いても興奮する。マーズファンは絶対買うべし。

「THIS IS MY HOUSE」(P−VINE RECORDS PCD−4945)
NRG ENSEMBLE

 ハル・ラッセル亡きあとのNRGアンサンブルの作品。新譜だが、梅田の某レコード店で、800円で投げ売りされていた。くやしいなあ、こんなすばらしいアルバムがそんな扱いを受けるなんて。それはさておき、中身はいつものごときであって、息もつかせぬフリージャズ音絵巻が展開する60分である。NRGアンサンブルは、作曲と即興のかみ合いのバランスがすばらしくて、これがもうちょっと作曲に比重がかかるとヴァンダーマーク5になり、即興に比重がかかると、DKVトリオになる……というのは乱暴な分析だが、そう言いたくもなるほど、絶妙のバランスなのだ。また、曲がどれもよくて、マーズ・ウィリアムズの曲はファンク的ともいえるほどのかっこいいリフ曲が多く、ヴァンダーマークの曲はキャッチーだが変態で、そういった曲の配置のバランスもうまくとれている。今、このバンドがどうなっているのかわからないが、皆、それぞれの活動で忙しくて、開店休業状態ではないだろうか。それとも解散したのか。とにかくシカゴの当時の新鮮な音が目一杯つまったアルバム。ぶりぶりいいまくるヴァンダーマークとマーズのサックスを聞いているだけで、昇天します。かっちょええで。なお、原盤はデルマーク。

「WITCHES & DEVILS AT THE EMPTY BOTTLE」
WITCHES & DEVILS

 マーズ・ウィリアムズとヴァンダーマークが、アイラーゆかりの曲を演奏したライブ盤。とにかくやかましい。二曲目のサックスふたりだけになるところなど、フラジオでピーーーーーーーーーーーーーーッ、と言い倒して、耳をふさぎたくなるほど。それ以外のところも、ぎゃおーっ、ぐえーっ、があーっとキングコング対ゴジラみたいなもんで、凄まじいったらありゃしない。しかし、ふたりとも根本的なところで楽器が鳴りまくっているので、いくら音色を濁らせても、それはひたすら快感に昇華していくのである。しかも、めちゃめちゃ馬鹿テクなので、ぐちゃぐちゃのフリージャズをやっても、要所要所に(たとえばテーマ部分。4曲目「ベルズ」のテーマの歯切れの良さを聴け)そういった「うまさ」がいやみなくでてきて、これまた快感。バックは、ドラムにスティーヴ・ハント、ベースにケント・ケッスラーというNRGアンサンブル組、キーボードがジム・ベイカーと手堅いが、チェロのフレンド・ロンバーグホルムズがなんともアイラーっぽさをあおる。だが、なんといってもアイラー的なのは、フロントのサックスふたりの吹き方、つまりヴァイブレイションである。これさえあれば、たとえどんな曲をやっても、アイラーなのだ。アイラーってつまりは、「サックスの吹き方」なんじゃないかな。アイラーがやりたかったことって、結局、サキソホンに息を強く吹き込み、そこから出てくるヴァイブレイションを通して、原始的な「管楽器を吹き鳴らす喜び」みたいなものを伝える……それにつきるんじゃないかな。それを前面に押し出すために、ああいう素朴なテーマも、ピアノレスの編成も何もかもあったんじゃないかな。そして、管楽器に強く息を入れて吹き鳴らすことで、精霊や天使や幽霊や宇宙と交感しようとしていたんじゃないかな。それは、あの時代だからどうとかじゃなくて、現代の我々にもできることじゃないかな。それが、アイラーの音楽が未だに黒人白人黄色人種を問わず、継承され、演奏されている理由じゃないかな。……というようなことを、この演奏を通して考えたりした。けどなあ……もうちょっと録音が(とくにサックスが前面に出てきてほしかった)よかったら、ジャズ史に残る名盤になっていたかもしれないのに残念だ(どんなジャズ史やねん)。この盤では、マーズもヴァンダーマークもテナーを主として吹いているので、ほんと聞き分けられないわ。なお、ライナーを読むと、マーズ・ウィリアムズが主体となったプロジェクトのようなので、マーズの項にいれた。

「HOOFBEATS OF THE SNORTING SWINE」(EIGHTH DAY MUSIC EDM80001)
CINGHIALE

 NRGアンサンブルでも、初期ヴァンダーマーク5でも、ウィッチズ・アンド・デヴィルズでも、ブロッツマン・シカゴ・テンテットでも共演しているヴァンダーマークとマーズ・ウィリアムズのふたりが、リズムセクションを廃し、たったふたりだけでやっているアルバム。サックスデュエットのみのアルバムである。某レコード店で買ったときは、ポップに「ふたりだけなのに、やかましいったらありゃしない」というような意味のことが書いてあったように記憶しているし、それが先入観となって、きっとふたりでピーピーギャーギャーと、「ウィッチズ・アンド・デヴィルズ」のふたりだけになるときみたいにフラジオでわめき散らしているのだろうなあ、楽しみだ……と思って聴いてみると、なななななんと、全然ちがうのだ。つまり、サックスデュオ用にきちんとアレンジされた複雑なテーマを、ふたりが超バカテクでばっちりあわし、そのあとはひとりがベースラインを担当し、ひとりが吹きまくる、そして、リフをやり、後テーマもばっちり合わせる……といった、超絶技巧披露系のアルバムだったのだ。いやはや、しかし、私もいろいろこのふたりの演奏を聴いてきたが、こんなに「ちゃんと」吹ける人たちだったとは、とおそれいりやの鬼子母神。ほんま、めちゃめちゃうまいねんなあ。びっくりしました。このアルバムから連想されるのは、ワールド・サキソホン・カルテットとかローヴァのようなフリージャズとかインプロヴァイズド系ではなく、たとえばスーパーサックスとか24thストリートサックスカルテットなどである。むずかしいテーマをビタッと吹ききる快感、みたいなものがびしびし伝わってくる。編成は変だが、もしかしたら、このふたりの代表作といえるかもしれないアルバムだ。こんなマイナーな扱いではなく、もっと大々的にジャズジャーナリズムがとりあげれば、話題になったと思うんだけどなあ。たとえ、ヴァンダーマークをはじめて聴く、という人にでもおすすめできる、ものすごくちゃんとしたアルバム。完全に対等の立場のアルバムだと思うが、一応、マーズ・ウィリアムズの項に入れておきます。

「LIQUID SOUL」(ARK21 RECORDS 186 810 054 2)
LIQUID SOUL

 マーズ・ウィリアムズがリーダー格のファンクジャズバンド。リズムセクションはヘヴィーだし、テナーとトランペットのフロントもドスがきいててめさめさかっこいい。DJもフィーチュアされていて、ラップとターンテーブルが効果をあげている。最後のほうの曲で、冒頭いきなり「ゴジラ! メガロをやっつけろ!」という声とゴジラの咆哮が流れてきたときにはびっくらこいた。オリジナル以外に、いわゆるジャズの名曲をファンクアレンジにして……ということをやっていて、それはそれですごくかっこいいのだが、そういう試みをするということ自体がジャズとこのグループの距離感をあらわしている。つまり、「やっぱりジャズの人たちなのね」という感じ。マーズのテナーソロはとにかくぶりぶりで、まるでアーニー・ワッツ(あまりいいたとえを思いつかないけど)。でも、マーズにはもっと爆発してほしいというのはこっちの勝手な考えですが。ライブならきっとぐちゃぐちゃに吹きまくるのだろうなあと思ったら、このアルバムはライブ音源もけっこう入っていて、それらにおいてもテナーソロは短めで、ぴしっと終わっていることを考えると、そもそものコンセプトに「フリーにしない」というのがあるのかも。でも、ときおりみせる咆哮はやはりマーズ・ウィリアムズならでは。曲はどれもすばらしいし、アレンジもいい。地に足のついた、度迫力ファンクバンドとして、ユナイテッド・ソウル・ホーンズのファンのかたにも推薦します。

「HERE’S THE DEAL」(SHANACHIE 5065)
LIQUID SOUL

マーズ・ウィリアムズ率いるジャズ・ファンクバンド「リキッド・ソウル」の二枚目か三枚目だと思う。ライブ盤だが、めちゃめちゃクオリティは高い。一枚目とは、トランペットとベース以外メンバー総入れ替えで、このグループが、マーズとラッパのロン・ヘインズがそのときどきにリズムセクションを雇っているのだなあと思わせる。とにかくかっこよすぎる。ブレッカーブラザーズをもっと下品にした感じだが、演奏の質はブレッカーブラザーズとタメをはるし、曲もブレッカーブラザーズ的な変態ファンク曲もある。女性ボーカルをフィーチャーしたボーカル曲が二曲ほど(女性ボーカルのひと、めちゃヤラシイ感じで最高)とラップの入った曲などもあり、ターンテーブルがスクラッチしている曲もあるが、全体としては、やっぱり「ちょっと下品なブレッカーブラザーズ」みたいな感じ(あるいはユナイテッド・ソウル・ホーンズ)聴いていて、ものすごく生理的快感がある。マーズ・ウィリアムズのごりごりのテナーは、ホンカー的なところもあり、あまりにうまくて、しかも、当を得た短いソロでぶっちぎる。トロンボーンのひとは、名前は聞いたことないけど、もうめちゃくちゃうまいっす。ああ、もうすてき……。でも……でもでもでも、あまりに「普通」なのだ、このバンドは。うまくて、かっこよくて、曲もよくて、何もいうことはないけど、一言だけ言わせてくれえっ。普通だ普通だあまりにも普通すぎるっ。普通にかっこよく、普通にグルーヴし、普通にファンクなのだ。これって……私が聴くべき音楽なのでしょうか。

「CALLING ALL MOTHERS」(QUINNAH Q05)
NRG ENSEMBLE

 うひょーっ! かっこいいっ。とにかく、テーマを聴いてるだけであまりにかっこよくて昇天しそうなほど。それに、ヴァンダーマークとマーズの凄まじいソロの応酬がくわわるのだから、もう、このアルバムは私にとってツボ中のツボ。しかし、このふたりがギャオーッ、ギョエッー、グワーというフリークトーンを吹きまくっているときはあまり気づかないのだが、まともにテーマを吹いたり、ちゃんとしたソロをしたりしていると、とにかくめちゃめちゃテクニックあるなあと感心する。とくにマーズ・ウィリアムズはごくふつうの意味でテクニシャンであり、びっくりするぐらいうまいし、音もいい。こんなすごいバンドが、好事家以外にはほとんど知られていないというのは情けないにもほどがある。ハル・ラッセル亡きなとのNRGアンサンブルの作品が何枚あるのかは知らないが、私が聴いたやつはどれもこれも最高なので、誰にでもおすすめできる。最近、マーズはヴァンダーマークとはやっていないように思えるが、また、この黄金のコンビを復活させてほしいものだ。あと新作も出すよーにね。

「ONE TWO PUNCH」(SOUL WHAT RECORDS TELARK CD−83633)
LIQUID SOUL

 あいかわらずめちゃめちゃかっこいい。けどなあ……。現代風にラップやDJをフィーチュアしたりしてはいるが、ようするにかなり古いタイプのインストR&B〜ファンクバンドである「リキッド・ソウル」の5枚目。5枚目ということは、かなり人気があるのか。私は二枚聴いて、それなりに楽しみはしたが、同時に、もうええわ、と思った。でも、なにしろマーズ・ウィリアムズの近況はこのバンドでしかわからんので、しかたなく(?)最新作であるこの盤を購入。さっそく聴いてみた。いつもどおりの音で安心するといえば安心する。曲はキャッチー、最新のテクノロジーも取り入れ、随所に斬新なアイデアももりこまれているし、マーズやトランペットのソロはバカテクで最高だし、サウンドもファンキーではじけてて、まったりしたところもあり、ある意味「昔なつかしい」ほっとするようなところもあり、いつもどおりのお約束というか、ジャズのファンク化したチューンもあり、楽しめるといえば楽しめるのだが、結局は……私がマーズに期待するのはこういうものではない。XMARSXはどうなったのだ。最近はブロッツマン・シカゴ・テンテットにも参加していないし、フリーミュージックシーンでなにをやってるのか、少なくともその手の世界にうとい私のところまでは動向が伝わってこない。NRGアンサンブルやヴァンダーマーク5で見せたような、あの凄まじいブロウを聴かせてほしいじゃないですか。がんばれ、マーズ。もう「リキッド・ソウル」はええから(次は買わんで)、フリージャズをお願いします。

「SWITCHBACK」(MULTIKULTI PROJECT MP1028)
SWITCHBACK

 マーズ・ウィリアムズが、ヴァンダーマークのリゾナンスアンサンブルやフリーリードなどでおなじみのWACLAW ZIMPEL(ヴァツワフ・ジンペルと発音するらしい)らと結成した新プロジェクト。ベースがなんとヒルヤード・グリーン。つまり、ポーランド〜シカゴ混合バンドなのだ。印象としては、4人ががっぷり組んで、それぞれの持ち味を徹底的に発揮したグループという感じで、マーズの最近の演奏にときどきある「もっとガンガン吹いてくれよ」という物足りなさとは無縁だ。とにかく「たっぷり」である。おそらく全部即興だと思うが、あまりにレベルが高くて、譜面やコンダクションがあるのではないかと思ってしまうほど。一曲目いきなり激しいリズムでジンペルの(たぶん)アルトクラリネットとマーズのサックスが暴れ、そのあと、ジンペルのソロ→ふたりで暴れる→マーズのソロ→ふたり同時のコレクティヴインプロヴィゼイション……という展開になるが、モードによる、仕掛けのない豪快な演奏。ベースとドラムも緩急をつけて応じている。こういうガッツのある演奏はほんとに楽しい。20分を超える2曲目はマーズのソプラノで始まる。なんという魅力的なサックスだろう。このひと、ソプラノもほんとうまいよね。フリーキーだが、タンギングやハーモニクスなどのテクニックをぶちこんでいる。そこにジンペル登場し、彼のこれまたすばらしいアルトクラソロになる。しかし、このバンドは「だれだれのソロパート」という風にきっちり割り振られておらず、ひとりが吹いているときも、もうひとりがからんだりする。途中からマーズが分け入ってきて、四人による強力な即興。ああ、快感。かっこいい。たぶん譜面はないのだと思うが、そのあといろいろな場面がつぎつぎとあらわれ、そのたびにガンガン盛り上がってしまう。いやー、これは凄いわ。もうこのバンドに惚れた。ベースソロのところも、ユーモアがあって、ユニークで、ちょっとなかなかこうはいきまへんで。ジンペルのつややかな音色でのゆったりとしたソロも味わい深い。上手いよねー。そこにマーズのカリンバがからんでくる。ベースがパターンを弾きはじめ、クラリネットが民族音楽的というかラプソディックというか、そういうフレーズで乗っかっていき、そのうち激烈なブロウになる。それにマーズのソプラニーノ(?)がからんでくるが、いやー、ニーノも上手いなあ。このひとはなにを吹かせてもしっかり鳴ってるし、音程もいいし、根本的なところでの上手さはフリージャズ界トップクラスかも。マーズがソプラニーノを吹きまくる展開になり、ビートがなくなって混沌とするなか、とんでもない世界が広がっていく。ソプラニーノもこれぐらいちゃんと吹いてくれればいいんですが、あのひととかあのひととか。いやー、20分間のめくるめくドラマでした。聴きごたえ十分。3曲目は、アルコベースとクラリネットによるバラード風の即興で幕を開ける。そこにマーズのサックスがからみ、だんだんと熱くなっていく。途中、2本の管楽器だけになったりして見せ場も多い。最後は激烈な集団即興になって、マーズがガリガリ吹きまくったあげく、なんだか妙なアルペジオを吹きだし、それにジンペルが合わせて、わはははは……と聴いていて笑ってしまうような展開になってエンディング。おもろっ! ラストの4曲目は変態的なアルコベースではじまり、それがマレットによるドラムソロへと受け継がれる。そこからアップテンポのリズムに乗って、ジンペルのクラリネットが炸裂する。この圧倒的な表現力。そのあとマーズのフルートというか「笛」の無伴奏ソロになる。お祭りで売ってる鳥笛みたいな素朴な音。全員で、その雰囲気を受け継いでエンディング。いやー、これは楽しいアルバムでした。二枚目、三枚目もぜひぜひ。だれがリーダーというわけでもないのかもしれないが、一応便宜的に、いちばん最初に名前の出ているマーズ・ウィリアムズの項に入れておく。なお、ジンペルが使っているアルゴザというのは二本の竹製フルート(木製のもあるらしい)を同時にくわえて、一本はサーキュラーてドローンを鳴らし、もう一本でメロディを吹くというものだそうだ。

「LIVE IN UKRAINE」(MULTIKULTI PROJECT MP1035)
SWITCHBACK

 心待ちにしていたスウィッチバックの新作。アメリカ(マーズとヒリアード・グリーン)、ポーランド(ジンペル)、クーゲル(ドイツ)というワールドワイドなグループで、しょっちゅう共演したり、リハをしたりすることはできないと想像するのだが、4人のコラボレーションはものすごく緊密である。1曲目は17分ほどもあるが、あまりに面白いのであっというま。マーズ・ウィリアムスはアルトサックスを吹いている(と思う)。完全即興だと思うが、じつにかっこいい瞬間の連続で、まえもって決めてあったとしか思えないリフが登場したり、ドライヴ感といい、掛け合いといい、聴き手はこの4人に完全に翻弄される。場面もどんどん変わっていき(その変わり際が面白いのだが)、飽きさせない。全体を通してフリーリズムの集団即興……みたいなぐちゃぐちゃっとしたところが少なく、どこかに必ずビートが感じられるので聴きやすいのだと思う。2曲目はマーズがテナーでいきなり吹きはじめる。ジャズっぽい4ビートだが、こういうところも事前に決めていないのかな? あいかわらず太い、しっかりした音だが、内ジャケットの写真を見るとテナーはアジャストトーンのマウピを使っている。ええ音やなー。つづくジンペルのソロは、同じテンポなのだがベースがコードチェンジのないラインを弾いており、めちゃくちゃかっこいい。このひとは本当に上手い。クラリネットが絶叫している。そのあと全員が爆発したあと、ドラムソロになる。そしてベースがラインを弾いているときにサックスやクラリネットのリフが入るのだが、これは打ち合わせがあるのか? いろいろ不思議だ。そして、2ビートになって、のんしゃらんな雰囲気からジャズっぽいリズムで、テナーとクラリネットの8バースのような展開になる。そして、シンプルかつパワフルなリフに雪崩れ込み、ぐちゃぐちゃになって全員大暴れ……という場面で大盛り上がりしてから、ゆったりと静謐なエンディング。3曲目は、クラリネットとアルコベース(?)の静かな演奏からはじまる幻想的な演奏。そこからクラリネットがテンポ感を出し始め、アルコベースとともに民族音楽的なワンコードの軽快な演奏になる(日本の祭囃子にも似ている)。どんどん盛り上がっていき、マーズのソプラノサックス(?)も加わって、祝祭日のような賑やかさになる。最後はリズムを維持したままかなり混沌とした感じになって、すーっと終わっていく。4曲目は(もしかしたらアンコール?)ウクライナ民謡だそうで、グリーンのアルコベースの物悲しい響きではじまる。全員による悲壮感のある咆哮が続いたあと、ジンペルの美しい木管の響きがすべてを癒していく。すばらしいアルバムだった。傑作。

「MOMENTS FORM」(IDYLLIC NOISE IDNO0010)
WILLIAMS/HAKER FLATEN/DAISY

 2012年のオーストリアでのライヴ。冒頭からいきなりマーズ・ウィリアムスの熱いサックスが炸裂する。いやー、もう一瞬で胸をぎゅーっと掴まれてしまう。爆走する3人の演奏は小細工なしでストレートでとにかく心にぎりぎりと突き刺さる。3曲収録で、一曲がかなり長尺なのでさまざまな展開があり、波乱万丈で起伏があって飽きることなくずーっと聴いていられる。この3人のテクニックと集中力は凄まじい。からんでからんでからみまくる。とくにマーズ・ウィリアムズの引き出しの多さには驚くしかない。各種サックスを使い分けるのだが、このひとはアルトはアルトらしく、テナーはテナーらしく、ソプラノはソプラノらしく吹けるのですごい(本作はソプラノがたっぷり聴けるのでお得。1曲目後半のブロウは凄まじいの一言)。痙攣するようなノイズ、金切り声のようなスクリームから、美しくもエキゾチックなメロディまで聞かせどころ・聴きどころが無数にある。また、楽器を鳴らす技術、音程、スケールの均等さなど、根本的な演奏技術がきわめて高いので、めちゃくちゃなブロウをしてもしっかりとこちらに伝わってくる。うわべだけの狂乱ではなく、もっと深いのだ。それぞれのソロ(2曲目冒頭のデイジーのソロとか3曲目頭のフラーテンのソロ(まあ、デュオだが)最高)とかフラーテンとデイジーのデュオとか、見せ場も多く、めちゃくちゃ面白い。とにかく、ジャズをルーツにしたアコースティックな即興の骨太の醍醐味を存分に味わえるアルバムなので、私と好みを一にするひとはぜひぜひ。傑作です。

「FIELDS OF FLAT」(RELAY RECORDINGS 013)
TRIO RED SPACE

 傑作としか言いようがない。5曲ともすべてティム・デイジーの作曲。ドラマーだが、作曲とアレンジの才能がすごいし、音楽に対するアプローチもかなり個性的ですばらしい。サックス〜トロンボーン〜ドラムという変則的な編成と、メンバーを見ると、全部フリーイプロヴィゼイションのアルバムかな、と思うかもしれないが、しっかりとした曲がある。エスニック・ヘリテッジ・アンサンブルの初期と同じ編成だし、あれも作曲がちゃんとあるバンドだが、ああいうラフな感じではなく、もう少し緻密である。そういう枠組みのなかでマーズ・ウィリアムスとジェブ・ビショップが暴れ回る。一曲目(ええ曲や!)の冒頭、いきなりマーズの無伴奏アルトでスタートして、もうこの時点でわくわくしている。そして、テーマがはじまり、ああ、これは面白そうだ! となり、そこから三人のからみ、デイジーの長いドラムソロ、ビショップとデイジーのデュオなどがあり、どの部分も一筋縄ではいかない。躍動感がはんぱないし、クレイジーなソロの応酬なのだが、そこにはユーモアもシニカルな感覚も感じられ、エンターテインメントとしても十分楽しめるようになっている。そしてなにより感じるのは三人のめちゃくちゃすごい技術である。二曲目は、ビショップの根伴奏ソロでスタートする。二管で奏でれらるゆったりとしたテーマは、ビショップがプランジャー、ウィリアムズが強いビブラート、デイジーがマレット……ということもあってか、デューク・エリントンの曲を連想させる。音数を極端に少なくしたドラムと、マーズのデフォルメされたスウィングジャズのようなソロ、そしてそこにトロンボーンがからんできて、なんともいえない幻想的な演奏。三曲目はマーズのアルトの無伴奏ソロではじまり、そこにトロンボーンとドラムがリズミカルなリフのテーマをぶちこんでくる、という趣向。かっこいい! マーズがひとりで暴れまくるというだけのシンプルな部分のあとは、三人による混沌とした即興。そして、ビショップの無伴奏ソロ。これはかなり過激。そしてテーマリフが繰り返され、そこにデイジーのドラムソロが入る、という順番で、案外ジャズのフォーマットを踏まえている。四曲目は息の音のようなノイズではじまり、静かで幻想的なパートがかなり長く続く。そして、吹き伸ばし主体のテーマが登場して終了する。ラストの五曲目は、デイジーの「ドラムと戯れている」ようなソロではじまり、そこにふたりが入ってきて対位法的なテーマのあと、三人での暴走的なインプロヴィゼイションになる。三人だけなので、それぞれがなにを考えながらどう演奏しているかがはっきりとわかる。最後はテーマがも一度現れたあと、余韻を残して終わる。いやー、すばらしいです。傑作!

「MARS WILLIAMS PRESENTS AN AYLER CHRISTMAS」(SOUL WHAT RECORDS SWR 003)
MARS WILLIAMS

 マーズ・ウィリアムスが、アイラーの音楽とクリスマスソングをごった煮にして演奏するという企画。一見、ギャグっぽい企画に思える。たとえば「ジングル『ベルズ』」とか「『エンジェルズ』ウィ・ハヴ・ハード・オン・ハイ」とか、アイラーの曲名にはもともとスピリチュアルな言葉が用いられているところから、それをクリスマスにひっかけて演奏する、という趣向だと思った。もちろんその受け取り方は間違っていない。しかし、何度も聞いているうちに、いや、これはマジやな、と思うようになった。アイラーの音楽が内包しているスピリチュアルで祝祭日的なものは、クリスマスソングや賛美歌と共通している。それにマーズ・ウィリアムスが目をつけたのだろう。マーズはずいぶんまえからアイラーを本格的にリスペクトした活動を行っていて、そういうアルバムも出しているし、おそらくアイラーを敬愛し、影響もたくさん受けているのだろう。そういう彼が挑んだ「アイラー+クリスマス」だ。そして、結果は見事なものだった。融合、というより、はじめからひとつのものだった、と言いたくなるほど、両者は不可分だった。どこからがアイラーでどこからがクリスマスソングかわからないほど一体化しているではないか。たとえば、1曲目の冒頭はユダヤ教における賛美歌的な曲で幕を開けるのだが、この部分がもうすでにどう聴いてもアイラーの音楽なのだ。いやー、マーズ・ウィリアムスの着眼はすごい。そして、競演者を見てみると、ジシュ・バーマンというトランペットこそよく知らないひとだが(調べてみると、シカゴの白人で、リーダー作も複数あり、キーフ・ジャクソンやジェブ・ビショップ、ギレルモ・グレゴリオ、ジェイソン・スタイン……といった人脈のひとらしい。もしかしたらうちにあるアルバムにも入ってるのかも。非常に丁寧に、説得力のある演奏をするひとだ)、ほかのメンツはフレッド・ロングバーグホルム、ジム・ベイカー、ケント・ケスラー、ブライアン・サンドストローム、スティーヴ・ハント……というすごい顔ぶれである(ジム・ベイカーのリーダー作にほとんど同じような顔あわせのやつ、あったなあ)。しかも、バンド名が「ウィッチズ・アンド・デヴィルズ」だというからうれしいではないか。あのエンプティ・ボトルでのライヴから17年ぶりだ。あのころはシカゴの若い、フリージャズに傾倒した白人の若者たちだった彼らも、今となっては超豪華オールスターバンドだ。つまり、気心の知れた実力ある、しかもアイラーやマーズの音楽性を熟知したメンバーなのだ。悪くなるわけがない。このメンバーのこのバンドで……と考えたところも、マーズがこの企画を真剣に、本腰を入れて取り組んでいることのあかしだと思う。3曲しか入っていない、収録時間も30分ほどのミニアルバム的な作品だが、めちゃくちゃ面白いのだ。いろいろなところでいろいろなミュージシャンに受け継がれているアイラーの精神だが、ここシカゴで、ひときわ太く脈々と受け継がれているではないか、という確信を新たにできた。どの曲もメドレーで、アイラーの曲とクリスマスソングや賛美歌がごった煮的に演奏されるが、その方法論もアイラー的である。
1曲目の冒頭は、「マーオーズ・ツール(「砦の岩よ」)」という曲らしいが、これはユダヤ教においてハヌカーという、キリスト教のクリスマスとだいたい同じ時期に祝われる行事で歌われる賛美歌のようなもの(ピーユートとかハヌカーソングというらしい)で、キリスト教のクリスマスキャロル的なものかもしれない。そこから「トゥルース・イズ・マーチン・イン」になり、「ジングル・ベルズ」になって終わる。フレッド・ロングバーグホルムのチェロはまるで、アイラーグループにおけるマイケル・サンプソンのようである。テンポが速くなってぐちゃぐちゃになったあと、ブレイクして荘厳で叙情的なピアノの無伴奏ソロになるあたりは泣ける。最後に混沌としたところでのマーズのブロウは強烈だ。こういう演奏は好きすぎる。2曲目は、サブトーンを交えたマーズの「オー、タンネンバウム」、つまり日本でも有名な「もみの木」で始まり(このテーマの吹き方は絶妙)、それが「スピリッツ」になる。そこからマーズの狂ったようなソロが爆発する。最後の「クリスマスの12日」というのはたぶん童謡で、海外ではすごくポピュラーな曲らしいが、私ははじめて聴いた。この2曲目ラストでのマーズの、ブレイクになったときに延々フラジオを循環呼吸でスクリームしまくる部分の壮絶さは筆舌に尽くしがたい。もう、めちゃくちゃかっこよくて、何度も繰り返し聞きたくなる。これはちょっとすごいです。気合い入りまくりやん。そして3曲目は、ジム・ベイカーのバロック(?)のような雰囲気の重量感のある荘厳なピアノソロに導かれ、「我らが高きところで聴いた天使」、つまり「荒野の果てに」という有名な賛美歌がはじまる。私も諸事情あってこどものころよく歌ったなあ。「グローオオオオオーオオオオオーオオオオオーリア・インエクチェルシス・デーオー」という例のやつですね。この曲でのマーズの無伴奏ソロもすごいよ。最後の「オメガはアルファ」というのも賛美歌なのかもしれないが、調べたけどよくわからん(私は知らない曲でした)。というわけで、アイラーはクリスマスだ!と喝破したマーズ・ウィリアムズはすごい。普通は飲み会でのちょっとした思い付きで、わははは……で終わってしまうようなネタを、こうしてきちんと形にし、しかも、超絶感動にまで持っていってしまうマーズは本当にすばらしい。このプロジェクトではツアーもやったみたいで、いやー、日本にも来てほしいなあ。マーズ・ウィリアムスがテナーオンリーなのもうれしい(ほかの楽器も好きだが、このアルバムはテナーで通したのが良かったと思う)。サックスの音がクリアに録音されていて迫力十分。もしかすると、もっともアイラーの音楽の本質に迫っているのかもしれない大傑作。いやー、全編「叫び」の音楽でした。雪の結晶をかわいらしくちりばめたうえで、一見サンタクロースかと思わせて、じつはアイラーの口ひげと顎ひげ(半分白くて半分黒い、例のやつ)をデザイン化したジャケットも秀逸。ビング・クロスビーのクリスマスアルバムとともに、一家に一枚どうぞ。

「PAINTED PILLARS」(STONE FLOOR RECORDS SFR006)
MARS WILLIAMS/TOLLEF OSTVANG

 すばらしいです。マーズ・ウィリアムズとトレフ・オストヴァン(と読むのか?)というドラマーのデュオライヴ。トレフ・オストヴァンというひとは、クリーンフィードでときどき名前を見かけるひとで、「フレンズ・アンド・ネイバーズ」や「ユニバーサル・インディアン」などでもやってる。こないだ来日したマーティン・クーヘンともよく一緒にやってるみたいだが、こないだの来日時は別のドラマー(レイモンド・ストリッド)だったらしい。というわけで、本作だが、マーズとドラムのデュオということで、えげつないブロウにつぐブロウを期待するかもしれないが、聴いてみると、そういう一面もたしかにあるが、マーズはもっと自在で、どちらかというと歌心あふれる演奏なのだ。ドラムとのデュオ、というガチンコのパワー対パワーのぶつかり合いになりがちなセッティングにもかかわらず、メロディックなフレーズを連発し、それを延々吹きまくる。ときに哀愁を感じさせるようなラインも心を掴まれる。とくにアルトの美しい音色によるインプロヴィゼイションは見事で、マーズ・ウィリアムズというひとが根本的に「めちゃくちゃ上手い」そして「めちゃくちゃ音楽性が高い」というこのふたつのことを露骨に教えてくれる。そういう意味では、このデュオという形式を逆手にとっているような気もする。ヴァンダーマークとニルセンラヴのデュオなどとはまったくちがう、かなりモダンジャズを感じさせる部分もある演奏だ。マーズは、ときどきテナーで濁った音で迫力あるブロウを展開するが、基本的にはテナーでもアルトでも、ストレートな透明感のある音色でスムーズに吹きまくっている。1曲目冒頭の太く、落ち着いたテナーの音色、サブトーンを多用した豊かな表現力を聞くだけで、このアルバムのクオリティは保証されたようなものだ。その落ち着きぶりはこのまえ聴いたアイラー+クリスマスのはしゃぎっぷりとはえらい違いで、なんというふところの深さ、引き出しの多さ、技術力の高さだろう。もちろんスクリームもあちこちで連発しており、そういうところはものすごく興奮する。テナーのマウスピースはおなじみのアジャストトーンだが、アルトはなんでしょう。写真ではよくわからんけど、ランバーソン? このひとはテナーはテナーらしいドスの効いた音で、アルトも芯のあるアルトらしい音、しかもソプラノもクラリネットも上手い、という本当のマルチリードなので、どの楽器を聴いても聞き惚れるような音だ。ほんまに「上手い!」と思うが、上手いだけではなくて、底なしに深い音楽性と狂気とユーモアセンスにもひかれるのだ。鈴とかサムピアノ、おもちゃの類を使った部分もええ味出てます。2曲目表題曲の冒頭、アルトによる重音奏法と普通の音の対比、循環呼吸、パーカッシヴなタンギングなど、オルタネイティヴな奏法のオンパレードから一転してメロディ重視の即興が展開していくめくるめくさまは感動的だ。ひとつのモチーフを病的なまでに繰り返して狂っていく感じはヴァンダーマークなどとも共通するが、マーズのほうがどこか醒めているようにも思う。かっこいいっす。3曲目は(たぶん)ソプラノ(もしかしたらアルト)による抽象的なフレーズをばらまく感じの演奏でドラムの空間を構築するような即興とうまくマッチしている。そのあと、アルトによる、音量をぐっと抑えた叙情的な演奏で、このあたりの緩急がすばらしい。次第に音色がリアルになっていき、フルトーンで鳴り響くようになっていき、最終的にはフリーキーな超々々大爆発になっていくあたりは、即興ドラマといいたくなるほど。この一枚のアルバムのなかにサックスによるインプロヴィゼイションのさまざまなバリエーションが詰まっていて、すごいっす。ああ、日本に来てくれんかなあ、マーズ・ウィリアムス。マーズのことばっかり書いてしまったが、ドラムのひともずっしり重く、暗めのドラミングですばらしいです。傑作。

「BONESHKER」(TROST TR113)
WILLIAMS/NILSSEN−LOVE/KESSLER

 CDが出ているのかどうかはしらないが、うちにあるのはレコード。2012年録音で、たぶんこのグループの1枚目。このときはウィリアムズ〜ニルセンラヴ〜ケスラー名義で、アルバムタイトルが「ボーンシェイカー」だったのを、のちにグループ名にしたのだと思われる。タイトルの「ボーンシェイカー」は骨をガタガタいわせるほどのポンコツ自動車という意味だそうだが、この豪腕3人組はたしかにリスナーの身体を思い切りガタガタいわせて骨を揺さぶる。1曲目はまさにそういう感じのゴリゴリの即興で、マーズがテナーでひたすらブロウする。いやー、快感ですなー。しかし、最後のほうで曲が出てくる。2曲目はケスラーのアルコベースではじまり、マーズはアルト。フリーバラード風の自由な演奏。ニルセンラヴのブラッシュソロにマーズのカリンバ(?)や泣きのアルコベースが絡んできて、そこからベースが主体の展開になっていくあたりはすごく楽しい。そこからアルトが牧歌的なかわいらしいメロディを淡々と吹いていき、はかなげなエンディングに至る。面白い構成の演奏。B面に移って、1曲目はソプラノでマルチフォニックスなどを駆使しながら吹きまくるマーズと、ケスラーのアルコベースの対決で幕を開け(めちゃくちゃかっこいい)、そこに「しゅっ」と入ってくるニルセンラヴのドラム。そして3者による激しいインプロヴィゼイション。マーズのソプラノはさすがの表現力&迫力。そのあと、ドラムとソプラノのデュオになり、そこにまたアルコベースが戻ってきて、余韻を残したまま消えていく。最後のB−2は、テナーの低音部のオーバートーンではじまる過激な演奏。引き締まったテナーのすばらしい音が腹にずんずんと響き渡る(サックスに関しては録音もすごくいいと思う)。ニルセンラヴもケスラーも爆音で叩き、弾きまくっている。硬質な低音から朗々とした高音、そしてぎゅいいいいん……というフリークトーンの数々まで……とにかくマーズのテナーの「音」を堪能できる演奏で、私にとっては最高であります。アイラー的なメロディがちらっと出てきたりする。テナーソロのあとはベース〜ドラムのパートになり、ベースがリズムをキープしてドラムが叩きまくる非常にオーソドックスなソロのあと、ベースが別のリズムで入ってくるところはものすごくジャズっぽい。最後にアップテンポになってテナーがグロウルしながらテーマ(?)を吹くが、これがめちゃくちゃかっこいいのです。いやー、へヴィやわ。ヘヴィなテナートリオを堪能した。マーズにはこのトリオでぜひ来日してほしいものです。傑作!

「UNUSUAL WORDS」(SOUL WHAT RECORDS
BONESHAKER

 上記アルバムと同日録音で、こっちはCD。しかし、デザイン(ジャケット写真もほぼ一緒だし、曲名とかのクレジットの部分のデザインも同一)も一緒なのにトロストではなく、ソウルファットレコードというレーベルから出ていて謎である。1曲目はまさに「骨を揺さぶる」ような豪快で思い切りのいいマーズのフルトーンのアルトが冒頭から徹頭徹尾びゅんびゅんと猛烈に吹きすさび、聴いていてひたすら快感しかない演奏。なんにも考えなくてもいい、ただただ楽しく、すばらしく、凄い。2曲目は、1曲目と対照的な静かで間の多い即興。ケスラーが単音で訥々と弾くベースのピチカートが心に染みる。マーズのアルトも訥弁である。3分40秒ぐらいからベースが同じ音でリズムを刻みだし、マーズが中東風なメロディックなラインを吹き、そのあとやっとドラムがブラッシュで入ってくる。かっこいいっす。3曲目はかなり長尺(20分弱)の演奏で、マーズはソプラノ。まずはトリオで、ソプラノの圧倒的なブロウを中心にした激しい展開。めちゃくちゃ盛り上がる。そのあとピチカートベースとブラッシュによるデュオでクールダウンし、そこにマーズがテナーに持ち替えてゆったりした曲調の演奏。ニルセンラヴのブラッシュが冴え渡る。マーズも朗々とおおらかにブロウする。そして、インテンポになり、ベースがパターンを弾き出して、マーズがリズムに乗って吹きまくる。次第にビートは崩れていくが、強烈なリズムは残り、3者が手加減なしに吹きまくり、弾きまくり、叩きまくる。しかも、ただただイケイケドンドンとむやみやたらとぶっ飛ばすのではなく、そこにストーリーもドラマもあって山あり谷ありなのだ。そこからニルセンラヴの凄まじいドラムソロになる。それがクライマックスかと思ったら、変なリズムパターンの曲がはじまって、お? グルーヴする感じかな、と一瞬身構えたが、なかなかそうは問屋がおろさず、ひたすら熱い、暴力的なまでに暑苦しいトリオ演奏になっていく。マーズのぶっといテナーの迫力はさすがとしかいいようがない。やがて、ふわっと曲は終わっていく。最後の4曲目はソプラノによる激しい即興で幕を開ける。いやー、この集中力と、いくらオーバーブロウしてもソノリティがまったく変わらない鉄壁なブロウはなんなんだろう。そこから一転して間の多い、シンバルや鳴り物を駆使した金属音多めのパーカッションとアルコベースによるパートになり、繊細な音響のなかでソプラノがふたたび登場。ベースとのフリーな感じのあと、ブラッシュがそっと入ってきて、躍動するトリオ演奏になる。ここも聞きものである。マレットなどを使った空間的なドラムソロになり、そのまま終わっていく。かなり不思議な感じのエンディングである。というわけで、1枚目のレコードと負けず劣らずすばらしい演奏ばかりなので、これは両方聴かなければいけませんね。傑作。

「THINKING OUT LOUD」(TROST TR158)
BONESHAKER

 シカゴでのライヴ。1曲目は生々しいドラムソロからはじまり、マーズのソプラノが炸裂する。ブレイクのところの発狂したようなソロもすばらしい。そのあとケスラーのベースソロになるが、無骨なパワーと色気を感じさせる。ドラムが入って、マーズがテナーのサブトーンで歌いだす。このあたりの悠々とした演奏は往年のジャズジャイアントを彷彿とさせるほど堂に入っている。最後までサブトーンで吹ききって終了。2曲はテナーでテーマを演奏する、ちゃんとした(というのも変だが、リズムもテーマもコード進行もある)曲。マーズは中音域〜低音部を中心に暑苦しいフレーズをじっくり積み重ねていくが、時折見せるフリークトーンはやはりかっこいい。途中からリズムがなくなり、3人の「大暴れしているのだが重厚」な感じのフリージャズになる。マーズの血がほとばしるような絶叫は圧巻。そのあと急に音量を落とし、息遣いの音でエンディング。3曲目はなんだかよくわからない高音ではじまり(おもちゃ的な笛?)、そこにドラムとアルコベースがからむフリーなパートになる。アルコが轟音で弾きまくられ、マーズは笛を日本の祭りのように演奏したり、おもちゃを各種演奏したり。そして、ケスラーの頭のぶっ飛んだようなアルコソロになる。ドラムがティンパニのように入ってきて、マーズのテナーがサブトーンで吹かれたあと、マレットによるリズミカルなドラムソロになる。ダイナミクスを生かしたパワフルで華麗なソロのあと、マーズのアルトがフルトーンでテーマを吹き、ビートに乗った、ピアノレストリオによる典型的なフリージャズ的な演奏になる。こういうのをやってもマーズはさすがに上手い。どんどんアルトがぐちゃぐちゃになっていくが、中音域中心の演奏で、こういうのを聴くと、ブロッツマンシカゴテンテットにいたころのマーズのアルトソロを思い出すなあ。最後はテーマ(?)をよれよれな感じで奏でて終了。ラストの4曲目は、ソプラノの無伴奏ソロではじまり、ベースのカンカンいうリズムとドラムが入ってきたところからにわかにソプラノがチャルメラというかインドやアラブのダブルリードのように張り詰めた高音を奏で出し、あとはもう3人一体となって怒涛のように爆走する。突然雰囲気が変わって、そのままエンディングに。
JOEさんは期待したほどではなく残念だ、と書かれているが、私にとっては聴き所も多い作品で、十分満足しました。

「MARS WILLIAMS PRESENTS AN AYLER CHRISTMAS VOLUME2」(SOUL WHAT RECORDS SWR0004)
MARS WILLIAMS

 第一弾は小編成だったが、こちらは8人編成のものが3曲と五人編成のものが2曲入っている。前者はシカゴでの、後者はオーストリアのウィーンでのライヴ。メンバーはマーズ以外まったくかぶっていないが、音楽性はほぼ一緒。8人編成のほうは、バンド名として「ウィッチズ・アンド・デヴィルズ」が冠されているが、マーズにしてみれば気心の知れたシカゴのなじみの面々……なのだろうが、今となっては超豪華なオールスターメンバーといえる。スティーヴ・ハントやケント・ケスラー、ブライアン・サンドストーム……なんてハル・ラッセルとのNRGアンサンブルのころから一緒に顔ぶれである。そこにフレッド・ロンバーホームやジム・ベイカー、ジシュ・バーマン、ジェブ・ビショップらが加わる。一曲目はアイラー特有のパルスのようなビートにゆったりしたクリスマスソングをかぶせ、全員で集団即興的にガンガン演奏する……というやり方なので、まさしくアイラーの「スピリッツ・リジョイス」や「ベルズ」といったあたりのサウンドが現出する。素材がクリスマスソングなのに、どう聴いてもアイラー的、いや、アイラーグループが演奏しているとしか思えないような音で、とにかくこういうことを考えついたマーズ・ウィリアムズは天才としかいいようがない。マーズは、あれほど楽器が上手いひとで、微妙なコントロールとかもバッチリなはずなのに、こういうシチュエーションでは全力でフルボリュームで吹くことに重点を置いているようだ。この混沌とした、エネルギーに満ちた、凄まじいクリスマスソングは、まさに「ウィッチズ・アンド・デヴィルズ」が奏でる聖なる宴の音楽だ。でたらめなカオスのようでいて、じつは繊細な心配りができているアンサンブルである証拠に、ジム・ベイカーのピアノ(とシンセ)がはっきり効果的に聞こえてくることや、チェロとアルコベースによる弦楽器の競演のパートが見事であることや、最後の集団即興の部分では息遣いまで演奏に取り込んだ即興アンサンブルが繰り広げられていることなどがあげられるが、ラストのテーマまえのチャイム(?)の音はまるでクリスマスイブのヨーロッパの町の路上で饗宴を繰り広げていた悪霊たちが朝の訪れとともに去っていったようなカタルシスを感じた。そして、最後のシンプルきわまりないテーマ。まさにアイラーの精神を現代に再現させた演奏である。2曲目は5人での演奏。重厚なアルコベースによってはじまり、ささやくようなボーカルをフィーチュアして「もみの木」がはじまる。終始ゆったりとした、とてもまともな演奏である。それがおった瞬間、激しい「スピリッツ」のテーマに突入するが、ここで観客から大きな叫びが起こる。「おおっ、アイラーじゃん!」という感じなのか? トーマス・ベルグハンマーという、私はまったく知らないウィーンのトランペッターが堂々とドナルド・アイラー(あるいはドン・チェリー)の役をこなしていて感動的である。途中、マーズの無伴奏ソロがあり、これは技術というより、激情に任せたような凄まじいものだ。ここに入っているクリストフ・カルツマンはヴァンダーマークのメイド・トゥ・ブレイクでもllooppを使った即興をしていたが、ここではllooppとともに素朴なボーカルもきかせていて面白い。3曲目はまたシカゴでの演奏で、ジェブ・ビショップの抜けた七人。アイラーの「ラブ・クライ」のシンプルなテーマではじまり、「クリスマス・ラッピング」という曲になる。これは、クリス・バトラーというひとが書いたウェイトレスというアメリカのバンドの曲で、めちゃくちゃ有名な曲だそうだが、全然知らなかった。でも、アイラーの曲とつなげてもまるで違和感がない。4曲目は不気味なイントロから「カロル・オブ・ザ・ドラム」(「リトル・ドラマー・ボーイ」のこと)のテーマがジシュ・バーマンのコルネットによって歌い上げられ、混沌としたフリーなパートが長く続いたあと、全員で絶叫するような展開から「ベルズ」につながっていく。アイラーのオリジナルよりも速くて力強い。一旦アイラーのテナーを残して音が消え、そこから痙攣するようなテナーソロになり、ピアノが入って、賛美歌の「オー・カム・エムマニエル(「久しく待ちにし主よとく来たりて」)」になるが、「リジョイス! リジョイス!」という歌詞のあるこのクリスマスキャロルはまさにアイラーの世界ではないか。「ベルズ」のテーマがまた現れ、おそらくブライアン・サンドストロームのものと思われる破壊的なエレキギターがフィーチュアされた混沌としたパートでの盛り上がりを経て、すごく速い「べルズ」になる。かっこいい! そのぐちゃぐちゃしたサウンドのなかでマーズのテナーが一瞬だけ「もろびとこぞりて」を吹く……という構成(?)。5曲目はシンプルきわまりない「ユニバーサル・インディアン」のテーマをマーズとトーマス・ベルグハンマーが吹く、という真っ向勝負の演奏ではじまり、力強いトランペットソロになるが、そこにいきなりクリストフ・カルツのllooppがぶちこまれて面白いサウンドになり、マーズが「ウィ・ウィッシュ・ア・メリー・クリスマス」を濁った音色で吹く……という場面からいきなりマーズの無伴奏ソロになり、クリストフ・カルツのヴォイスのようなボーカルが一瞬現れて終演となる。いやー、面白いです。何度も聴いたが、途中から、マーズ・ウィリアムスをアイラーが吹いていると錯覚するようなぐらい、これはアイラーだ。ミュージシャンを「誰々に似ている」と書くのは普通はよろしくないが、本作においては、そう書かざるをえないぐらいマーズにアイラーが乗り移っているように思う。ああ、このバンドで来日してくれんかなあ……(単身でもいいけど)。聴きたい。生で聴きたい。シカゴに行くしかないのか。傑作です!

「FAKE MUSIC」(SOUL WHAT RECORDS 0004)
BONESHAKER

 ボーンシェイカーのアルバムは、このレーベルとTROSTから出ているのだが、TROSTの方は輸入されることがあっても、こっちのレーベルはなかなか入手困難で、直販しかないかなあ、と半ば諦めていたら、ニルセンラヴのライヴの物販で手に入れることができた。うれしすぎる。というわけで早速聴いてみたが、めちゃくちゃかっこよかった。マーズはテナーとソプラノを吹き分けている。本作ではめずらしくソプラノもかなりフィーチュアされているのもうれしい(3曲中、一番長い曲(20分ある)がソプラノのショーケース)。一応3曲ということになっているが、あまり意味はなく、もっと細かく区切ってもいいし、全編通して1曲と考えてもいい、ぐらいの音楽ドラマが展開されている。たとえば1曲目も、テナーでの演奏のあと、ニルセンラヴの空間を生かしたようなドラムソロがあり、そこからケスラーのベースソロ、そしてマーズのカリンバ(?)ソロみたいなものがずっとつながっていって、ひとつのストーリーを語る感じなのだが、この即興ドラマを聴いていると、譜面とか作曲とかいらないんじゃないの、と思ってしまったりする(ほんとは、もちろんそんなことはないのだが)。2曲目はソプラノで、マーズの魅力の詰まった変則奏法のオンパレード。こういう演奏はスティーヴ・レイシーやエヴァン・パーカー的でないフリージャズのソプラノの極北だろう。キラキラした輝かしい音で狂っていく。胸に染みこむようなベースソロ、リズムに乗った演奏やフリーリズムの演奏、絶妙なブラッシュワーク……とにかく聴き惚れるしかない。マーズのソプラノがこれだけ長尺で聴けるアルバムは珍しいと思う。3曲目の重い鉈でぶった切るような迫力のあるサックスはとにかく縦横無尽というか天衣無縫というかワン・アンド・オンリーの存在感。ニルセンラヴのブラッシュも最高にすばらしい。そしてなぜか最後はブツッと終わります。傑作!

「MARS WILLIAMS PRESENTS AN AYLER XMAS VOLUME3 LIVE IN KRAKOW」(NOT TWO RECORDS MW996−2)
MARS WILLIAMS

 マーズのアイラー〜クリスマスものも3作目(のはず)。かなりウケたというか需要があったのだろうと思うが、音楽的なクオリティはますます上がっていて、本作もマーズのフリーキーなブロウにひたすら聞き惚れる。アイラーの音楽の真剣な再演であることはわかっているのだが、あちこちに「クリスマスソング」というキーワードも感じられ、マーズ・ウィリアムズの目のつけどころというか最初のアイデアのすばらしさに感心したりする。今回のアルバムではアイラーとクリスマスをモチーフにした、一種のメドレーのような演奏が3曲続くのだが、トランペットのジェイミー・ブランチ(「フライ・オア・ダイ」のひとだ)が(いわば)ドナルド・アイラー、もしくはドン・チェリー的な立場で参加していて、このひととマーズのコラボレーションがめちゃくちゃかっこいいのだ。どこかに「クリスマス」を匂わせながら、力のかぎりパワフルに即興演奏をぶっ飛ばす。メンバー全員がマーズのコンセプトを理解して、ある意味冗談になりそうなこの音楽をぎりぎりシリアスに保っている点が、本当にすばらしいと思う。ある意味すごくアホなセッティングなのに、聴いた印象はまさしく「アイラー」そのものなのである。というか、アイラーはこういうのをやりたかったのではないか、とさえ思う。それぐらいクリスマスとアイラーの音楽は密接につながりがある………………ように思えるのだ。たぶんミュージシャンのひとならちゃんとこのことをきちんと文章にできると思うのだが、アイラーがテーマや即興によく使う音列がクリスマスというかゴスペルというか、そういう教会音楽のそれにつながっているのだと思う。それに気づいたひとはたくさんいたのだろうが、マーズ・ウィリアムズはたぶんそれをギャグではなくシリアスにとらえた人なのだろうと思う(ただし、もちろんのことだがこのバンドの演奏にはユーモアがふんだんに含まれている)。この祝祭日感はただごとではない。エレクトロニクスの使い方が上手くて、それとアコースティックな音の融合が、ますます祝祭日というか、気楽で楽しくだれでも参加できるような「お祭り」感を強調する。さっきも書いたが、エレクトリックノイズとアコースティックが「祭り」というキーワードであまりに見事に溶け合っているので、真面目な話、アイラーが存命中にやりたかったのはこういう演奏で、当時はメンバーとの音楽観の共有がまだ少しできていなかったが、ここでのマーズ・ウィリアムズたちの演奏こそアイラー音楽の完成版なのでは……と酔っぱらった頭で不遜なことを考えたりしています。それにしても、全員すばらしいなあ。マーズのテナーの音はますますたくましく、フリーキーで、ジェイミー・ブランチのトランペットは金管ノイズの極みだし、暴れ狂うクラウス・クーゲルのドラムはとにかくうるさかっこいい。ギターもベースもじつにいいところでいいツッコミをばんばんしていて、すばらしい。2曲目途中のボーカルというかしゃべりの掛け合いもだれとだれがやってるのかわからんが、いい味わいである(ひとりは女性なのでジェイミー・ブランチとマーズだろうか?)。3曲目はマーズのテナーが爆発し、圧倒的なブロウを見せつけて、感動的だ。マーズはいい鉱脈を見つけたなあと思う。相変わらず熱量のすごい傑作。最近のマーズの作品は、私のようにぼんやりしたファン(レーベルの動向に注目し、直販するまでの真剣さがなく、日本のショップに入荷したら買う……ぐらいの)にはなかなか入手しにくいのだが、このシリーズはなぜか入手しやすいのでうれしい。日本で、クリスマスに、アイラークリスマスのシリーズをかけて、「メリー・クリスマス、ほっほっほっほっ」と言ってるひとがどれぐらいいるのか、と考えるだけで楽しくなってきますね。

「SPIRACLE」(NOT TWO MW1007−2)
MARS WILLIAMS & VASCO TRILLA

マーズ・ウィリアムスとバルセロナをベースにしてポルトガルやポーランドなどで活動しているパーカッショニストのヴァスコ・トリラのデュオ。ヴァスコ・トリラはすでに多くの作品に参加しているようだが、私が興味を惹かれるのはたいがい「テナーサックスとの共演作があるひと」なので、そういう意味でも本作はぴったりであった。マーズの硬質で大音量でド迫力のサックスに対して、トリラは真っ向から対峙していて、伝統的なフリージャズの味わいのある、つまり、私の好みにどんぴしゃりのデュオだった。マーズはおもちゃやガラクタや各種の笛類も随所で使うのだが、あとはひたすらサックスを吹いて吹いて吹きまくる。アルトもテナーも最高である。やっぱりマーズの「音」は最高である。トリラも空間を目いっぱい使ったスケールの大きいドラミングで、ふたりの相性はばっちり。ふたりに共通していえるのは、とにかく全力で演奏していることだ。マーズの音の立ち上がりを聴いていると、思い切り息を吹き込んで楽器を鳴らしていることがわかる。そのうえでもちろん繊細さも表現しているのだが、この「でかい音で吹く」という感じはよくわかる。ジョン・ゾーンも「とにかくでかい音で練習しろ」と言っていたらしい。よく「小さな音で練習していれば大きな音は出せるようになる」というが、逆に「でかい音が吹ければ小さな音もコントロールできるようになる」というのも真理ではないかと思う。こういう演奏を聴いているとこの世のくだらぬことはすべて忘れることができる。サックスとドラムという小さな小さな楽器ふたつで、すべてを転覆させる暴風雨のような凄まじい演奏が可能なのだ。基本的にはアコースティックなパワーミュージックではあるが、驚くほど深く、熱く、ヤバい。トリラはエレクトロニクスの使い手でもあるようで、本格的なノイズっぽい部分もある(ほかとテイストのちがう4曲目はインプロヴィゼイションとしてとにかく凄い)。傑作。

「CRITICAL MASS」(NOT TWO NW1033−2)
MARS WILLIAMS & VASCO TRILLA

 最高! このデュオの第二弾。ドラムとマーズの組み合わせということでだいたい察しがつくと思うが「ああいうやつ」である。私はその「ああいうやつ」が大好きなのであります。力と力のぶつかり合いでもあり、技と技とぶつかり合いでもあり、ときにはぶつからないときもあり、つまりは何でもありなのだが、全体としてはかなりパワーミュージック的で、血沸き肉躍る。聞きながら拳を握りしめてしまうような演奏が続き、ときには聴いていて「ギャーッ」と叫びたくなるような凄まじい場面が、しかも頻繁に訪れるのだから、冒頭からラストまでひたすら「すごいすごい」と言い続けるしかない。もちろん繊細な表現もあるが基本的にはガッツだファイトだ爆音だ……というわけだが、それはもうかなり古いフリージャズのやり方ではないのか、と言われたら、はい、そうです、と言うしかない。しかし、それのどこがあかんのか。オールドスタイルのフリージャズも、知らないひとは知らないだけでめちゃくちゃ進化しているのだ。それは今演奏されているスウィングがビバップがその全盛期のものと比べて、より技術的にも楽理的にも洗練され、高度なものになっているのと同じだ(そしてまた、「これは〇〇じゃない。パーカーに帰れ」的なことを言いだすものもかならず出てくる。フリージャズも、たぶんそうなんだろうとは思う)。しかし、これが、このデュオが、このアルバムが、フリージャズの2023年の姿なのである。すごいじゃないですか! マーズはいつもどおりテナー、アルト、ソプラノ(そしてなんだかわからないおもちゃの笛とかなんとか)を駆使しており、音もいつもながら鳴りまくっていて、その音を聞いているだけで感動する。ヴァスコもさまざまなパーカッションをどんどん繰り出して、それに対抗する(3曲目の途中のソプラノサックスみたいに聞こえるのはシンバルとかそういう者を弓で弾いているのか? 恐ろしい表現力。それとソプラノの延々続くデュオ部分はすばらしすぎる! その3曲目のラストでマーズがソロでマイナーなメロを突然吹くエンディングもすごい)。4曲目はどういう楽器なのか(掃除機?)もわからん。爆笑するだけ。しかも音楽的にもすごいし迫力もある。このふたりは天才でアホである。あー、やっぱりマーズ・ウィリアムスはいいなあ。最近、知り合いがシカゴに行き、マーズのライブを見たそうだが、やっぱりすごかったらしい。あー、いいなあ! ぎゃーぎゃーぎゃー、うらやましい! 来日してくれ!

「MAKE SOME NOISE」(ARK 21 61868 10021 2 3)
LIQUID SOUL

 マーズ・ウィリアムス率いる、ホーンセクションをフィーチュアしたファンクバンドの2枚目。マーズはこのグループにかなり気合いを入れているようで、たぶんこれもマーズが本心からやりたいことのひとつなのだろうと思う。グラスに氷を入れてウイスキーを満たし、それをぐいと飲んでレコードに針を落とす……という冒頭部の趣向ではじまり、ただただ快調で重みのあるファンク〜フュージョンが幕を開ける。1枚目「LIQUID SOUL」は二管だったが、本作からトロンボーンが加わり3管編成になる(このあとずっと)。1曲目のマーズのソロを聴けばわかるように、フリーキーでノイジーでかっこいいソロをぶちかますマーズの本質はいささかもゆがめられていない。2曲目は速い4ビートでガレスピーの「ソルト・ピーナッツ」をバップスキャット入りで。一転して「ソルト・ピーナッツ」をラッパーをフィーチュアしたねちっこくダルいソウルサウンドに変貌させていくあたりも「暑苦しいなあ」と思いつつかっこいい。ラストにガレスピー自身の声がサンプリングされている。このバンドを聴いていつも思うのは、ブレッカーブラザーズをよりファンクにしたような、というかイナたくしたようなクオリティがある、ということだ。耳なじみのいいキャッチーなテーマやリフ。歯切れのよい吹き方。複雑だがかっこいい曲。ダイナミクスなどにも気を使ったじつは繊細な演奏。トランペットやトロンボーンも相当な実力派で、アンサンブルだけでなく、ソロもばりばりである。ボーカルやラップやいろいろ入っているが、基本的にはホーンが主役である、というあたりもすばらしい。正直言って、マーズ(のソロ)は上手すぎて、聴くひとも聞き流してしまっているのかもしれないが、これはとんでもないぐらい上手いし、深いし、すばらしいですよ。そのマーズが全身全霊を傾けたプロジェクト、こちらも気合いを入れて受け止めようではないですか! 聴いていて、心地よいとかやすらぐとかなごむとかそういう演奏ではなく、拳を握りしめて「アーッ」とさけんでいるような力の入った曲ばかり。かっこいいにもほどがある。最後の12曲目はインド的なサウンドがファンクになったような曲。マーズのアルトも爆発している。これをかっこいいと言わずしてどうするのか。マーズのアルトソロはたとえばブロッツマンテンテットでのそれとまったくかわらない。アコースティックノイズのかぎりをつくしている。たぶん、ここにはマーズの本音があるような気がする。エンディングはまたまた冒頭のストーリーを受け継いでいるが、これはアルバムとしての構成でシャレオツであります。リキッド・ソウルはどれもクオリティが高く、ソロもマーズファンなら納得! というものばかりなので推薦します。

「EVOLUTION」(SHANACHIE SH 5095)
LIQUID SOUL

 マーズ・ウィリアムス率いるリキッド・ソウルの4枚目。このアルバムを買って、持っているのは全部で5枚なのだが、これで全部集まったのか? よくわからん。あいかわらずブレッカーブラザーズをイナたくしたような、シカゴ流(?)のファンキーで尖っていて、しかもいい意味で古臭いサウンド。ひたすら「踊れ!」と強要してくるようなどファンクなサンバではじまる。トロンボーンソロがあるが、基本的にはホーンセクションのバリバリのリフの曲。2曲目に「サン・ラー」という曲が入っているが、どのあたりがサン・ラーなのかはよくわからない。しかし、シカゴつながりでサン・ラーに捧げた曲なのである。トランペットのミュートソロ、マーズのアルトが小気味いいが、なんでサン・ラーなのかはよくわからない。3曲目はこれもヘヴィなラテンリズムの曲、というか打ち込みの曲でボーカルが生々しさをプラスする。重量感あふれるトロンボーンソロもめちゃくちゃ上手い。4曲目はヘヴィなファンクナンバーで、ラップがフィーチュアされる。正直、なにを言ってるのかほぼ聴き取れないのだが、かっこいいことはまちがいない。マーズの飄々としたソプラノも何とも言えない味わい。上手すぎる。ラップが「ミナが牢屋に」というフレーズを繰り返しまくるあたりもかっこいい。5曲目は男性ボーカルというかコーラスというか……をフィーチュアしまくった曲。よくわからないが「金!」とひたすら叫びまくっているので、生活向上委員会の曲と同じようなものか。マーズのドスの効いたテナーソロがすばらしい。6曲目はボサノバだが、短い演奏で突然終わる。そのあと唐突に雪崩れ込む、女性ヴォーカルが暑くてハードにバリバリ攻めてくるサンバの7曲目はほんとクーラーのきいた部屋でないと聴けまへん。8曲目はラジオをチューニングして、この曲に決めた、みたいな遊びからはじまるファンキーなナンバー。マーズのソプラのが炸裂する。そのあと、ジーン・クルーパとホーンセクション……みたいなパートを経てトランペットがガリガリ吹くすばらしいソロがフィーチュアされる。9曲目は正攻法のブラスロックみたいな感じで、小気味よいホーンセクションが炸裂し、16ビートのうえでラップがフィーチュアされる。ちょっと懐かしいというか、ひとなつこい感じのリフがほほえましい。10曲目はシンプルな曲でトランペットがひたすらバリバリ吹きまくるのが印象的。たとえばランディ・ブレッカーのような知的なラインではなく、かなり肉体直撃のブロウなのが好ましい。11曲目も昔懐かしいという感じのホーンセクションのリフが続くなかマーズの剛腕なテナーがフィーチュアされてめちゃくちゃかっこいい。細かいことは気にするな、俺に任せろ……的なマッチョなソロ。このバンドをバッキングでソロで支えているギターのアーニー・デノフもかっこいい。ラストの12曲目はミュートトランペットとテナーの2管による、レイドバックした曲調の曲で、タイトルの「孤独な雄牛」というのはなんのことかわからんけど、アルバムをしめくくるにふさわしい曲。現代的というか最先端のテクノロジーを駆使しまくって、こんなイナたいサウンドを生み出したマーズ・ウィリアムスに拍手。だれがなんと言おうと、私はリキッド・ソウルが好きです。

「HOLD THAT THOUGHT」(CORBETT VS DEMPSEY CVSD CD106)
NRG ENSEMBLE(MARS ARCHIVES ♯2)

 今年亡くなったマーズ・ウィリアムズの追悼的意味合いのアルバム「MARS ARCHIVE」の第二弾であるが……それだけにとどまらない傑作である。ハル・ラッセルの名はどこにも書いていないが、ハル・ラッセルが率いていたNRGアンサンブルを、ラッセルの死後、マーズが受け継いでいた時期のオランダのユトレヒトでのライヴで、マーズとヴァンダーマークという超強力な2管に変幻自在な多楽器奏者ブライアン・サンドストローム、おなじみケント・ケスラーのベース、スティーヴ・ハントのドラム……という布陣である。基本的には、どの曲もちゃんとコンポジションがあり、それに基づいて即興が展開する、というパターンだが、あちらこちらにハル・ラッセルの遺訓(?)的な要素(多楽器である点や演奏が自由な遊びである点など)がしっかりと残されていて、シカゴの即興演奏シーンにおけるラッセルの功績が感じ取れる。曲はしっかり編曲されてはいるが、ようするにリフ主体の曲で、アンサンブルのために即興のパワーというか勢いが削がれない程度のもの、というか逆にソロイストに勢いをつけるための枠組みなのだが、それがたとえばドルフィを感じさせるような働きをする。マーズもヴァンダーマークも自分のソロパートでは発狂したような凄まじいブロウを繰り広げるのだが(エッジの立ったマーズと柔らかなビッグトーンで狂っていくヴァンダーマークの対比の妙は筆舌に尽くしがたい)、頭のどこかは明晰で、バシッとテーマに入るあたりの絶妙な快感はすばらしい。ひとによっては、そういうのが嫌だというひともいるかもしれないが、このグループの音楽はコレなのである。かっこええのである。ダイナミクスも含めて、ちゃんと「バンド」として機能している。サン・ラやAEC、アンソニー・ブラクストン、リチャード・エイブラムス、フレッド・アンダーソン……といったグレイトブラックミュージックの牙城であるシカゴが、ブラックミュージックだけでなくこういったグレイトフリージャズミュージックの伝承を今につないで、より発展させようとしていることは本当にわくわくするし、応援したい。フロントのふたりはもちろんのこと、ベース(5曲目のベースバトル(?)もスゲー)、ギター、トランペットなどに大活躍のサンドストロームや、怒涛のベースで圧倒するケント・ケスラー、エレクトロニクス(7曲目のラジオを使ったノイズネタなど)やヴィブラホンなども駆使するスティーヴ・ハントなど、とんでもない顔ぶれがそろっていて、まさにアート・アンサンブル的なごった煮状態をしっかり維持している。リキッドソウルやサイケデリックファーズのマーズとは違った顔(のようだがじつは同じ顔)がここではたっぷり見ることができる。これはもう後世に残る傑作ではないかと思います!

「ELASTIC」(CORBETT VS DEMPSEY CVSD CD107)
MARS WILLIAMS DARIN GRAY CHRIS CORSANO(MARS ARCHIVES ♯3)

 シカゴでの全編即興のライヴ。ダリン・グレイもクリス・コルサーノもすばらしいが、とにかく冒頭の一音目からエッジのきいたテナーの音でぶちかますマーズがすばらしい。まさにアジャストトーンの音である。こういうのを聴きたいがためにわしゃフリージャズのファンをやっておるのだ。もちろん内省的な音や繊細な演奏も好きだが、やっぱり週に一度はこういうのを聴かないと体調が悪くなる。このマーズのアコースティックノイズの凄まじさは本当に心地よくて高校生のころから私の体調を良くしてくれているのである。1曲目の爆裂的なインプロヴィゼイションのぶちかまし合いから、2曲目は静謐な雰囲気のなか、いくつもの倍音のゾーンがぶつかりあっていく。そのなかからソプラノが抜け出し、ドラムとの壮絶極まりないバトルを繰り広げていく。とんでもなく手応えのある演奏で、コルサーノのさすがのパーカッションインプロヴィゼイションもすばらしいとしか言いようがない。3曲目はコルサーノのパーカッションを受けての(たぶんマーズの)カリンバのソロではじまり、3連のカリンバの延々と続く演奏のあと、コルサーノの地鳴りのようなドラムに対してマーズのアルトがしみじみと思いを吐き出す。そのまま4曲目に移行するのだが、ここではアルトが爆発! ベースとドラムのグルーヴも凄まじくて、もうなんとも言えない恍惚の境地。坂田明の影響があるのかないのかわからないが、アルトという楽器をここまでナンセンスで暴力的に使用した例は坂田さんとマーズがその双璧ではないか。凄まじい、雪崩のように迫力のある凶暴なブロウで感動するしかない。ベースもドラムも怒涛の演奏でそれに応える。あー、かっこええ! 最後の5曲目はフリーリズムのインプロヴィゼイションからねっとりとはじまり、ずるずるずる……という感じの即興が延々と続くマグマがたぎるような演奏。けっして俳諧や禅画のようなさらりとしたものではなく、その奥底には熱い煮えたぎるようなパッションが感じられる。マーズのアルトは最後に存在感を示す。すばらしい演奏で、多くのひとに聴かれることを望みます!

「I KNOW YOU ARE BUT WHAT AM I?」(CORBETT VS DEMPSEY CVSD CD105)
MARS WILLIAMS & HAMID DRAKE(MARS ARCHIVES ♯1)

 これも大傑作なのだ。「ヴェルヴェット・ラウンジ」などと並ぶシカゴの伝説的(?)な「エンプティ・ボトル」でのライヴ。ハミッド・ドレイクはヴァンダーマークやフレッド・アンダーソンとの相性抜群だが、もちろんマーズとも相性最高なのである。一曲目の冒頭から出し惜しみすることなくひたすらマックスのテンションでぶつかり合うふたりの魂に感動せざるをえない。ドレイクはやはり独特で、フリージャズなのだがとにかくバウンスし、スウィングし、グルーヴする。このドラムにがっぷり四つで応えるにはよほどの力量のあるサックス奏者でないと……と思うが、それにまさに適任なのがマーズ・ウィリアムスそのひとなのだ。1曲目(この曲だけマーズの作曲。あとは即興)はアルトだが、マーズはフリーキーなフレーズばかりではなく、きっちりと筋を通したフレーズの数々を圧倒的なテクニックで吹きまくる。それは嵐のような凄まじさで、怒涛の奔流となって聴き手に襲い掛かる。しかも、とにかくマーズは音がいい。このエッジの立った太く、芯のある音色の説得力はすごい。2曲目はこれもえげつないサックスの無伴奏ソロではじまるが、聴いてると涙があふれてくるほどゴリゴリの音だ。このスピード感はとんでもない。かっこよすぎる。4分半ぐらいでハミッド・ドレイクが入ってくるが、そのとき突然マーズは美しい音色のバラードに転じる。3曲目はソプラノで、チャルメラというかシャナイというか、ダブルリード楽器のような感じで吹き鳴らされ、ドラムもそれに激しく応える。延々と続くドラムソロになり、もうなんの言葉も出ないようなスウィングに呆れ果てる。そのあとマーズはクラリネットを吹くが、これがまたすばらしい音色でテクもすばらしく、ひたすら聞き惚れるばかり。まさに極楽状態である。毎日聴きたい。マーズはめちゃくちゃ音が太いので、ソプラノはアルトに、アルトはテナーに聞こえたりするのだが、このクラリネットの音には参った。ラストの4曲目はマーズの二本同時吹きではじまり、ドラマチックな展開がいろいろとあって、静と動の対比や音色の変化、おもちゃを使ってのノイズなども含むストーリーがあれよあれよと息つく暇もなく進んでいく。
 いやー、堪能しました。たったふたりとはとうてい思えないオーケストレイションは何度も繰り返し聴きたくなるすばらしさ。フリーミュージックではあるが、ときにはそういう音楽では忌避される「テクニック」というものを重要視したタイプの演奏だと思う。
配信では聴けた音源だが、こうしてフィジカルで出してくれたのはめちゃくちゃうれしい。本当にすばらしい演奏なので、本作を聴きながら故人をしのびたい。