「SELIM SIVAD − A TRIBUTE TO MILES DAVIS」(JUSTIN TIME JUST119−2)
WORLD SAXOPHONE QUARTET FEATURING JACK DEJOHNETTE
WSQが、マイルス? なんとなくそぐわない感じを受けたのだが、とりあえず聴いてみた。うわー、こらええわ! たしかにマイルスの曲ばかり演奏しているのだが、ここまで自分たちに引きつけてしまうと、ある意味快感。一曲めから、曲は「セブン・ステップス・トゥ・ヘヴン」にまちがいないのだが、ディジョネットのドラムがぶっ速いリズムをどつきまくって大暴れし、まったく原曲のイメージはない。そのほかの曲も、マイルスがアフリカの原住民の村に行って、腰蓑をつけて踊りながら絶叫しているようなアレンジばかりで、そこへマレイやオリバー・レイク、ブルーイット、パーセルといった強者どものえぐいソロがかぶさるのだから、これはもうマイルストリビュートの域をはるかにこえた、彼らだけの音楽である。マイルスの曲はほとんど、演奏のきっかけにすぎない、まさにWSQの世界が徹頭徹尾展開しているのだ。だからといって、彼らにマイルスにトリビュートする意志がなかったとはいわない。たぶん、演奏を開始するまではそういう気持ちもあったとは思うが、演奏がはじまったとたん、マイルスとか関係なくなって、自分たちの音楽をやりたおしてしまう……そういう連中なのだ。また、そうでないとおもしろくない。「フレディ・フロリダー」とか、あまりといえばあまりの展開に笑ってしまうもんなあ。私としては大満足ですが、さて、あなたは……?(ちなみに、タイトルにも注目)。
「POLITICAL BLUES」(JUSTIN TIME JUST221−2)
WORLD SAXOPHONE QUARTET
ワールドサキソホンカルテット、といっても、全編、ジャマラディーン・タクーマのベースとリー・ピアソンのドラムが入っているし、各曲にゲストとして、クレイグ・ハリス(ボーカルも)、ブラッド・ウルマー(もちろんボーカルも)……などなど多くのゲストが参加していて、ほとんどビッグバンド。まあ、基本的にはブルースアルバムである。タイトルどおり、過激な政治的な歌詞のブルースをボーカルがシャウトし、そこにホーンズがリフを吹き、個性あふれるソロがもりあげる……というパターン。どの曲もすばらしいが、デヴィッド・マレイの自作曲(タイトルにもなっているポリティカル・ブルーズ)でのボーカルは、正直いって、すげーかっこよくてびっくりした。歌詞も秀逸。2曲め(これもマレイの曲)は、あのハル・シンガーに捧げたナンバーだが、マレイがハル・シンガーに捧げるというところが泣かせるなあ。3曲めは、唯一のスタンダード(?)で、マディ・ウォーターズのあの「マニッシュ・ボーイ」をウルマーがシャウトし、ギターをかきむしるように弾く。おお、このあたりの感じって、ウルマーの「フリー・ランシング」あたりのサウンドに近いよなあ。考えてみたら、マレイとオリバー・レイクもいるわけだし、なるほど、このアルバム、ウルマーの「フリー・ランシング」や「アー・ユー・グラッド・トゥー・ビー・イン・アメリカ」(だったっけ?)のWSQ版という解釈もできるよな、といいつつ聴きすすめていくと、5曲めの「アメイジング・ディスグレイス」で「やっぱりな」と思った。なんちゅうタイトルや。でも、こういう感覚は、まさにワールド・サキソホン・カルテットの面目躍如である。ほかの曲も全部よくて、めっちゃ気に入った。オリバー・レイクのソロは、ギャーといってからヘラホラヒレ……とフリーにいくあたりが、めちゃめちゃ懐かしい「あのころのフリージャズ」という感じで、最近はそういうのも悪くないように思えるようになってきた(私も丸くなった)。とにかく傑作だと思うが、なによりすごいのは、これだけ大人数なのにサックスセクションがガーッと吹き出すと、そこはどうにもならん「ワルードサキソホンカルテットサウンド」が聞こえてくることである。4人のときはもちろん、どれだけたくさんメンバーを増やしても、WSQはWSQなのだった。
「RHYTHM AND BLUES」(ELEKTRA/MUSICIAN 60864−1)
WORLD SAXOPHONE QUARTET
「ポイント・オブ・ノー・リターン」にはじまる初期のWSQのアルバムは、熱心に集めていたのだが、あるとき、突然全部売ってしまった(今となっては残念に思っている。ハミエット・ブルーイットを聴くだけでも意味があったのに)。成立以来、WSQはずっと4人以外のゲストを入れることを拒み、純粋なサキソホン4重奏にこだわってきたわけだが、「メタモルフォシス」というアルバムがターニングポイントだったと思う。あの作品でアフリカンドラム群を配置することで、WSQは4重奏から新しい局面へと飛び込んだのだ。というわけで、「メタモルフォシス」以降の作品は全部置いてあるし、大好きなのだが、そのちょっとまえの段階で、このグループがちょっと変化の萌芽を見せたのが「プレイズ・エリントン」であり、そして決定的に「このあと変わっていきますからね」宣言をしたのがこの「リズム・アンド・ブルース」ではなかったかと思う。まだ、カルテットのままではあるが、はっきりとそれまでとはちがう明確なテーマ性、そしてエンタテインメント性が打ち出されている。かっこいいし、楽しいし、それぞれのソロもたっぷり聴けるし、なによりもメンバー4人が身体を揺らせながら、すごくくつろいで、そして楽しそうに演奏しているのが伝わってくる。こういうことをやらせたら、WSQの右に出るものはいないし、また、彼らにしかできない。ブラックミュージックとしてのエンタテインメントであり、フリージャズである。こういうのを「グレイト・ブラック・ミュージック」と呼ぶことにはまったく抵抗がない。もちろんR&Bのヒット曲をそのままやるのではなく、諧謔的なひとひねりをくわえてあるのだが、そこもまたよい。そういう曲にまじって、メンバーのオリジナルもさりげなく挟んであるが、違和感はない。傑作だと思います。
「METAMORPHOSIS」(ELECTRA NONSUCH WPCP−4429)
WORLD SAXOPHONE QUARTET AND AFRICAN DRUMS
私は初期WSQに関してはあまりよいファンとはいえず、たぶんだいたいのアルバムをリアルタイムで聴いたが、やはりサックス4人だけ、しかもけっこう勝手気ままな即興の要素がきついこのひとたちの演奏は、途中でダレたりすることもあって、結局、ほとんど売ってしまった。そして、このアルバムで彼らはついにカルテットであることをやめ、いや、やめたわけではないだろうが、ゲストを積極的に導入しはじめる。本作はアフリカンパーカッション3人との共演で、しっかりしたリズムが加わったことで、WSQの四人もより自由になった。これまではどうしてもハミエット・ブルーイットのバリサクがベースラインとリズムを担当し、ほかの3人がそれに乗っかるという形が多く、ハミエットの役割がけっこう限定されていたのが、こういう形になると、ブルーイットは、奔放に吹きまくれるようになった。ベースラインを強調することもあり、好き勝手に吹くこともあり、アンサンブルを分厚くすることもあり……マレイも同様で、ブルーイットとともに低音パートを受け持っていたのが、本来の高音でのブロウを存分に発揮できるようになった。ほかのふたりも同じで、とにかくリズムセクションが加わったことで、すべてがガラリと変わった。そりゃもう劇的に変わったのである。おそらくそれまではかなりかたくなにリズムセクションなしの4人のサックスという編成にこだわっていたはずで、それでこそこのグループの持ち味だということだったと思う。なぜなら、リズムセクションがいたら、サックスアンサンブルというより、ただのフォー・ブラザーズになってしまうから。しかし、何枚もアルバムを出していくと、4人だけでは限界もあり、マンネリにもなる。思い切ってリズムを加えてみると、やはりWSQはWSQであって、確固たるバンドだった。だから、リズムセクション+フロント4人という感じではなく、ワールドサキソホンカルテットにリズムがゲストで入った、という風に聞こえるのだ。これは大成功で、以降のアルバムのすべてが好きです。そして、来日時のライブなどで、4人だけの演奏を聴いても、それにも好影響をあたえているのではないかと思えるぐらい爆発していて、結果オーライっちゅうやつですね。そのすべてのはじまりとなった本作は、WSQのたくさんのアルバムのなかでも最高にすばらしい、かっこいい、黒い、傑作なのです。
「LIVE AT BROOKLYN ACADEMY OF MUSIC」(BLACK SAINT 120096−2)
WORLD SAXOPHONE QUARTET
WSQとしてはけっこう初期のアルバム(6枚目?)。WSQはデビューアルバムからずっと聴いてた。とにかく当時はデヴィッド・マレイが入ってたら全部聴いてたのだ。しかし、デビューアルバム「ポイント・オブ・ノー・リターン」を聴いたときすでに「あれ?」と思っていて、その思いは2枚目、3枚目を聴くうちにだんだん強くなり、「レビュー」というやつを最後に、このバンドは、まあええわ、と思うようになったのである。その時点で、集めたアルバムも全部売ってしまった。ふたたび興味が復活するのは「プレイ図・エリントン」と「ダンスズ・アンド・バラッズ」という企画物(?)で、おお、これはなかなかおもろいなあと思った。そのあとに出た「リズム・アンド・ブルース」というブラックミュージックのルーツをテーマにした作品で、完全に興味が戻り、以後はだいたい全部フォローしてると思う。とくに「メタモルフォシス」というアルバムがターニングポイントになり(全面的にリズムセクションと共演)、サックスカルテットにこだわらず、いろいろなゲストと共演するようになって、かえってWSQの凄さが際だつようになったと思う。「メタモルフォシス」において特徴的なのは、ジュリアス・ヘンフィルが脱退してアーサー・ブライスが参加していることで、このあとヘンフィルのポストは、エリック・パーソン、ジェイムズ・スポールディング、ジョン・パーセルらさまざまなミュージシャンが入れ替わり立ち替わり(?)占めるようになる(結局ジョン・パーセルになったのか?)。音楽性としてはジャスティン・タイムに移ってからますます過激化して、めちゃめちゃおもしろくなった。最新作はオリバー・レイクもおらず、ジェイムズ・カーターとキッド・ジョーダン(!)が入ってるわけだが、これは多分過渡期の産物だろうと思う。……というような変遷を経ているWSQだが、さっき書いたように、本作は聴いていなかったので改めて聴いてみて、はー、なるほどー、すごいなー、とアホみたいな感想を持った。ジュリアス・ヘンフィルの曲が多く取り上げられていて、この時期はたしかに全体にヘンフィル色が強い気がする。しかし、今の耳で聞き直すと、昔はちょっとダルいな、と思えていたような部分がまるで気にならず、おもしろいところばかり耳につく。最近のようなコンセプチュアルなアルバムよりも、4人の個性、4人の音色といったものが、生のまま、どーんと出ていて、その生々しさも含めて感動的である。ヘンフィルがいるころのWSQのライヴに接したことがあるが、あのときの瑞々しい衝撃がここに収められているような気がする。傑作です。
「BREATH OF LIFE」(ELEKTRA NONESUCH 7559−79309−2)
WORLD SAXOPHONE QUARTET WITH FONTELLA BASS
ワールドサキソフォンカルテットは結成以来ずーっと4人で活動してきたわけだが、本作の前作「メタモルフォシス」ではじめてアフリカンパーカッション群を加えた。そのとき(はるか昔ですが)は「どうかなあ?」と首をかしげたが、聴いてみるとこれが大傑作であって、私も驚いたが、たぶんメンバーもその成功が鍵となったのだろう。その後はたいがいの作品にリズムが入るようになった。前作ではある意味ゲスト的な感じだったパーカッション群だが、本作で加わっているのは、ベース、ドラム、ピアノ、オルガン、そしてボーカルであって、まるで(とまではいかないかもしれないが、聴いた感じは)意味がちがう。前作はWSQ+ゲストだったものが、今回は全部でひとつのバンドになっているといったらいいのか。本作のテーマはブルース〜R&Bで、WSQには以前にも「リズム・アンド・ブルース」というアルバムがあったが、今回はリズムやオルガンを入れて、それに真向から取り組んでいる。とにかくまあ、1曲目を聴いてくださいよ。なんじゃこりゃーっ。どこのブルースバンドですか。ゴージャスかつパワフルな4管のサックスアンサンブルはまるでベイシーかエリントン。曲調は「ブルー・トレイン」っぽい。悠揚迫らぬノリのリズムにのって、ピアノがはね、オルガンが煽る。そして、オリバー・レイクが細い音でブルースの味わいを歌いあげていたかと思えば一転ダーティートーンでメイシオ・パーカーもかくやという吹きまくりを見せる。フレーズも「おっさん、こころえてまんな!」というブルース→フリーを行きつ戻りつするもので、私はかつてオリバー・レイクのこういう感じが好きではなかったのだが、今では大好きだし、レイクのワンホーンではなく、ほかに3人も凄いソロイストがいると思えば、こういう個性も十分楽しく味わえる。つづくマレイはさすがの貫録で、ぶっとい音で独特のフレーズをくねらせ、うねらせる。音色の変化や抑揚、アーティキュレイション、ダイナミクスなども自然に表現しつつ、ドブルースとフリーをまぜこぜにした世界観を示す。ハミエット・ブルーイットはいちばん低音楽器なのに一番のハイノートをびゅんびゅんいわしながらソロをはじめ、ド迫力の縦横無尽のブロウを存分に見せつける。新加入まもないアーサー・ブライスはもっともふつうというかきちんとしたフレーズを吹くが、これはオリバー・レイクとの対比なのだろうか。アミナ・クローディン・マイヤーズのオルガンとピアノがうまい具合に融合し、暑苦しい汗の小一升もかいたところでテーマへ戻る。うーん……この1曲目が結局いちばんいいんじゃないかな、といいつつ2曲目はマレイのブルース。マレイのバスクラとブルーイットのコントラバスクラリネットの2管が低音部のハーモニーを作り出し、他のふたりがサックスで乗る。室内楽的だがブラックミュージックとしての響きも感じ取れる短い、テーマだけの演奏。3曲目は冒頭いきなりフォンテラ・バス(ベースと発音するべきなのか。ずっとバスって表記してあったけどなあ)のスローブルース的な曲になる。これは、マジの演奏で、凝ったことや、ブルースを素材にしてフリージャズとしての云々みたいな小細工はない。ブルースという曲名だが、サビがある歌ものっぽい曲です。ブルーイットがバリトンでひたすらオブリガードをしたり、ソロをしたりするが、それがはまりまくっていて、かっこよすぎる。ボーカルもめちゃめちゃいい。そして、バックのサックス陣のオルガンハーモニーも分厚い。4曲目もボーカル曲。シャッフルっぽいブルース(ではないけど、ブルースっぽい曲)。ソロはマレイで、さすがに上手い。ロングトーンをうまく使うところなど、古い時代のテナーマンのようでもあるがそれがフリークトーンを使ったり、クラスター的なサウンドを混ぜたりして個性を前面に出したソロ。しかし、徹底的に吹き倒す、ということではなく、ボーカルを引き立てながら全部でひとつの音楽にしている。大人〜。でも、こういう安直な「上手さ」に頼ったソロはひとつまちがえば大味になり、それでがっかりしたことは多いのだが、なぜかマレイの場合、WSQだとちゃんとはまるんだよなー。不思議。オルガンも盛り上がる。そのあとのアルトはブライスで、レイクのくにゃくにゃした音とちがい、しっかりした音色でブロウする。かっこいい。ブライスもリーダーズなんかよりこういうメンバーに囲まれてるほうがよかったと思うけどなー。高音部の貫くような音色はやはり独特。5曲目はブルーイットの低音ではじまる4人だけのアンサンブル。従来のWSQの路線と思われるかもしれないが、ずっと構成がしっかりしていて、クオリティが上がっている。これはすごい。本作の白眉といっていい演奏かも。すべてが有機的につながっていて、ソロがアンサンブルになり、アンサンブルがソロになる。めちゃくちゃかっこいい。これやるのに、全員一瞬たりとも息を抜けず、必死になってると思いきや、おそらく鼻歌もんで笑いながらやってるのだと確信する。こいつらはすごすぎる。6曲目はブルーイットのバラードでオルガン先行ではじまり、ブルーイットの奇跡的といってもいい音色で自作のメロディがじっくりと歌いあげられる。ブライス(と思う)のアルトソロもすごくストレートアヘッドではあるが美しすぎる。オルガンのゴージャスなソロのあとに出てくるブルーイットの最初の低音一発のすばらしさに震える。7曲目はベース、ピアノ、オルガンはお休み。ドラムとサックス4本、そしてボーカルによるアフリカンなテイストのR&Bのような曲。めちゃかっこいい。バリトンサックスがベースラインを吹くのだが、そのスカスカ加減がいい。ときどきドラムとともに、バーン! とハモリが入るだけで、すごく効く。サックスのアフタービートもいいね。これもまた本作の白眉といっていい曲。ああ、こうしてみるとどの曲もいいなあ。8曲目はブルーイットがバリトンでリードを取るボサっぽい曲だが、これがもうすばらしくかっこいい(何べんかっこいいという言葉を使っているのか。でもかっこいいんだもんね)。そして曲名が「デブ」って……あかんやろ。ハゲはまだ許せるがデブはあかん。というわけで、本作は新生WSQのものすごさ、えげつなさ、すさまじさを知らしめた大傑作であり、また、フリーとかいややとか抜かす連中にもすーっと聴ける口当たりの良さもあり、しかも個々のメンバーの気力体力も充実しており、稀有の作品になったと思う。
「FOUR NOW」(JUSTIN’ TIME RECORDS JUST83−2)
WORLD SAXOPHONE QUARTET FEATURING AFRICAN DRUMS
WSQにアフリカンパーカッション奏者を複数加えるという試みは「メタモルフォシス」ですでに行われているし、それは大成功だったわけだが、本作はそれをもっと推し進めた感じの内容。「メタモル……」はベースが入っていたが、こちらはパーカッション3人だけである。「ブレス・オブ・ライフ」はしっかりしたリズムセクションが入り、それまでのWSQとはまったくちがう、サックス4人がふつうのサックスセクションとして機能するという天変地異的作品で、それは彼らが、サックスアンサンブルとしての長年のやり方を、そのアルバムで主張したいことのために一旦放棄したように見える内容だった。しかし、それも大成功だったわけだが、本作ではそれに比べると従来のこのバンド、つまりサックスアンサンブルの世界にちょっと戻った感じで、これもすごくいい。たぶんそれはベースやピアノ、オルガンなどがいないからだろうが、このスカスカ感とそこに加わるパーカッション軍団がなんともいえないかっこよさである。しかし、パーカッションが入るだけで、WSQの4人だけだったときとはちがった魅力がどーんと出てくるもんですね。たとえば、リズムパートのいない部分での吹き伸ばしだと、サックスだけだとそれは一種のバラードというかスローなパートのように聴こえるわけだが、このアルバムだと4人は長い吹き伸ばしをしているのに、そのバックでパーカッションが躍動的な細かいリズムを叩きまくっていたりして、めちゃめちゃいい。そこではっと思ったのは、従来の4人だけのWSQについても、吹き伸ばしの部分に私はもっとスピード感とかリズム感を感じなければならなかったのではないか、ということだ。ぼーっと聴いてるとわからないことだったのかもしれない。ちゃんと聞いたら、そういう吹き伸ばしの部分もものすごいリズムがバックに流れているように感じるべきだったかもしれない。そういうヒントというか提示がそのまえの部分でちゃんとなされていたかも……とか思うようになり、もっぺんいろいろ聞き返してみようかなと思った。本作ではブライスが抜けてジョン・パーセルになっているが、彼はサクセロ、イングリッシュホルン、アルトフルート……など変な楽器ばかり受け持たされている。まあ、もともとそういうひとだが。曲もアフリカっぽい、からっと明るい曲や、ボーカルをフィーチュアした曲などいろいろあって楽しい。こいつら最強やな、こういうのやらせたら。こういうアルバムを聴くたびに、フリージャズはむずかしいとか古いとかむちゃくちゃだとか幼稚だとか言ってるやつに聴かせて、頭をはたきたくなる。こんなわかりやすくて楽しくてしかも最前線なものあるか?
「YES WE CAN」(JAZZ WERKSTATT JW098)
WORLD SAXOPHONE QUARTET
WSQの、というより、あらゆるサキソホン、木管音楽のなかでもかなり上位に来るぐらいの大傑作アルバムで、このアルバムをまえにするととにかく平伏して「おそれいりました」と頭を下げるしかない。そういう演奏が最初から最後までずーっと詰まっているのだ。ただただひたすら驚きの連続なのだ。サックス(とクラリネット)という楽器の可能性はまだまだ無限なのだ、と教えてくれる作品でもあるし、サックスは結局個人技なのだよ、ということを突きつけられる作品でもあるし、サックスは協調によるアンサンブルなのだということもわかる作品でもあるし、個性をもっと出せばいいのだと教えてくれる作品でもあるし、おまえはまだなにもできていない、スタート地点にすら立っていないのだよ、ということを露骨にわからせてくれる作品でもある。2009年録音なので、あの傑作「ポリティカル・ブルーズ」の次に位置するWSQとしては最新アルバムということになる作品ではあるが、WSQの作品のなかでは異色の編成というか、ジェイムズ・カーターはわかるが、なんとキッド・ジョーダン(!)が入った、臨時編成的(?)なメンバーによる演奏だと思う。なんとオバマ大統領に捧げた作品で、ブルーイットもこのときは超がつくほど元気で、とにかく最初から最後までずーっとドスのきいたヴァンプを吹き続けている。CDの裏ジャケットによると、ブルーイットがバリトンとクラリネット、キッド・ジョーダンがアルト、ジェイムズ・カーターがテナーとソプラノ、デヴィッド・マレイがテナーとバスクラ……ということになっているが、間違っている(あるいは情報が不足している)。それは、テナーしか吹いていないことになっているキッド・ジョーダンがブックレットのなかの写真でテナーを吹いているものが2枚もあることで明らかである。とにかく全体にジェイムズ・カーターがめちゃくちゃ目立つアルバムで、例によってアクの強い、印象に残るソロをかましまくっている。そして、なんというか、このすごいメンバーのなかで演奏できる喜びが前面に出まくっているような感じで、たいへんほほえましくもある。もちろんブルーイットもマレイも存在感がありまくりなのだが、カーターの溌剌としたソロはとにかく「やりたいこと、全部やっちゃいますからね、先輩」という非常にストレートな欲求に従ったもので、すがすがしい限りである。そうだ、やりたいことはやれ! そういう意味では、キッド・ジョーダンはやはり「ゲスト・スター」的な感じかな。
一曲目はおなじみの「ハティ・ウォール」。ドスのきいたファンキーなブルーイットのヴァンプではじまる曲。のっけから炸裂する暴れまくりのアルトソロは裏ジャケのメンバー紹介にあるようなキッド・ジョーダンではなく、おそらくジェイムズ・カーターだろう。途中から同時にソロを吹くテナーはデヴィッド・マレイ。マレイもがんばっているが、カーターの暴発ぶりには手のつけられようがない。キッド・ジョーダンもたぶんアルトを吹いているのだが、マイクのせいかあまり入ってなくて、よくわからない(最後のほうはフリークトーンで延々キイキイいわせているのがソレだと思う)。ブルーイットの、同じことを吹いているようで実は手をかえ品を替えてバンドを鼓舞し、ドライヴさせているバリトンの妙技にも注目。ラストのカデンツァで異常なまでにブチ切れたブロウをするカーターはやはりかっこいいです。この一曲目にこのメンバーの凄さ、すばらしさ、異常さが全部詰まっているといっても過言ではない。いきなりものすごい拍手が来るが、そらそーやろ! と思う。2曲目はキッド・ジョーダンの曲。ちょっと日本風のメロディ。カーターの「癖がすごい」ソプラノが目立つ。テナーソロはジョーダン。自分の曲なのでフィーチュアされるのは当たり前だが、一旦エンディングかと思われたあと、突然カーターがソプラノでブレイクというかカデンツァというか無伴奏をはじめ、これがまあ絶妙の、個性あふれまくりのエグいソロで、すべてをさらっていってしまうのだ。3曲目はブルーイットの超かっこいいベースラインではじまるデヴィッド・マレイの曲で(アレンジも秀逸)、曲名はなんと「イエス・ウィ・キャン」。黒人にとってオバマ大統領の就任がどのような意味を持っていたかを想像して書くにはこの場は不適当だが、その一旦がわかる演奏である。哀愁のなかにも力強さというか躍動が感じられる曲調で、カーターのソプラノがテーマもソロも終始リードする。ほんと、このひとはテナーだけでなく、アルトもバリトンもバスサックスも、そしてソプラノでも群を抜く表現力なのであいた口がふさがりません。最後の無伴奏ソロの部分でも前曲同様なにもかもかっさらっていくような大胆で大仰でカブいたソロを超絶テクで嵐のように吹きまくるので、作曲者のマレイも苦笑いしていたのではないか。そのあと全員が即興でワンフレーズずつ吹いていくようなバトル(?)になるのだが、このあたりの濃いユーモアもさすがというべき。4曲目もマレイの曲で、せつないバラード。マレイがテーマを吹き、ほかの三人がバックをつけるが、こういうところの美しさは、このひとたちの音色の豊穣さからきているのであって、WSQならではの見せ場なのである。そして、マレイの個性的な表現力もさすがだと思う。このグループでのマレイは、抑制と饒舌のバランスが見事である。バックが消えてひとりでフリーキーに吹きまくるあたりから、一旦拍手が入って、ふたたび美しいアンサンブルになるところの加減など、筆舌に尽くしがたい。5曲目もマレイの曲で、初期のWSQを思わせる(まあ、私の個人的な感想ですが)タイプのアンサンブル。フリーになるかならぬか、という微妙なあたりでずーっと続いていく感じの演奏で、めちゃくちゃかっこいい。ここでもやはりジョーダンが引っ込んでいて、カーターがまえに出て聴こえる。マイクの関係というより、物理的な音量の大小の問題かも。あるいは、カーターがいつも、抽象的なノイズ的なサウンドではなく、具体的なアイデアを核にしたフレーズを吹いているので、耳に残るのかもしれない。カーターのアルトとタイマンを張っているブルーイットのバリトンにも注目。なかなかたいへんな、演る側にも聴く側にも体力がいる曲でした。6曲目は、ブルーイットのクラリネット(アルトクラリネット?)ではじまり(すばらしい!)、そこにマレイのバスクラがからんでいくという構成で、もうこのふたりのクラの音色を聞いてるだけで体がとろけそうになるほどの圧巻の魅力がある。それにしてもふたりともクラリネット系もめちゃくちゃ上手いなあ。5分を過ぎたあたりからテーマのアンサンブルになるのだが、ここも死ぬほど美しい。ラストはブルーイットの無伴奏ソロ。かっこいい! 7曲目は血管がぶちきれるんじゃないかと思えるようなカーターの渾身のアルトソロではじまる。つづいてマレイの無伴奏ソロ。ひとりずつ無伴奏ソロをリレーしていくという趣向なのだ。マレイはかなり抑え気味だが、雰囲気というか空間を重視したような演奏。つぎはジョーダン。これも抑制されてはいるが、随所にギラリとした輝きのある力のあるソロである。最後はブルーイットの文句なしのブロウで、そのあと即興的なアンサンブルが続き、ここではジョーダンのアルトもかなり前に出ている。最後のアンサンブル部分の美しさにはため息が出る。マレイによるメンバー紹介も、シンプルながらなんだかしみじみする。大きな拍手のあとアンコールになり、もう一度「ハティ・ウォール」が演奏される。カーターとマレイ、そしてジョーダンがキレまくりのブロウを延々続け、その三人をブルーイットがバリトン一本で軽々と支える。いやー、凄い凄い何回聴いても凄い。というわけで、大傑作なのだ。
で、一応、私の耳で判断した各曲の「だれがなにを吹いているか」の表です。あまりあてにはならんな。全体にジョーダンは音量が小さいので、アルトかテナーかについてはほとんどが推測です。
一曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ
ソロをしてるアルト……カーター
もうひとりのアルト……ジョーダン
2曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ
ソプラノ……カーター
途中からソロをするテナー……ジョーダン
3曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ
ソプラノ……カーター
(たぶん)テナー……ジョーダン
4曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ
(たぶん)アルト……カーター
(たぶん)テナー……ジョーダン
(この曲でのカーターとジョーダンについてはよくわからん。逆かも。ほとんどちょこっと吹き伸ばししてるだけなので)
5曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ
アルト……カーター
(たぶん)アルト……ジョーダン
6曲目
クラリネット(アルトクラリネットか?)……ブルーイット
バスクラ……マレイ
(たぶん)アルト……カーター
(たぶん)テナー……ジョーダン
(この曲のカーターとジョーダンもよくわからん。これも逆かも。最後のほうで吹き伸ばししてるだけなので)
7曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ(ふたり目)
アルト……ジェイムズ・カーター(最初のソロ)
アルト……ジョーダン(三人目)
8曲目
バリトン……ブルーイット
テナー……マレイ
アルト……カーター
アルト……ジョーダン
何ヶ月に一回はこのアルバムを聴いて、いろいろ考えるべきではないか、と思う。それにしても、トランプやアベに捧げる作品なんて作られることあるんでしょうかね。
「MOVING RIGHT ALONG」(BLACK SAINT 120127−2」
WORLD SAXOPHONE QUARTET
オリバー・レイク、ハミエット・ブルーイット、デヴィッド・マレイという3人のオリジナルメンバーに、エリック・パーソンが加わった時期のWSQ。2曲だけ、ジェイムズ・スポールディングがアルトで加わっている。エリック・パーソンは正直、ジョン・パーセルとときどき混同する(すんまへん)。ヘンフィルに代わってアーサー・ブライスが加わったのが「メタモルフォシス」(1990年)で、このあとはアルトの位置は流動的である。「ブレス・オブ・ライフ」は92年の演奏(リリース自体は94年)で、ブライスが加わっている。つまり本作は「ブレス・オブ・ライフ」より録音としてはあとになる。これは、ヘンフィルの抜けた穴を埋めることがなかなか難しく、ブライス、パーソンなどが参加したが、パーソンが抜けたあとジョン・パーセルが長くアルトの席にいた。本作は93年でエリック・パーソンが参加しているアルバムは(たぶん)これだけである。そのパーソンの曲で幕を開け、自身のアルトを大々的にフィーチュアしたこの1曲目を聴くだけで、ああ、溶け込んでるなあ、と思った。このカルテットの好きなところは、アンサンブルの部分も自分を剥き出しにしているというか、ヴァンプや吹き伸ばし、ソリなどでも、自分の音色、自分のアーティキュレイション、自分のリズムで堂々と吹いているところである。クラシックのサックスアンサンブルではちょっとありえないような好き勝手な吹き方が通用しており、それでちゃんとアンサンブルが成立しているところが感動なのである(クラシックのサックスアンサンブルも好きですが)。こういうジャズ系のサックスアンサンブルでもいろいろあって、かなりクラシックっぽい音程正確、リズム正確、ニュアンス正確なものから、ぐちゃぐちゃでなにがなんだか的なものまであると思うが、ワールド・サキソフォン・カルテットはかなりジャズ寄りであることは間違いない。アンサンブルもヴァンプもベースラインも「ざっくり」している。でも、それでいいのだ! 楽しいからね。クラシックのカルテットとか生で聞いてると、「人間にこんなことができるのか」と思ってしまうぐらいの超絶技巧で、めちゃくちゃすごいけどちょっとしんどくなるような部分もあるのだが、このグループはそういう心配はかけらもない。しかも、コンポジョン、アレンジは個々のミュージシャンの個性が爆発しており、ひとつとして同じような曲はないし、とにかくサックス吹きとしては、ドラムやコード楽器にマスクされない、サックスだけのリアルな音をひたすら堪能できるというだけでもうれしすぎるのだ。ワールド・サキソフォン・カルテットというのは私にとってそういうバンドだ。ときどきマレイのバスクラやブルーイットのコントラアルトクラリネットが入るのもいい感じ。「アメージング・グレイス」は前半アルト、後半テナーをフィーチュアした演奏で、基本的にはストレートにメロを吹き、その変奏……というような演奏だが、心に染みる。このひとたちはこういうのをやらせるとめちゃくちゃすばらしい。「まあ、だいたいこんな感じなのだろうな」というのを正面切って越えてくるからなあ。テーマがおわた途端ひたすらぐちゃぐちゃになる「ジャイアント・ステップス」はパロディ的な意味合いなのかもしれないがおもろいです。11曲目のオリバー・レイクの曲はダイナミックに全員が揺れ動き、しかも中心がぶれないという意味で本作の白眉かも。本作に限らず、どの曲もだいたい似通ったような感じになるので、正直、かなり真剣に聴かないと面白みがわからないかもしれない(一旦わかると、流し聴きでもなんでもめちゃおもろいのですが……)。だから、「メタモルフォセス」など以降リズムセクションを入れたのは正解かもしれないが、本当にサックスの音を浴びようと思うならこの時期の作品がおすすめであります。なお、11〜12曲目にはジェイムズ・スポールディングがゲストとして参加している。
「M’BIZO」(JUSTINE TIME RECORDS JUST123−2)
WORLD SAXOPHONE QUARTET
傑作であります。オリジナルメンバーのジュリアス・ヘンフィルが95年に他界しており、ジョン・パーセルをメンバーに加えた時期のWSQの作品だが、かなり異色作である。デヴィッド・マレイが仕切っていて、彼のジョニー・ディアニに捧げたアフリカ的モチーフですべてが埋め尽くされていて、ほかのメンバーもそれに従っている。ジョニー・ディアニはジョニー・ムビゾ・ディアニが正式な名前なのでそれがアルバムタイトルになっている(ジョニー・ディアニのアルバムで「ソング・フォー・ディアニ」というのもあるが、それとは関係ない)。WSQの4人にプラスしてドラム、ベース、オルガンなど、そして5人のコーラス、ふたりのリードボーカル、6人のアフリカンパーカッションが加わっている。とにかくアフリカ色が強く、またデヴィッド・マレイ色が強いアルバムなので、ほかのWSQのアルバムと比較すると異色作といえるかもしれないが、とにかく一曲目から濃厚なアフリカンなモチーフが怒涛のごとく押し寄せてきて、圧倒される。
1曲目の「ナナポー」(頭のSは発音されないようだ)とボーカルが繰り返す呪術的な要素を感じざるをえない演奏だが、アフリカっぽいが調べてみるとこの言葉はハワイ語で「昨晩」という意味だというが……ちゃんと調べ切れていないのでよくわからん。とにかくアフリカであり、とにかくずっと「ナナポー」と繰り返す。WSQの4人もコーラスもオルガンもパーカッションも皆その「場」を与えられていて活躍しているのはマレイの腕だろう。
2曲目以降は「ムビゾ組曲」で、冒頭にふたりの会話があり(ラップみたいな感じ)そのバックにマレイのバスクラのパーカッシヴなソロ、そしてピアノによってコーラスによるアフリカ讃歌が引き出される。WSQのサックスも効果的だ。手拍子足拍子によるポリリズムとWSQの面々のサックスがからみあってすばらしい展開になる。そのあとパーカッション軍団とコーラスの競演となり(組曲の2曲目)、一転、明るい曲調のタイトル曲「ムビゾ」になる。こういうカラッとした明るさもアフリカ的である。ジョン・パーセルのサクセロが炸裂し、まわり(パーカッションとコーラス)がそれを盛り立てる。オリバー・レイクも水を得た魚のようにブロウする。マレイのソロも個性のかぎりを尽くしたような演奏で楽しいし、最後のブルーイットのソロもリズムに軽々しくノルというより、自分のリズムをパーカッション軍団にぶつけるような存在感がある。さすがの個性爆発の四人衆だよなあ。わしはこういうのを聞きたくてジャズを聴いているのだ。組曲のラスト四曲目も明るい曲。アルト、サクセロのソロに続いてオルガンがいい味のソロをする。そしてブルーイットの圧巻のソロとマレイの空を飛ぶようなソロ、ピアノソロ……とソロが続くが、そのチェイスがこの曲をしっかり形作っているのでツギハギ感はない。それからはボーカルとコーラスたちの競演になり、楽しくムビゾを祝う祝祭日のような感じのままエンディング。WSQとしては異色作かもしれないが傑作。マレイはえらい!