「八尋」(OHRAI RECORDS JMCK−1035)
ヤヒロトモヒロ
(CDライナーより)
物を叩きたい、叩いてリズムを作り出したい、という欲望は、世界中のどんな国の人間であれ、老若男女を問わず、生まれつき持っている本能だと思う。おそらくこの本能は、人類がまだ猿から進化してまもない原始の時代からあったのだろう。敵と戦ってその肉をむさぼったあと、引きちぎった大腿骨を叩き合わせて勝利の雄叫びをあげる。また、深夜、洞窟で火を囲み、まわりを取り巻く深い闇の恐怖を忘れんと木の棒で地面を叩き、両手を叩いて踊る。そのころから何万年、人間は物を叩き、打ち、引っ張り、擦って、リズムを生み出しつづけている。リズム、嗚呼リズム……この世はリズムで溢れている。心臓の鼓動、木の葉の擦れあい、電車の振動、複数の足音、バイクのモーター音、山鳩の鳴き声……このアルバムは、そんな「世界」の縮図だ。聴いていると、リズムの中にはメロディーもハーモニーもあることに気づかされる。ここには、原始の響きを内包するシンプルなものから、現代風に洗練されたもの、ゴージャスにオーケストレイションされたものまで、ノイズのように微細な音から雷鳴のような轟音まで、あらゆるリズムが詰まっている。そして、それらが集まり、絡み合い、奔流となり、しまいには太い大河の流れとなって、大過去から大未来へ滔々と進んでいく。各種のパーカッションだけでなく、肉体そのものまで打楽器として使い、ヤヒロトモヒロは、時に破壊神となり、時に創造神となって、音の曼陀羅を作り上げている。それは技術や理論を超えた深いところで我々の共感を呼び、感動させるのだ。