ミステリで町おこし
田中啓文
「市長! 投票結果の速報が出ました!」
「おお、そうか。どうだった」
「合併反対派が賛成派を上回りました。かに鍋市との合併計画はごわさんです」
「なんだと? 理由はなんだ?」
「『八つ福市』という名前には長い歴史があって市民の愛着も強く、それが消滅するというのは許されない、ということだそうです」
「(悲痛な感じで)そうか……。名産のカニ料理で財政がおおいにうるおっている『かに鍋市』との合併で、万年赤字のわが八つ福市が財政再生団体に転落することをなんとか阻止しようとしたが、これでその望みもついえた。これからは我々八つ福市だけで財政を再建するすべを模索していくしかないな」
「でも、どうやって……」
「八つ福市ならではの魅力をアピールしていくのだ」
「市長……よそから引越してこられたばかりの市長にはおわかりになられないかもしれませんが、この八つ福市は、長年ここに住んでいる私から見ても、まるで魅力がない土地なのです」
「そんなことはあるまい。どんなつまらん場所でもひとつやふたつ、アピールするポイントがあるはずだ」
「ありません。まーったくありません。マジでありません」
「いやー、ずっと住んでいるものには身近すぎてかえってわからないものだ。なにかあるはずだぞ。今のところ日本で唯一の財政再生団体である夕張市は、名産のメロンを大々的に宣伝している。うちには名産品、特産物はないのか」
「大福です」
「なんだそれは」
「市長は大福をご存知ないですか。餅のなかにあんこが入ってるお菓子です」
「大福は知っている。でも、大福なんぞ日本中にあるだろう。なぜそれがここの名産なのかきいているんだ」
「『八つ福』にかけて、箱のなかに大福が八つ入ってるんです」
「かならず八つセットなのか。ひとつとか、六つとか、12個とかの注文が来たらどうするんだ」
「売りません。八つ福にちなんで八つというのが売りですから」
「売りなのに売らんのだな」
「(拍手をしながら)市長、上手い!」
「うーん、それでは売れんだろう」
「はい、まったく売れていないようです」
「ほかにないのか。夕張市はメロンぐまというゆるキャラが人気だし、ふなっしーとかくまモンとかご当地キャラの経済効果は絶大だそうだ。八つ福市もゆるキャラを作ったらどうだ」
「すでにいます」
「いるのか!」
「はい。まえの市長のときに決まりました。ぬいぐるみも作って、イベントに出演させました」
「なぜ市長の私がそれを知らんのだ」
「あまりお知らせしないほうがいいかと思いまして……」
「なんという名前のキャラだ?」
(しばらく黙ったあと)「おしょうくんです」
「ほう、どうして?」
「八つ福市には大きな鍾乳洞がいたるところにあるので、せめてこれを売りにしようと、鍾乳洞の『しょう』を取って『おしょうくん』と名づけたんですが……」
「いい名前じゃないか」
「ところが、まえの市長もまえのまえの市長もまえのまえのまえの市長も汚職で辞めたでしょう? みんなが『おしょうくん』じゃなくて『おしょく』『おしょく』って呼ぶようになって……」
「それはまずいな……」
「というわけでゆるキャラは活動休止中です」
「しかたないな。――有名な神社仏閣とかお城とかはないのか」
「ありません。古い神社や寺はあるんですが、有名なものはひとつも……」
「絶景はどうだ。眺めのいいスポットがあれば……」
「いくら探しても眺めの悪い場所ばかりなんです」
「うーん……どうしようもないな」
「はい、どうしようもありません」
「歴史的なものはどうだ? 銅鐸とか鏡が出土したとか大きな古墳があるとか……。そうだ! ここが邪馬台国だった、という可能性はないのか」
「あるわけないでしょう」
「なければ証拠を捏造しろ」
「すぐにバレますよ」
「バレないようにマスコミを買収するんだ。金はいくら使ってもかまわん」
「あなたも汚職で辞めるつもりですか? これ以上、八つ福市に悪いイメージがつくのはごめんです」
「すまんすまん。あまりになにもなさすぎてちょっとカッとしたんだ。それにしても、こんなにアピールポイントがないとはなあ……」
「ないものはないんです」
「そうだ。昔、幸福という駅の切符が縁起がいいからといって馬鹿売れしたことがあった。八福市も、『七福神よりひとつ福が多い縁起のいい市』ということで人気が出るかもしれん」
「名前に惹かれてひとが来ても、観光すべきものがなにもないんだからどうしようもないですよ」
「でも、今は忘れられているが、よくよく調べてみると、じつはかつて有名な遺跡だった……みたいな話はけっこう聞くぞ。じつは源氏物語に出てくる寺だった、とか、じつは風土記に出てくる神社だった、とか……」
「そうですかね」
「とにかく八つ福市の歴史を掘り返してみるんだ。市内の古い神社仏閣などを全部再調査しろ。今はそれぐらいしか打つ手がない」
「うーん……無駄のような気もしますが……」
「あきらめるな。瓢箪から駒が出ることも考えられる」
「わかりました。さっそくチームを作って作業に取り掛かります」
◇
「市長! えらいことになりました!」
「どうした。瓢箪から駒が出たのか」
「駒というかなんというか……。市長がおっしゃったとおり、八つ福市の歴史をさかのぼって調べようとすると、みんなが口を閉ざしているような部分がありまして、たとえば公(おおやけ)の市史なんかも改竄されているようなんです。どうやらこの市には一種の黒歴史があって、昔から住んでいる住人は全員そのことに触れないように口裏を合わせているらしいんです。おかしいな、と思って追求すると、たいへんなことがわかりました」
「なんだ、早く言え」
「八つ福市の前身は八つ福町です。そのまえは八つ福村という名前でした。しかし、そのまえの名称は……八つ墓村だったんです!」
「えーっ!」
「そうです。戦国時代に八人の落ち武者を、金に目がくらんだ村人たちが惨殺して八つの墓を作ったのですが、その後、落ち武者殺しを主導した村名主が七人の村人を殺して自分も自殺する、という事件が起きました。これは恨みを飲んで死んだ落ち武者たちの祟りだということで、だれ言うともなく八つ墓村と呼ばれるようになったのです」
「ろくでもない話だな」
「それだけじゃありません。大正時代には村名主の子孫で田治見要蔵という男が頭に懐中電灯をくくりつけ、日本刀と猟銃で武装して、32人もの村人を殺害した、という事件が起きています」
「うわあ……」
「そして、昭和に入ってからも八人の死者を出した事件が起きています。これは横溝正史という小説家が『八つ墓村』という小説にしております」
「あれは実話だったのか……」
「実話ですが、金田一幸助などという探偵はやってきませんでした。ただただ、ひとが大勢死んだ、というだけです。とにかく『七福神よりひと福多い』なんて縁起の良さをアピールするのは無理です。掘り返したら最低最悪の話しか出てきません。この黒歴史は永久に封印して……」
「いや、掘り起こそう」
「は?」
「八つ福市が八つ墓村だったことを掘り起こすんだ。そして、世界に向かってアピールしよう」
「頭がどうかしたんですか? そんな縁起の悪い場所に来るなんて、ミステリマニアぐらいのもんですよ。とてもじゃないけど年間何万人……みたいなことにはなりません。黙っていたほうが得ですって」
「やってみなければわからん。それに、どうせうちには名物名産も資源も神社仏閣も名所旧跡も絶景もなんにもないんだ。かに鍋市との合併がパーになった今、このままだと財政再生団体になってしまう。ダメでもともとじゃないか」
「でも、具体的になにをすればいいんです」
「まずは、市名を『八つ墓市』に変更する」
「えーっ! 名前に『墓』の字が入った市なんて聞いたことないですよ」
「そこがいいんじゃないか。『八つ墓村』に出てくる主要な場所をピックアップして、それを再現するんだ」
「市長、ご存知のとおりうちの市にはお金がまったくありません。いろいろな場面の立体造形物を業者に発注して再現したり、ロボットにその場面を演じさせたり、といったことは不可能です」
「大丈夫。場面の再現は市の職員がやればいい。演じるのも市の職員がやるんだ」
「いや、それ、クオリティかなり低くなりますよ」
「背に腹はかえられん。『八つ墓村で町おこし』……やるしかないんだ!」
「やるしかない……ことないと思いますけど……わかりました。プロジェクトチームの職員に任務を割り当てます」
◇
「七生までこの村に祟ってみせるぞ!」
「うるさい! 落ち武者め、死ね!」(槍を突き出す)
「うがあーっ!」
「ねえ、これなんなん?」
「知らんのか。『八つ墓村』ゆう小説のなかの場面や。八人の落ち武者が村人に殺されるんや。ほら、後ろに墓が八つ並んでるやろ。あれが八つ墓村の由来や」
「私、小説なんか読まへんもん」
「七生までこの村に祟ってみせるぞ!」
「うるさい! 落ち武者め、死ね!」(槍を突き出す)
「うがあーっ!」
「このひとら、一日中こんなことしてるんやろか」
「そやろなあ。たぶん小劇場の役者がバイトでやってるんやろな」
「――なあ、この辺、ほかにもっと面白いとこないの?」
「あそこに変な展示あるから行ってみよ」
「く、苦しい、薬をくれ!」
「久弥(ひさや)、しっかりせえ」
「うがあああっ」
「うわっ、布団のうえで病人が血を吐いてるわ! どういうこと?」
「ああ、たぶん主人公のお兄さんが毒を盛られて、血ぃ吐いて死ぬ場面の再現やろ」
「このひとらも小劇場の役者さんやろか」
「そやろ。まさか市の職員がこんなことせえへんやろからな」
「く、苦しい、薬をくれ!」
「久弥、しっかりせえ」
「うがあああっ」
「しょうもな。ほかになにかないの? こんなとこ、来るんやなかった」
「まあ、そう言うな。あそこにお婆さんがおるわ。あれはもうちょっとましとちがうか」
「そやろか。たぶんあかんと思うけどなあ……」
「祟りじゃあ! 八つ墓明神の祟りじゃあ! 今に八人の死人が出るのじゃあ!」
「なにこれ」
「これは濃茶(こいちゃ)の尼やな。ずっとこんなこと言い続けて、最後には殺されるんやけど、あんまり本筋には関係ないねん」
「祟りじゃあ! 八つ墓明神の祟りじゃあ! 今に八人の死人が出るのじゃあ!」
「アホらし。もう行こ」
「そやなあ。さすがのミステリファンの俺でもかなりドン引きするぐらいのクオリティの低さやな。隣のかに鍋市まで行って、カニ料理でも食べよか」
「そないしょ。とーれとれぴーちぴちカニ料理〜」
「急にテンション上がったな」
「あたりまえやん。こんなしょうもないとこ、二度と来る気せえへんわ」
「祟りじゃあ! 八つ墓明神の祟りじゃあ!今に八人の……げほげほっ、げほっ! あー、もう嫌や!」
「横山くん、カツラ脱いで座り込んだりしたらあかんやろ。仕事を続けたまえ」
「あっ、市長。せやけど、だーれも聞いてまへんがな」
「どこかでこそっと聞いてるもんがおるかもしれんだろう」
「いまへんて」
「あー、トマトジュース吐き出しすぎて気持ち悪うなってきた。もうやめさせてください。朝から晩までこんな芝居、学芸会よりひどおまっせ」
「(ため息をついて)そうだな……たしかにそれは私も思っていた」
「市長! たいへんです!」
「どうした」
「『八つ墓村で町起こし』の一カ月間の結果が出ました」
「うむ、それで?」
「入場者数30人です」
「さ、30人? それはひどい」
「やればやるほど赤字になります。もうやめましょう」
「そうだな。ここらが潮時のようだ。もうミステリはこりごりだよ」
「わーっ、やった! ばんざーい! これで学芸会をやめられる!」
「でも、このままでは市がつぶれてしまいます。八つ墓村に代わるあらたなアピールポイントを早急に探さなければ……」
「こういうのはどうだろう。最近、芸能人が政治家に転進して人気をはくすることが多いだろう。私が人気者になれば、そのキャラクターの魅力でひとが来るんじゃないかな」
「市長はそんなカリスマ的なキャラではありません」
「だから、私の先祖を調べてみたらじつは明智光秀の子孫だった、とか、浅野内匠頭の子孫だった、とか、坂本竜馬の子孫だった、とかそういうことにするんだ」
「でも、市長の先祖はただの農民でしょう」
「証拠を捏造しろ」
「すぐにバレますよ」
「バレないようにマスコミを買収するんだ。金はいくら使ってもかまわん」
「だから、それはダメなんですって」
「そうか……ダメか……いい考えだと思ったんだが……」
「でも、万一ということがあります。ご実家に行って、先祖について調べてみてください。もしかしたらすごいひとが先祖にいるかもしれませんよ」
「そうだな。早速調べてみるよ」
◇
「たいへんだ! 私の先祖についてわかったぞ」
「えっ? まさか坂本竜馬ですか? それとも浅野内匠頭?」
「いや、私の先祖はな…………スケキヨだった」