2015年8月28日「ハナシをノベル!! 第50回記念プレミアム落語会」で演じられた「三題はなし」です。

作者は、我孫子武丸、北野勇作、田中哲弥、田中啓文、牧野修。
演者は、月亭文都。

お題は、「国立競技場」「地蔵盆」「レモン」でした。
お題をちょうだいしてから約30分で小説家が台本を書き、30分で噺家が覚えて高座にかけました。

「えらいことになりましたなあ」
「ほんまにえらいことになったわ」
「どないしましょ」
「どないしよ」
「このままやったらオリンピックにまにあいまへんで」
「わかっとる。できると思たんやけどなあ」
「でけへんかったら、森さん、全部あんたのせいになりまっせ」
「わし、オリンピックより、あとでラグビーやることしか考えてなかったさかいな。――なんとかならんかなあ」
「ひとつだけ方法がおます」
「それをはよ言わんかい」
「屋根を作らんかったらよろし。それやったらギリ、なんとか間に合いますわ」
「ほんまか。――せやけど夏やろ。暑いんちゃうか。熱中症になるやつ続出するで」
「それぐらいがまんしてもらわな。わしがラグビーやってたころは炎天下で走り回ってたもんや。そないしょそないしょ。きーめた。屋根はやめる。これでオリンピックに間に合うし、工事費も浮くし、一石二鳥やがな。めでたしめでたしや」
 こうして国立競技場は、屋根なしで建築されることになりました。
 そして2020年夏、東京オリンピックがはなばなしく開催されたのでございます。
「暑いなあ」
「暑いなあ」
「なんでこんな暑いねん」
「なんでこんな暑いねん」
「汗が滝のように出るなあ」
「汗が滝のように出るなあ」
「おまえは自分の言葉ちゅうもんがないんかい」
「せやけど、屋根がないやろ。この暑さで客席におったら熱中症で死んでしまうで」
「それだけオリンピックに熱中できるがな」
「熱中の意味がちがうがな。客席にクーラーもないらしいで」
「それだけオリンピックに熱中できるがな」
「熱中の意味がちがうがな。――このやりとり、さっきやらんかったか」
「わからんわ。こない暑いとなにしゃべったかもわからんようになる」
「それだけオリンピックに熱中できるがな。ふわー」
「おい、倒れてしまいよった。ふわー」
「あ、こいつも倒れた」
 国立競技場のあちこちで、倒れるひとが続出しております。
 さて、時期はちょうど地蔵盆の真っ最中。あちこちの町内でお菓子が配られております。それを見たあるおじいさんが、
「これや!」
 と膝を叩きました。
「ばあさんや、これじゃこれじゃ」
「なんですのん、じいさん」
「地蔵や。笠地蔵やがな。わしらにもオリンピックに貢献できるで」
「言うてることがようわからんけど、なにをしますのや」
「暇な年寄りを集めて、大きな笠を作るのじゃ。それを屋根の代わりに国立競技場にかけたらええ」
「そらええ考えや。さっそくやりましょう」
 こうしてそのおじいさんとおばあさんは毎日毎日夜なべをして笠を編みました。
「ばあさん、それ、なにを編んどるんじゃ」
「あ、しもた。夜なべをしたんで、つい、手袋を編んでしもた」
「こんな暑いのに手袋いるかいな」
「けど、あとどれぐらいでできますやろか」
「そうじゃなあ。全長500メートルぐらいやからな」
「今で1メートルやから、あと499メートルですな。がんばりましょ」
「がんばろ」
 こうしてふたりの年寄りはどんどん笠を編みました。
 一方、オリンピック委員会は、熱中症対策をあれこれ考えておりました。
「どないしましょ。毎日、どんどんひとが倒れてまっせ」
「そやなあ。オリンピックが終わったあと、ラグビーをせなあかんさかいな」
「あんた、ラグビーのことしか頭にないんか」
「そや、わしはラグビー命や。ラグビー……ラグビー……そや!」
「どないしましたんや」
「ラグビーボールから思いついた。レモンを客に配ろ。ビタミンC補給、水分補給になるから熱中症にはぴったりや」
「そんなもんでききますか」
「レモンは百薬のちょうや。日本中から、いや、世界中からレモンを残らず集めてくるんや」
 こうしてオリンピック委員会は大量のレモンを集めて客に配りましたが、それぐらいではどうにもなりません。そんなある日、巨大な笠が競技場にかぶせられたのです。
「うわあ、なんやこれ」
「笠や。これで屋根のかわりになる。日陰ができる」
「すずしいなあ」
 そうです。あのおじいさんとおばあさんの笠がようやく完成したのです。オリンピックはこうして無事終了しました。
 そしてその閉会式の夜のことです。
「ようやくオリンピックも終わりましたなあ」
「そうじゃなあ。あれから熱中症になるひともでんかったらしいわ」
「ええことをいたしましたなあ」
 年寄りふたりが寝床のなかで話しておりますと、突然、ずしーん、ばらばらばら……ずしーん、ばらばらばらばら……。
 大きな地響きとともに家が揺れました。
「じいさん、地震じゃ」
「表に出るんや」
 ふたりが表に飛び出しますと、なにやら巨大なものがあたりのビルや道路を押し潰して去っていくのが見えました。
「な、な、なんや」
「国立競技場じゃ。国立競技場が、わしらが笠をかけてやった恩返しに来たんじゃ」
 ふとまわりを見ると、そこには大量のレモンが置かれておりました。
 笠国立競技場として語り伝えられているお話でございます。