1.ベン・ウエブスター
偉大なベン・ウエブスターには二つのあだ名がある。一つは、「ビッグ・ベン」。ロンドンの名勝をもじったものだが、相撲とりのような巨漢で「巨体を揺すり上げながら吹く」といった感じだった彼にぴったりのあだ名だ(訳すと「大便」だが)。もう一つは、「フロッグ」。つまり、蛙だ。こっちは、ビッグ・ベンに比べると何とも情けない。しかし、この「フロッグ」という名前がブローテナーとしての彼の本質を言い当てているのだ。
ベン・ウエブスターはコールマン・ホーキンスの強い影響下から出発したテナーマンだが、ホーキンスはほとんど使わなかったグロウル(吹きながら声を出して、音を濁らせる奏法)をめったやたらに使用する。とくにミディアムファーストからアップテンポになると終始グロウルしっぱなしである。興奮のためかフレーズも単調になり、しかも、なぜか白目を剥く。どでかい、濁りまくった音で、白目を剥いて咆哮する太った親父・・・ほっぺたを膨らませてげこげことうるさい「蛙」がニックネームになったのもうなずける。
ベンのそういう演奏は、評論家などからだいたい評価が低い。音楽的でなく、下品だというわけだ。「ベン・ウエブスターの良くなかった時期のしゃがれた音・・・」などと書かれることもある。グロウル過多の下品なブローのことを言っているのだ。そして、たいがいは「そののち、ベンは、バラード演奏に独自の境地を示すようになった。『大男が赤ん坊をあやすような』と評された、サブトーンを駆使した、男性的でゆったりとして歌心あふれるバラード演奏によって、ベンは復活した」などとフォローされる。それに、ベンほど「メロディを美しく吹く」ことができたテナー吹きはいない。
しかし、下品でやかましく、豪快で荒々しいベンの演奏こそ、後世のブローテナーに直結するものだ。下品、音が馬鹿でかい、グロウルしまくり、単調だが迫力満点、野性的、豪快・・・といった彼の特徴は、まさにホンカーそのものではないか。ジャケーやコブのような露骨なホンキングこそしないものの、それ以外の要素は全て備えている。いわゆるブローテナー第一世代であるジャケー、コブたちが直接的な影響を受けたのは、ベン・ウエブスターからであろうと考えられるのだ。また、ジャケーなどは、バラードでは一転して、サブトーンを使ったムードテナー的な吹き方(すけべっぽいやつ)になるが、これもベン・ウエブスターの影響を示しているものではないか。そして、ベンの持つ下品で豪快で濁った音のソロに最も影響を受けているのが、ロックジョウ・デイヴィスだ。ロックジョウのソロは、時として、ドルフィーのような異常な音の跳躍があり、たいへん耳障りだったりするが、これもベン・ウエブスターにもしばしばみられる音使いなのだ(余談だが、初期の頃は、ひたすらダーティートーンでの激しいブローで知られたアーチー・シェップも、ベンを非常に尊敬しているというのは有名な話だ。よく聞くと、その頃のシェップって、ロックジョウと似てるかもしれない。白目を剥いて吹きまくる点は、ジョージ・アダムスを彷彿とさせる。まあ、これは「影響」によるものではないだろうが)。
ベン・ウエブスターの音はとにかくでかい。本人の話によると「デューク・エリントンの楽団に入ったら、となりが(バリトンの)ハリー・カーネイだったんで、あいつがあんまりでかい音で吹くもんだから、俺も自然にでかい音で吹くようになった。そうしないと自分で自分の音が聞こえなかったんだ」というような事情だったようだ(この「ブローテナーの歴史」は全く資料を見ずに、記憶だけで書いているので、まちがってたらごめん。くれぐれも資料として孫引きとかはしないでください。恥をかいてもしらないよ)。ベンは幅の広いマウスピースに硬いリードという、昔風の体育会系の吹き方だったようだ。誰かが「ベン・ウエブスターはすごく広い唄口に硬いリードをつけていたので、そのへんのサックス吹きが彼の楽器を吹いてもぴーとも鳴らないぐらいだったが、チャーリー・パーカーは彼のテナーを借りて、楽々と吹きこなしていた」というようなことを言っていたな。まあ、当時は、劇場とかにPA設備がないところが多かったのだろうから、生音で隅々の客にまで聞こえさせるためには「大きな音が良い音」という基準にならざるをえなかったのだろう(そういう意味でもレスターヤングの進歩性がわかるよね)。
先輩格のコールマン・ホーキンスが晩年は音も演奏もやや衰えをみせたのに比べ、ベンは死ぬまで、どでかい音で朗々と吹きまくっていた。そして、アップテンポの演奏では、例によって、白目を剥き、ダーティーな轟音を轟かせていたのである。もちろん、彼は巨匠であり、演奏の芸術性も高いので、後輩のホンカーとは同列には語れないが、ジャケーやコブが手本にしたのは、おそらくベンだろう。彼こそまさに、生涯ブローに徹した男であった。
・参考レコード
「BIG TENORS」(MERCURY)
「ALL STAR SWING GROUPS」(SAVOY)
「THE BIG TENOR」(EMARCY)
2.ハーシャル・エヴァンス
コールマン・ホーキンス、レスター・ヤング、ベン・ウエブスターときて、どうしてここでハーシャル・エヴァンスごときに見出しが割かれているのかと考える方もいらっしゃるとは思うが、ハーシャル・エヴァンスはテキサステナーの元祖なのである。
「カウント・ベイシー」という本の、ディッキー・ウエルズのインタビューによると「ハーシャルは前に出るまでもなく、ただ立ち上がっただけで客は歓声を上げた。(中略)(ハーシャルは)ホークを生で聞く前からそういう音で吹いていた。イリノイ・ジャケーはハーシャルのスタイルで何でもこなせるような男だった。バディ(テイト)は荒削りなブルースが得意で、彼もハーシャルに多くの影響を受けていた。ハーシャル・バディ・イリノイの三人はテキサス出身で、彼らは三人とも『ビッグ・テキサス・サウンド』の持ち主だった」とある。つまり、ジャケーやバディ・テイトに影響を与えたのがこのハーシャル・エヴァンスなのである。ハーシャルは、レスター・ヤングと並ぶ最初期のベイシーバンドのスタープレイヤーだった。この2本の偉大なテナーが、バンドの看板だったのだ。太い音でうねるようにブローするハーシャルと、トリッキーなフレーズをちりばめながら、斬新な歌心のままに吹きまくるレスター。この二人の対照的なテナーマンが同じバンドで吹くのを見た若き日のジャケーやバディ・テイト(もしかしたらアーネット・コブも・・・)らが、片方だけの影響にとどまらず、二人のテナー吹きの良いところを取り入れたとしても不思議はあるまい。ハーシャルからは太い音と豪快なブローを、そして、プレスからはトリッキーなフレーズとホンキングを・・・などと想像はひろがるのだ。
ハーシャル・エヴァンスは、たしかにコールマン・ホーキンス、ベン・ウエブスターの影響から出発したテナーマンではあるが、彼等にないものをもっており、それが後輩であるテキサステナーたちに大きなプレゼントとなって、ジャズテナーの世界に一大潮流を作り出したのだから、ここに一章を割く価値は十分にある。ハーシャル・エヴァンスの最大の個性、それは「アーシーなフィーリング」である。彼の残した演奏を聞いていると、クリエイターとしての凄味はレスターに負けるが、彼が吹きはじめると空間がブルース臭で満ちるほどの深い、黒い、ファンキーでアーシーなフィーリングがある。ベイシーが彼を愛したのもうなずける。彼の持つそういったブルース感覚の強さは、コールマン・ホーキンスやベン・ウエブスターにはない独特のものであり、それがのちの「テキサステナー」を作り上げたのだ、と私は思う。ベイシー楽団で彼が吹く「ブルー・アンド・センチメンタル」を聞いてみたまえ。
・参考レコード
「COUNT BASIE COLLECTION ON DECCA」(MCA RECORDS)
・参考書籍
「カウント・ベイシー」スタンリー・ダンス(上野勉訳)スイングジャーナル社
3.この章のまとめ
ブローテナーの、豪快で、粗野で、男性的な側面は、テナーサックスの父コールマン・ホーキンスからベン・ウエブスターを経たものだ。また、ブローテナーの、聴衆の度肝を抜くような斬新でトリッキーな側面は、レスター・ヤングからきたものだ。そして、ハーシャル・エヴァンスがそこに深いブルース臭をつけくわえ、こうして、ブローテナーは完成へと向かうのである。