ブローテナーの歴史 序章

1.ブローテナーとは何か

 ニューヨークの古いジャズクラブ。深夜、煙草とマリファナの匂いが充満する中、テナーサックスとトランペットをフロントにすえた小編成のバンドが演奏している。客はまばらで、ほとんどが黒人だ。リーダーのオルガン奏者がファンキーなソロを終えたあと、いかつい顔をしたテナー奏者が立ち上がる。しゃがれたような濁った、そして、ぶっとい音色。ブルーノートを目一杯強調したどす黒いフレーズ。大げさな身振りで、ポップス曲の引用を交えて笑わせながら、しだいに盛り上げていく。客が叫ぶ。「もっと吹け!」「もットブローしろ!」テナーマンはにやりと笑って、トニックの音を中音域で連続してリズミカルに吹きはじめる。興奮した客がフロアで踊り出す。サックスは延々同じフレーズだ。しかも、吹きながら体を前後に大きく揺すっている。客が熱狂して叫ぶ。「いけ、もっと行け」サックス吹きは汗をだらだら垂らしながら、サックスを犀の角のように頭上に持ち上げると、類人猿の悲鳴のようなフリークトーンをヒットさせる。オルガン奏者も、大波がうねるようなコードを次々とぶつけてくる。演奏は最高潮だ。ついに、テナー奏者は床にひっくりかえり、足をばたばたとばたつかせはじめた。サックスのベルからはとぎれることなく絶叫のような音が続いている。客は、サックス奏者のまわりを取り囲み、床をどんどん叩きはじめた。やおら起き上がったサックス吹きは、バーのカウンターに飛び乗り、拍子をとってゆっくりと歩きながら、延々とブローを展開する・・・。

 いかがだろうか。これが、この「ブローテナーの歴史」なる怪しげな短文で取り上げようとしている「ブローテナー」たちの日常だ。だいたいビッグ・ジェイ・マクニーリーを念頭に置いて書いてみたのだが、これで「ブローテナー」なるものが少しおわかりいただけたかと思う。

 このコーナーでは、かつてはコルトレーン、ロリンズを始めとする「ご立派な」テナー奏者たちの陰に隠れて、日本では全くかえりみられることのなかったブローテナーの歴史とそのジャズおよび周辺音楽に与えた影響をお話ししていきたい。

 まず、第一に述べなければならないことは、ブローテナーの定義、すなわちブローテナーとは何か、ということであるが、これは非常にむずかしい問題なのであるが、私なりの定義を述べさせてもらうならば、

「太いにごった音色で、タフに、豪快にテナーを吹きならす奏者で、高音で叫ぶようなプレイや、同じ音を連続してリズミックに吹き続ける黒人独特のブルース臭のあるファンキーなプレイが特徴である」

ということにでもなろうか。しかし、この定義から逸脱した奏者も多く、また、これではテナーブローを外面的、表面的にとらえたにすぎない。この拙文の目的は、ブローテナーたちの精神をとらえることにあるのだから、もう少し内面的な定義が必要であろう。そうなると、次のような定義ではいかがだろうか。

「スイング・ビバップ・モードといったジャズテナーのメインストリームから自らはずれ、或いは脱落し、ジャズ街道の裏道を歩きつつも、黒人独特のブルース感溢れる表現により、一般的な人気はむしろ一番高かった奏者で、真の前衛的表現者達」

 何のこっちゃわからん? そうでしょう。

 では、もう少し具体的に、ブローテナーとはどういうものかを、プロフィール的にまとめてみよう。

名前:ブローテナー

(ホンカー、スクリーマー、タフテナー、テキサステナー、ソウルテナー、ブルーステナーなどの別名を持つ)

生まれ:祖父母・・・コールマン・ホーキンスとレスター・ヤング
    父母・・・・ベン・ウエブスターとハーシャル・エバンス
    第1子・・・イリノイ・ジャケー、アーネット・コブ(ジャズ)
    第2子・・・ビッグ・ジェイ・マクニーリー、フランク・カリー(R&B)
    第3子・・・キング・カーティス(ソウル)
    隠し子・・・サム・テイラー(ムード)

性格:怒りっぽく、すぐ興奮するが、おおむね明るい性格。

外見:太く豊かな音色が特徴。

必殺技:・グロウル(口で唸りながら吹く。ダーティートーンとも言う)
    ・ホンク(単音をリズミックに続けて吹く。トニックの音のことが多い)
    ・スクリーム(音程のないようなフラジオをギャオーッと吹く)
    ・最低音をでかい音でぶっぱなす。
    ・引用フレーズ(有名なポップスの一節をこれみよがしに引用する)

 おおむねこのようなタイプのテナー奏者を、ブローテナーという名称で呼び、その典型を「ビッグ・ジェイ・マクニーリー」と考えたい。

 まず、最初に、どうやってブローテナーが生まれたか、から説き起こし、ジャズの世界に置けるブローテナーの完成(アーネット・コブ)、R&Bの世界に置けるブローテナーの完成(ビッグ・ジェイ・マクニーリー)までを語り、それにともなって、有名無名有象無象のプレイヤーのご紹介をするつもりである。また、テナーだけがブローするわけじゃない。アルトだってバリトンだってブローするもんね、というわけで、ブローアルト、ブローバリトンについても紹介し、逆説的に、なぜ、「ブローテナー」なのか、という命題について考えたい。そして、ブローテナーという演奏形態は、現在では古くさいスタイルになってしまっており、時折、R&Bやロックンロールのバックバンドの中に彼らの子孫を見い出すことができるものの、そういった表面的に真似た連中ではなくして、フリージャズ、フュージョン、モードといったスイング〜ビーバップ期以降の演奏スタイルをとりながら、しかもその精神はブローテナーである、という「現代のブローテナー」についてまで筆を進めていこうと思う。

 序章の結びとして、日本のジャンプ・ミュージック〜ブローテナーの大家(「おおや」ではなく「たいか」と読む)であり「スインギン・バッパーズ」のリーダー吾妻光良氏が以前「ジャズ批評」誌のハードバップ特集に書いた「すばらしきホンカーの世界」という小文の冒頭を少し引用させていただこう。

「ホンカーとは何だろう?本川越に住んでいる人達のことでは無いのです。昨年のマウント・フジ・ジャズ・フェスティバル(地元ではしばしばマント・フジと誤記されていた)をご覧になった方も多いでしょうが、あのジョージ・アダムスの吹き狂いは凄かったですね。あのように太い音色の歪みだらけの中で、豪快さんといった風情で吹きまくることによって聴衆を興奮のるつぼに叩きこむ、そういう人をホンカーと呼ぶのです。(中略)あのジョージ・アダムスの強力人気を見ても、これからはホンカーの時代だ、と私確信しまして(以下略)」

 何という素晴らしい文であろう。この短い文の中にブローテナーの全てがあるんじゃないか、と思えるほどの的確な表現である。まあ、それはさておき、筆者が注目したいのは、ブルース〜ジャンプ・ミュージックの演奏家であり、専門家でもある吾妻氏が、現代ジャズの最先端のプレイヤーであるジョージ・アダムス(もう亡くなったが)を、ホンカーすなわちブローテナーの典型であるという表現をしている、ということである。ジョージ・アダムスは、チャールズ・ミンガスのバンドやハンニバル・マービン・ピーターソンのバンド、ギル・エバンスのオーケストラなどを経て、ドン・ピューレンとの双頭バンドやジェームス・ブラッド・ウルマーとの「ファランクス」で絶大な人気を博していたプレイヤーである。彼の在籍していたバンドは全てモダン・ジャズの最前衛とも言えるものであるが、なぜ彼が「ホンカー」なのだろうか。

 そう。もしかしたら、スイング、ビーバップ、ハードバップ、モード、フリー、フュージョン、R&B、ブルース・・・といった表面的な演奏スタイルに関係なく、テナー吹きは「ブロー」するのではないのか。「テナーサックス」という楽器自体に、吹き手の「ブロー・スピリッツ」を引き出すものがあるのではないのか。

 これから始まるこの拙文では、最終的にそういうあたりまで明かにしたいと考えておる次第であります。どうぞ最後までごゆっくりおつきあいください。

(註)

・「ホンカー」について補足しておこう。ホンカーとは「ホンクする人」ということだが、それでは「ホンク」とは何か。 上記短文にもある「トニックの音を中音域で連続してリズミカルに吹きはじめる」ような演奏をいう。もちろん、トニックとは限らず、ブルーノートやその他の音のこともあり、音域も高音のこともあるが、単純きわまりない「ダッダッダッ、ダッダダッ、ダッダッダッ、ダッダダッ」とか、あるいはハーフタンギングをして「ダダアンダダアンダッダダダアン」といったようなリフを延々吹きまくるといった原始的な奏法である。これになぜか聴衆は熱狂する。このフレーズ、イリノイ・ジャケーが発明したという人もいるが、まあそんなことはなかろう。

・「スクリーマー」について補足しておこう。スクリーマーというのは、叫ぶ人ということだが、この手のテナー吹きたちはフラジオ(サックスで通常の運指で吹ける範囲を超えた超高音のこと)を使って、まるで人間が絶叫しているような、悲鳴のような音を発することが多い。上記短文にある「フリークトーン」というやつだ。もはや、音符として記することのできないような「音の炸裂」をいう。

第一章に続く

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